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ゾンビにされた  作者: 斉藤一


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2話目

「どうして? どうしてお風呂が沸かないの?」


 カエデには知らされていないが、父親は電気とガスの支払をやめていた。さすがに水道を止める事は無かったが。カエデはまだ自炊をしていなかったが、ガスも電気も使えないため自炊も不可能だ。冷蔵庫や電子レンジどころか、ガスコンロも使えないのだ。

 カエデは仕方なく、服を脱いで体をタオルで拭くだけにした。風呂は温められないが、水を使う事は出来る。トイレも使えた。もし、水が止められていたら本当に死活問題だった。


「一体、どうしちゃったんだろう・・・。こんな生活、あんまりだよ・・・。お母さん・・・お父さん・・・」


 何の準備も無く、ほぼ一人暮らしの様な生活を強いられたカエデは、あまりの辛さに涙を堪えることが出来なかった。しかし、それを慰めてくれる父親も母親も家には居ない。

 それでも、次第にカエデもこの生活に慣れてきた。父親は相変わらず月初めに一万円をカエデに渡した後、全く姿を見せないが、水道だけは使える。土日はパン屋さんで格安で買えるパンの耳に、砂糖をつけて食べる事で空腹に耐える。月の終わりにお金が残っていれば、それで銭湯に行くか豪華な晩飯(ハンバーグ弁当)に使う。

 髪は自分で整えて節約した。消しゴムや鉛筆は、クラスメイトが小さく、短くなって使わなくなったものを貰ったりした。


 カエデに下手に生活する能力があったため、餓死する事も不潔で病気になる事も無かった事は幸いだったのかどうかは分からないが、警察沙汰になる事は無かった。


 そして、カエデも中学生になる事が出来た。小学校の学校行事どころか、卒業式にすら父親は顔を出さなかったが。先生たちにはネグレクトを疑われたが、父親は仕事で忙しいからと、何とかごまかした。

 実際のところはカエデにも分からなかったし、父親に聞くこともしなかった。おそらく、面倒な事は全てしないと宣言した通りなのだろう。カエデにとって、すでに父親は他人に近かった。それでも、ひと月に一万円は貰えていたから、最後の一線(警察に駆け込むこと)を超える事はしなかった。

 制服は買えないため、近所の卒業生の制服を頼み込んで譲って貰った。カエデ一人でお願いしに来たことに、ものすごく不審がられたけれど、お金が無いのは本当だったため、何とか融通してもらえたのだ。

 どうやら、近所でもこの一年以上、夜にまったく明かりのつかないカエデの家を見て、事情を察してくれたらしい。


「エリーーー! 同じクラスでよかったよぉぉぉぉ!」

「カエデ、中学でもよろしくね」


 小学校で一番仲の良かったエリとは同じクラスになれた。エリにはいろいろと助けてもらっている。お古の服や靴をくれたり、給食の一部をくれたり、髪の毛の後ろを整えてくれたり。さすがに、前髪はともかく後ろ髪は自分でやるのは不可能だったから助かった。エリは「将来、美容師になるのもいいかもね」なんて言っていた。


「それにしても、カエデはちっこいままだねー」

「そりゃあ、こんな生活だからね。自分でもよく生きているなって思ってるくらいだよ」

「本当に、警察とかに相談に行かなくていいの?」

「今更だよ。私はなんとか一人で生活できるようになったし、お父さんが改心するとも思えないしね」


 小学校6年生になってからは、近所でお手伝いする事によってお金を稼いでいた。それに、お手伝いが終わればお金と一緒にお菓子なんかも貰えていた。そうでなければ、一万円だけで生活なんて出来ない。お手伝いは、草むしりや掃除、片付けなどの簡単なものしかできなかったが、お年寄りからは孫の様に可愛がってもらえていた。

 ただ、それでもお腹いっぱい食べる事は出来なかったので栄養が足りなかったせいか、身長が低く下着はそのまま使えた。胸も全く大きくならなかったので、ブラを買う必要性が無かったのは良い事なのかどうなのか。

