第9話
第一部隊の兵士は食堂に集まり、サニーから話を聞いていた。
サニー達の部隊はライゼンが部隊長だった時と同様、第一部隊である。
ちなみに、第一部隊だから強いとかではなく、数字には何の意味もない。
「ライゼンは悪魔の調査を始めることになった。私たちも手伝う方がいいと思うけれど、あなたたちの訓練をお願いされたよ」
「悪魔か、俺たちが遭遇したら絶対死ぬな」
「だから、訓練。と言っても、私とヘルメス兄がしてたのと同じやつになっちゃうけど」
「良いんじゃね? 俺らも同じ訓練すれば強くなれそうだし」
兵士たちは気楽に頷く。
「ライゼンに訓練できそうな森や広場がないか聞いたら、南西のお花畑の近くに良いところあるみたい。そこでやろう」
「え? 外で訓練をやるのか?」
「うん、ここだと狭いからね」
一体どんな訓練なのかと兵士たちは不思議に思う。
普段の訓練は素振りや兵舎の周りの走り込み。もしくは模擬戦闘が一般的だ。
サニー達のやる訓練がどうゆうものかは想像できないだろう。
「辛いぞー。頑張ってくれ」
「はぁ」
あまり想像ができないので反応が薄い。
「じゃ、行こっか」
サニーの号令とともに、兵士たちは城壁の外に出て、目的の場所についた。
自然豊かで、色とりどりの花が咲いている。
周りは木で囲まれているが、魔物の気配はない。
どうやら、花の香りが魔物避けになっているようだ。
「じゃ、まずは走り込みだね。全力疾走で2時間ぐらいかな? 私に何回も抜かされた人には罰を与えるよ」
「2、2時間……」
「サニー隊長、休憩はあるのでしょうか?」
「しんどくなったら、その場で休憩だよ。でも気をつけてね。周回遅れになった分だけ、罰が増えるから」
サニーが指定したのは、花畑の周りを2時間走り続けることだ。
しかも全力疾走で。
「サニー隊長ってどれくらい早いんだ? それに罰って何だ?」
「さ、さあ」
サニーに罰が何なのか聞いても内緒と答えるだけだった。
さて、訓練が始まる。
兵士たちの目にうつるのは眼前のサニーの後ろ姿。
ヘルメスの号令と共に走り出す。
すると、風を残しサニーの姿が消えた。
「や、やべぇ」
兵士たちの心の声は一致する。
「ちょ、なんだあれ! 人間か?」
「これだとすぐに抜かされるぞ。全力疾走で行かねぇと!」
兵士達が手抜きしないようにサニーは初手から飛ばすことにしたのだろう。
事実、兵士たちは焦ったように全力で走りだす。
ちなみに、アスラとヘルメスは岩陰で腰を下ろし兵士たちを見守っている。
もし、死にそうな兵士がいたら助ける手筈になっているのだ。
要するに救護要員である。
さて、2時間手前までくると、アスラは飽きたのかぐっすりと寝ていた。
兵士たちもすでに全員倒れ伏している。
過呼吸気味になっている者もいるが、サニーは多少息遣いが荒くなっただけで、訓練は終わりを迎えた。
「集まってー!」
サニーの号令にふらふらとしながら兵士たちは集まる。
「やっぱり一人一人数えるまでもなかったね。罰は、そうだね。みんなの名前を覚えないってことにしよう。5回以内に収まったら、名前を教えてね」
「へ?」
どんな罰を言われるのかと思われば、何だそんなことかと兵士たちは思った。
兵士は職業柄、死んでしまうことが多い。
だから、精神的負担を回避するためにあえて名前を覚えない兵士もいるくらいで、サニーの罰はそこまでキツくはない。
だが、意外にも精神的にきついことに兵士たちは気付いた。
例えば、昼食の用意でのことだ。
「えっと、名前なんだっけ? あ、聞いちゃダメなんだ…。これお願いね?」
「……」
そう、サニーに用事で呼び出された時、時々サニーの口から名前を聞かれる時がある。
優しい性格をしているサニーは、兵士の顔と名前を覚えて、距離感を近くしたいと思っている。
そんなサニーがしょんぼりと悲しい顔をして俯くのだ。
その顔を見た兵士の心中はというと、穏やかではない。
「おい、あれ思ったよりも来るな」
「ああ、サニー隊長のあの悲しそうな顔を見たか?
