64話目
しかし、私達が離れるときにおじさんが予想外の行動を起こした。なんと、動けないなりに私達を追いかけるように動き始めたのだ。視線は完全に私達の方を見ている。
「ア、アオイさん、あれは一体どういう事でしょうか」
「ふむ・・・。てっきり、脳を破壊した事によって植物状態になったと思ったのだが、単に記憶が消去されただけなのか? 赤ん坊が自然と母親に着いて行くように、脳を破壊しても本能は残るという事だろう」
「え・・・それって、アオイさんを母親と認識してるっていう事じゃ」
「いや、カエデの方を母親と思っているかもしれんぞ? というのはどうでもいい事だが、これでは見捨て辛いな」
幼児が一生懸命に母親に置いてかれまいとついてくる様子を幻視して、私も見捨て辛くなった。普通に見ればただのおじさんなのに、その目は純粋な赤ん坊の様。
「アオーン!」
「アオイさん! あの声は昨日のアヤヒさんでは!」
「遠吠えでよく分かるな・・・。だが、あの姿は確かにアヤヒ君だ」
聴力の良い私は耳で、視力の良いアオイさんは目でアヤヒさんの認識できた。姿ははっきりと見えないけれど、徐々にこちらに走ってくるのは見える。
「あれは、昨日のアヤヒ君では無いぞ。昨日のアヤヒ君はほぼ人間の姿だったが、あれは体がほぼ獣の物になっている」
「え、じゃあ別人って事ですか?」
「分体を別人と呼ぶならそうだろうな。むっ、完全にこちらに来る様だぞ」
「えっと、私達に会いに来た・・・って感じでは無いですよね?」
「ああ。あの目は、完全に獲物を見つけた獣のものだな」
「ちょ、アオイさん、どうして私の後ろに隠れるんですか!」
「言っただろう? 私は戦闘向きではない。だから、戦いは君に任せる」
「任せられても困ります! 私だって、アヤヒさんと戦いたく何て無いんですから!」
そう言っている間に、あっという間にアヤヒさんは4足で駆けてくる。体が動物だからか、昨日のアヤヒさんよりも速い。私は一応身構えるけど、分体とはいえアヤヒさんの姿をしているので戦いたくない。
「グルアァァ!」
「え・・・?」
アヤヒさんの口が大きく割れ、噛みつかれると思ったのも束の間で、アヤヒさんは私達の横をすり抜けておじさんに噛みつく。
「お。おじさん!」
「アアァァア!」
完全に知能を無くしているおじさんは、急にアヤヒさんに噛まれた為、赤ん坊の様に泣きだした。アヤヒさんは、それに構わず噛みついたまますごい力で引きずって行く。自分より大きいおじさんを、アヤヒさんはまるで何も咥えて無いかの様な速度で走り去っていった。
「カエデ、追いかけるぞ!」
「は、はい!」
呆然としていた私に、アオイさんが声をかけてくれたので意識を取り戻した。