 その日は入学式だけで終わったため、給食は無し。ただ、それは事前に分かっていた事なので今日はスーパーに寄って帰る予定だ。


「今日はありがとう、エリ」

「いいよ、いいよ、これくらいならいつでも。というか、毎日でも寄っていっていいよ? どうせ家に帰っても誰も居ないんでしょ?」

「たぶんね。でも、毎日はさすがに悪いよ。そこまで迷惑かけたくないし」

「迷惑じゃないって。それに、カエデにはよく勉強を教えて貰ってるし」


 エリの家が中学校の帰り道にあるので、今日はエリの家で数時間過ごした。私は、家に帰っても全く遊ぶものが自宅に無いので、ほぼ勉強しかしていない。おかげで成績はクラスでトップだと思われる。それでも、外が暗くなれば電気の点かない家は真っ暗になるので寝るしか無い。冬は特に暗くなるのが早く、朝も明るくなるのが遅いので、まるで冬眠のように過ごしていた。

 今日は、午後3時の弁当の割引が始まる頃にスーパーに寄る事にしている。お腹が鳴っている私を憐れんで、エリはお菓子をくれた。ただの駄菓子だけど、ものすごく美味しかった。夕食も食べていくか聞かれたが、さすがにそこまでお世話になるわけには行かないと思い、断った。夕食はすき焼きらしいと聞いて、よだれが垂れそうになったけれど、我慢、我慢だ。そのうち、私にも食べられる日が来るのかな? 中卒でも働ける場所があればいいのだけれど。


「やっぱり、割引まで待ってると帰る時間が遅くなるなー」


 エリのおかげで今日は空腹を耐えられたから、弁当は昼食兼夕食になるだろう。久しぶりのハンバーグ弁当だから、味わって食べないと。


「ただいまー」


 ちなみに私の家の玄関の鍵は壊れている。直すお金は無いのでそのままだ。泥棒も、鍵すら直せないような家に泥棒に入ることは無いだろう。仮に入ったとしても、お金はおろか食料すらないけれど。さすがに、数枚しかない私の下着や服を盗られたら困るけれど、今のところそのような被害は受けていない。近所でも私の家・・・というか、私が貧乏な生活をしているのは有名だし。


「あれ? お父さんの靴がある。珍しい」

「おお、カエデか。お帰り」

「どうしたのお父さん。月初め以外に家に居るなんて珍しくない?」

「ああ。カエデに言わなきゃならない事があるから、こうして待っていたんだ」

「そうなの?」


 カエデは弁当を早く食べたい気持ちを何とか我慢し、弁当を台所へ置いて父親の前へと座る。父親は、何から話したものかと暫く思案していたが、一番大事な事を伝えようと口を開く。


「父さんな、飲酒運転で事故を起こしてしまってな、仕事をクビになったんだ」

「えぇ!? 大丈夫なの?」


 カエデは父親の体の事を心配する。これでも家族なのだ、体の心配くらいするのが娘なのだが、父親はお金の心配をしていると勘違いする。


「ああ、大丈夫だ。だから、心配するな。もうすぐ迎えが来るから」

「迎え・・・って、一体何の?」

「すまん。実は、被害者に払う賠償金が、この土地と家を売り払っても足りないみたいでな、全財産どころか、足りない分を借金をしてな、だから、お前を売るしかないんだ」

「はあぁ!??」


 お父さんはしどろもどろで私に説明してくれたが、意味が分からない。いや、意味は分かるけど、まさか私が売られるなんて思ってもみなかった。さすがに人身売買は犯罪じゃ無いの? いや、だからこそ高く売れるんだろうか? いやいや、そんな事を考えている場合じゃない。


「一体、私をどこに売ったの!」

「大丈夫、大丈夫だ。お前が心配している様は場所じゃ無い。体を売ったり、臓器を売る様な所じゃなく、ちょっとした実験を手伝うだけでいいんだ。それだけで、衣食住の心配をしなくていいと聞いている」

「体や臓器を売るなんて、絶対に嫌だよ! そもそも、他に方法は無かったの?!」

「無い。免許も取られたし、こんなアル中を雇ってくれる運送会社はもう無いだろうな。これからは日雇いで働いて生きることになるが、お前に渡す金なんて無いからな」


 私のこんなガリガリでちみっこい体が売れるとは思わないけれど、臓器は健康そのものだろうからきっと欲しい人は居るだろう。いくらお金になるとしても、絶対に売りたくは無い、それだけは勘弁してほしい。そんな事をされるくらいなら、いっそのこと死んだ方がマシだろう。いや、このクソ親父なんかの為に死んでたまるか。


「こんの、クソ親父!」


 私は産まれて初めてお父さんを罵倒する。これくらいの事を言うくらい、私にも権利はあるだろう。貧乏な生活にも耐えてきたのに、まさかお父さんに裏切られるなんて・・・。

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