胸の奥がチクチクして痛い」
ヒソヒソと兵士達が話しているのをヘルメスは聞き耳を立てて聞いている。
「成功だな」
ひっそりとヘルメスはそう呟いた。
名前を覚えない作戦はどうやらヘルメスの入れ知恵のようだ。
「こんなのどうやって思いついたんだい?」
アスラが聞くと、ヘルメスは突然震え出す。
「え、何?」
「一度な、サニーと喧嘩してさ」
そこからヘルメスの回想が始まった。
ちょっとめんどくさい気がしたアスラは聞いたことをすでに後悔している。
ヘルメスが言うには、喧嘩中のサニーは口が変わるらしい。
と言っても、それは可愛いもので、ヘルメス兄とは呼ばず、兄さんと呼び方が変わるだけだ。
なんなら、無言の圧でこっちにこいと目線で訴えられたこともある。
呼び方に棘があることを感じたヘルメスはちょっとビビりながら辛い時を過ごしたのである。
「それでな、名前というか、他人からの呼ばれ方が変わると、胸の奥がきゅっとなるだろ? それに名前を知ってるのに知らないふりをされるあの気まずい瞬間ってのも、また辛いんだ。今回はそれを利用してる」
「へー、なかなか策士だね」
「経験したことを利用してるだけだ。優しいやつが多いってことは、昨日の時点で何となく察してた。だから、効果的面だよ」
空はあんなにも青いのに、兵士たちの心はどんより雲である。
走り込みが終われば、次は模擬戦闘だ。
「みんなって魔力は扱えるの?」
兵士たちは揃って首を振る。
「アスラー、魔力って使えないのが普通なの?」
「んー、騎士になってから教わる人が多いかも。兵士の間は魔力に耐えられる力を鍛えるんだよ」
「そうなんだ。うーん、ま、いっか。それは後で考えよう。とりあえず、私とヘルメス兄とアスラがみんなの相手をするから、模擬戦闘にしよう」
と言うことで、模擬戦闘が始まった。
今回は暗黒騎士を仮想敵として、サニーが兵士たちと戦う。
「じゃ、行くよー!」
兵士たちはそれぞれの武器を構えて、臨戦体制だ。
先ほどの走り込みでサニーの異常さは体に染み込んでいる。
今更油断するものなどいなかった。
だが、まだ認識が甘い。
サニーは魔力を込めて、暗黒騎士と同じように、リーチが伸びた魔力剣で兵士たちを吹き飛ばしていく。
「………」
次は自分の番だと感じた兵士が剣を構えるが、あっさりと吹き飛ばされてしまう。
兵士たちは勇敢に戦った。
それはもう勇敢に。
血反吐を吐いたり、傷を負っても立ち上がり、サニーと剣を交えようと頑張るが、近づくことさえできない。
大木にぶつかった衝撃が痛々しく残る。
「みんな、頑張って!」
サニーの励ましの言葉が聞こえるが、兵士たちは阿鼻叫喚だ。
それから数時間は遊ばれて兵士たちの模擬戦闘は終わった。
ヘルメスは槍を扱う兵士に訓練を行った。
と言っても、簡単なもので、鉄板を貫くことを課題に出しただけだ。
その鉄板は厚さ10センチほどで、ヘルメスは軽々と貫く。
貫く瞬間に火花が散るのを見た兵士たちは、目を点にしている。
「これができれば、たいていの魔物の皮膚は貫ける。もしできたら、俺と模擬戦闘ってことで」
槍使いの兵士は目をキラキラとさせて、ヘルメスを尊敬の目で見ている。
さて、アスラは何をしているのかと言うと、早々に訓練から身を退いた。
「私のハンマーを避けてねー」と言って始まった模擬戦闘は酷いもので、兵士たちに恐怖を植え付けた。
力加減が苦手なのか、派手に吹き飛んでいく兵士が後をたたない。
一撃で骨が折れる兵士も現れてしまい、今の兵士たちの相手には荷が重すぎた。
しかも、ただの筋力だけでこの惨状を生み出されたので、早々に訓練を止めることになったのだ。
「じゃ、訓練終わりだよ! 明日も頑張ろう!」
