第三階層の蟲と無限の鞄
薄暗い石造りの階段をさらに数十分降り、俺はダンジョンの第三階層へと足を踏み入れた。
(…この階段、いつまで続くんだ? さすがに飽きてきたぞ。というか、これ本当に降りる意味あるのか…? いい加減、地上に出たいんだが)
そんなことを考えながら、ようやく新たな階層の平坦な通路へとたどり着いた。周囲を見渡すが、最初の通路の構造は第二階層と大差ないように見える。壁や天井がぼんやりと自発光し、視界は確保されている。
(さて、まずは…)
俺は懐から〈セレスティアルルーンマップ〉を取り出し、意識を集中する。オーブ状の水晶板が淡く輝き、その上にこの第三階層のマップが精巧な3Dホログラムのように表示された。踏破していない領域も、予測された通路や小部屋が薄く表示されている。
(うわぁ…これは便利すぎるな。ダンジョン探索の醍醐味であるマッピングの楽しみが完全に無くなるレベルだ。これじゃ迷いようがない、ただの通路じゃないか…)
少しだけ複雑な気持ちになったが、今は効率を優先すべきだろう。俺は〈セレスティアルルーンマップ〉に表示されている、最も近くにある「重要地点マーキング(宝箱の可能性が高い)」を目指すことにした。
マップを頼りに通路を進んでいると、不意に頭上から複数の気配を感じた。天井に視線をやると、そこには人の頭ほどの大きさのクモが数匹、蠢いていた! いや、蜘蛛にしてはデカすぎる!
咄嗟に鑑定を発動する。鑑定対象の頭上に、赤い縁取りのウィンドウが一瞬火花を散らしてポップアップした。
名称: 〈ジャイアントスパイダー〉
分類: 魔物種/節足動物(蜘蛛型)
希少度: ★★☆☆☆(序盤の洞窟~遺跡でよく遭遇)
サイズ: 脚を広げた状態で直径約1.5m、体長約0.8m
HP: 約100
弱点: 火属性、腹部(甲殻が薄い)
行動特性: 壁面や天井を自在に移動し、落下攻撃や粘着性の高い網の罠で獲物を拘束する。
(やっぱり異世界の蜘蛛か! 糸系の攻撃をしてくるだろうな…)
そう考えていると、今度は前方からカサカサという集団で移動するような不気味な音が聞こえてきた。音のする方を見ると、そこには体長1メートルを超える巨大なアリの群れが!
名称: 〈アントロード〉
分類: 魔物種/節足動物(大型アリ型)
希少度: ★★★☆☆(序盤~中盤の洞窟深部で希に単独遭遇、通常は数匹の兵隊アリを伴う)
サイズ: 体長約1.2m、体高約0.7m(脚を含めると全長約1.8m)
HP: 約150
弱点: 節々(関節部)、火属性
行動特性: 群れを統率しつつ単騎でも行動可能。強靭な顎による噛みつき、腹部から噴射する酸性液、毒を含む牙で敵を弱体化し、自身への挑発行動(フェロモン散布)も行う。
(やはり巨大ではあるがアリだったか。しかも酸や毒持ちとは厄介だな…)
俺がモンスターを鑑定している間にも、〈ジャイアントスパイダー〉の一匹が糸を吐き出しながら、俺を目掛けて落下してきた!
ビシッ、ビシッ!と粘着性の高そうな糸が空気を切り、**俺が先ほどまでいた場所に叩きつけられた。
「チッ!」
咄嗟に横へ跳んで避ける。同時に、〈アントロード〉たちも鬨の声を上げるように顎をカチカチと鳴らし、突進してくる。
(挟み撃ちか!)
俺は腰の〈フレイムアークソード〉を抜き放つ。赤い刀身が通路の薄明りを受けて妖しく輝いた。
「まずは蜘蛛からだ!」
天井に張り付いている〈ジャイアントスパイダー〉の一匹に向かって剣を振るう。刃先から炎の弧が放たれ、蜘蛛の体に直撃!
「キシャァァ!」
火属性が弱点だったのか、蜘蛛は甲高い悲鳴を上げて燃え上がり、床に落下してすぐに動かなくなった。
(よし、効果は抜群だ!)
しかし、他の蜘蛛たちが次々と糸を吐きかけ、俺の動きを封じようとしてくる。炎の剣でそれらを焼き払いながら、足元では〈アントロード〉の酸液攻撃と噛みつきを避け続けなければならない。
「数が多いな!」
一体の〈アントロード〉が俺の足元に酸液を噴射してきた。ジュワッ!と嫌な音を立てて地面が白く泡立ち、**慌てて後退するが、スニーカーの端が少し溶けてしまった。
(あの酸、かなり強力だぞ!)
俺は〈フレイムアークソード〉を大きく薙ぎ払い、炎の壁を作るようにして〈アントロード〉たちの接近を一時的に阻む。その隙に、天井の残りの〈ジャイアントスパイダー〉たちを炎の斬撃で一体ずつ確実に仕留めていく。鑑定でHPが見えているため、無駄な攻撃をせずに済むのは大きい。
蜘蛛を全滅させると、炎の壁を突破してきた〈アントロード〉たちが襲い掛かってきた。先頭の一匹が強靭な顎で噛みついてくるのを剣の腹で受け流し、カウンターで燃え盛る刃を関節に叩き込む。
「ギュチィ!」
鈍い音と共にアリの脚が断ち切られ、バランスを崩したところを追撃し、息の根を止めた。
残りの〈アントロード〉も、炎をまとった剣の連続攻撃で次々と焼き尽くし、斬り伏せていく。
数分間の激闘の末、全てのモンスターを倒し終えた時には、俺の額には汗が滲んでいた。
「はぁ…はぁ…さすがに数が多いと骨が折れるな…」
戦闘が終わった場所には、蜘蛛の体液が染み込んだ糸玉や、蟻の強靭な顎、いくつかの紫色の粘液嚢のようなもの――おそらく〈アシッドスライム〉が落とした〈ヴェノムケアポーション〉とは違う、毒や酸の素材だろう――が残されていた。とりあえず拾い上げてみるが、例の袋はもうかなりかさばっている。
(うーん、これはもう持ちきれないな…。何か対策を考えないと、せっかくの戦利品も無駄になる)
そう思っていると、どこからともなく声が聞こえた。
『レベルが上がりました』
名前: (前世の名前)
種族: ヒューマン
レベル: 9 → 10
HP: 3900/3900 → 4200/4200
MP: 2600/2600 → 2800/2800
【ステータス】
筋力(STR): S
体力(VIT): S
敏捷(DEX): S
知力(INT): S
魔力(MAG): S
幸運(LUK): S
【スキル】
「鑑定」、「無限インベントリ」
【称号】 「ゴブリンハンター」、「スライムハンター」、「ウルフスレイヤー」
(ん!? レベル10になったのはいいとして…【スキル】に「無限インベントリ」が追加されている!?)
これは…名前からしてアイテム収納スキルか!? 驚いてステータス画面の「無限インベントリ」の文字に意識を集中すると(無意識に触ろうとするような感覚で)、その説明内容がウィンドウに現れた。
名称: 無限インベントリ
分類: 特殊補助スキル(★★★★★★)
効果:
・持ち物枠が無制限。あらゆるアイテムや装備、素材、果ては捕獲した生物(非敵対時)すらも時間停止状態で収納可能。
・荷物整理や冒険準備の手間が一切不要。思考するだけでアイテムの出し入れが可能。
内部は亜空間であり、重量・容量の概念を無視する。
(やはり! しかも、とんでもない高性能じゃないか! 星6つって…! さっき持ちきれないって悩んでたのが馬鹿みたいだ!)
アイテムを無制限に収納できるとは。今まで洞窟の入り口で白骨化した遺体の袋を利用させてもらっていたが、ポーションやら魔石やら素材やらで、さすがに限界が近づいていた。袋はもうパンパンだったのだ。
しかし、この「無限インベントリ」はどうやって使用すれば…? と考えていると、目の前に何も表示されていない、四角いウィンドウのようなものが現れた。
(まさかなぁ…)
半信半疑で、今まで使っていたアイテム満載の袋を、そのウィンドウに近づけてみる。すると、袋はまるで吸い込まれるようにウィンドウの中へと消えていき、代わりにウィンドウ内にアイテムのリストが表示された。
「ポーション」x2、「ヴェノムケアポーション」x3、「グレイウルフジャーキー」x2、「神々の遺跡指針録」x1、「神門開扉石」x1、「セレスティアルルーンマップ」x1、「蜘蛛の糸玉」x5、「アントロードの顎」x3、「毒々しい粘液嚢」x4…
(おおっ! 本当に入った! しかもさっき拾った素材まで!)
今度は、ウィンドウに表示されたアイテムはどうやって取り出すのだろうか? 頭の中でアイテムの名前を呼んでみた。
(ポーション!)
すると、何もない空間から、ポン、と音もなくポーションの小瓶が一つ現れ、俺の手に収まった。
(これは…かなり便利だ! というか、チートすぎるだろ!)
「鑑定」に「無限インベントリ」。あの声のおかげだろうか。これほどのチート能力を与えてくれるとは。
(ありがとうございます…!)
俺は今度こそ、あの声の主――恐らくは「神様」なのだろう――に、心の中で深く感謝の祈りを捧げた。