朝から夕方ごろまでみっちりと行われた訓練に兵士たちは、泣き出しそうになる。
帰り道の途中に、弱音を吐く兵士が後をたたない。
「マジでヤベェ。サニー隊長って俺らより年下だよな」
「ああ、元気なくすぜ」
「アスラの姉貴のハンマーにちびっちまった」
「俺なんて骨が折れちまった。いてぇ」
「大丈夫? 私の背中に乗る?」
骨が折れた兵士に自分の背中に乗るかサニーは聞くが、兵士はブンブンと首を振る。
「無理しないでね? 治癒園に戻ればクリスが治してくれるから、頑張って」
と言って、サニーは最前列に戻って行った。
「はは、なんか、悔しいわ」
「おう、そうだな」
兵士たちは夕陽を背に乗せ、治癒園へいった。
夕方ごろの治癒園は忙しい。
避難民の夕食の準備や洗濯、祈祷、傷ついたものを癒したりとやるべきことはたくさんある。
だから、サニー達がやってきた時、クリスは発狂した。
度重なる治療によりクリスも限界を迎えているのだから仕方ない。
だが、サニーに頼っていいよと告げたせいでもあるため、自業自得かもしれない。
後ろにいた見習い聖女のリーズもなぜか大怪我をしている兵士たちに呆然としている。
「その傷どうしたの?」
「訓練でやっちゃった。みんなの治療をお願いできる?」
クリスの眼前に映るのは、血や打撲痕、腫れで傷だらけの兵士達。
「あんた、今は忙しい時期だってわかんないの? このおバカ!」
クリスはサニーのほっぺを摘み、抗議をする。
「ごぉ、ほめん。何かあったら呼んでねって言ってたから」
「限度があるでしょうが! 全く、さっさと治療するからあなたたちはここに順番に並びなさい!」
「あ、クリスって魔法陣って刻める?」
「あんたぶっとばすわよ。…やれるわ。でもいいの? 戦闘魔法の扱いは若い兵士には難しいと思うけれど」
「大丈夫。じゃ、ここにいるみんなの足の裏に風の魔法陣を刻んでくれる?」
「やっぱぶっ飛ばすわよほんとに!」
要求をどんどあげてくるサニーに暴言を吐きながらも、治療の手を止めないクリス。ついでに足の裏に魔法陣も刻んでくれる。
なんだかんだやってくれるので、サニーに甘い。
「ありがとうクリス」
「聖女様、ありがとうございます」
「はいはい」
手際よくクリスが治療を終わらせる。サニーは申し訳なさがあったのか、流石に隣で見ていた。
「あんたもさっさと休憩しなさい。そこで見ていても邪魔だから」
「うん、ありがとう」
その後、夕食を食べ、寝る。
そして、起きたら訓練。
その繰り返し。
これは悪魔の調査がひとしきり終わるまで続いた。
その間の治癒園ではサニー達が毎日治療にきた。クリスは堪忍袋の尾が切れたのか、サニー達に土下座させる姿も見ることがあった。
もはやそれが日常となりつつある。
リーズも後ろで苦笑する。どうやらこの状況にもすっかりなれてしまったようだ。
そんな日々が過ぎ去って、2週間ほどだろうか。
ライゼンがサニーを呼び出したのである。
「調査が終わった」
「どうだったの?」
「全く尻尾が掴めなかった。危険だが、もう少し遠くまで調査範囲を広げたい。第一部隊の方はどれくらい強くなった?」
「結構強くなったと思う。魔法を扱える兵士も増えてきたし」
ライゼンはサニーの報告に驚いた表情を見せた。
「は? 魔法だと?」
「ダメだった?」
「いいが、クリスが許したのか?」
「うん、頼んだらやってくれたよ」
「そうか。思ったよりも成果が良いな。よし、調査範囲を広げよう」
ライゼンはいそいそと何かを作って、サニーに命令書を渡す。
「頼んだぞ、調査は明後日。明日は兵士たちを休ませてやってくれ。訓練は無しだ」
「わかったー」
紙を受け取り、サニーは出ていった。




