第28話 ドワーフの砂漠
太陽の騎士団は、砂漠の地に足を踏み込んでいた。
岩石が露出し、渓谷のような亀裂の間を進んでいく。
サニーは棘のある植物、毒を有する生き物達に好奇心が唆られていた。
気になって飛び出そうとする時は、アスラに抑えられることが多い。
砂の大地では歩みを止めず、岩石の上で休憩を取り、重い荷物を運ぶカルペロに休息を与えることを繰り返し前進する。
雄大な砂漠は、照りつける太陽と共にあり、大地を灼熱へと変えていた。
その光の恵みは、サニー達を苦しめている。
「あー」
サニーは、魔法水を溜めた鍋の水を両手で掬い取り、顔面を勢いよく濡らした。冷たい水は、体の熱気を和らげる。
サニーは、気持ちよさそうに笑った。
「日差しもすごいね。これ」
「この服をもらえて良かったです。もし金属の鎧を着ていたら、焼き肉にされてます」
ウィリスは、頬が赤くなっている。腕で汗を拭き取り、手のひらで顔を仰ぐ。
「おいおい、夜には冬みたいに寒くなるんだろ? 本当にそうなんのか? 一日中、これは勘弁してほしいな」
ヘルメスは、額の汗を拭い、遠くの砂の丘を見つめる。まだまだ、続くであろう旅に嫌気がさしそうなほどの暑さに気が滅入っているようだ。
「夜は寒くなる。毛布にくるんで眠ることになる。でなければ、氷漬けにされるぞ」
「はは、砂漠ってのは過酷だな」
ゼルは慣れているのか、疲れた様子はない。テキパキとカルペロの世話をし、食料を与えている。
「おい、水を飲め。でなければ、脱水で干からびてしまうからな」
木箱に入った水瓶をいくつか開け、団員に渡していく。
コップはゼルがクラフト魔法で作り出したもので、使い捨てだ。
「ゼル、王都まではどれくらいかな?」
「まだまだ、と言っておこう。聞けば後悔する」
「うへぇ、オアシスまではどれくらいなの? そこでカルペロの水分を補給できるし、ちょっとは涼しいんでしょ?」
「ああ、もう少しで到着するはずだ」
ゼルのいう通り、オアシスが見えてきた。
カルペロも水分と草地を求め、走り出す。
オアシスに辿り着いた一向は、腰を下ろす。
「あっつい! 地面があつい」
サニーのお尻は熱で焼けそうになった。跳ねるように腰を上げるが、地面を見て静止する。
そして、「やっぱり熱いのかな」と思って、無意識に手を地面に当てた。
「あっつ」
「なにやってんだよ、サニー」
「この砂を固めたらさ、燃えるボールの完成だね。こうして、魔力で圧縮してー」
サニーは、手早く砂団子を作った。魔力の無駄遣いである。
「待て、まさか、やるなよ。それは、燃え盛る鍋を人にひっくり返すもんだぞ」
「ふふふ、ヘルメス兄、覚悟ー!」
サニーは、手に魔力を纏って作った砂団子をヘルメスに投げまくる。
団員達も混ざり、流れ弾はアスラの顔へと向かっていった。
弾はアスラの頬で弾け、熱さで悶絶する。
眠っていたアスラは、起こされて不機嫌だ。
「やったね。私も混ぜてもらうよ」
アスラは巨大な砂団子を作り上げた。
「ゼル、持ち手をくれないかい。頑丈なやつ。くれないと、この砂団子で殴っちゃうかも」
「分かった」
ゼルはクラフト魔法で、鎖と鉄の棒のフレームを創造する。それを手早くハンマーで叩いて魔力を与えると、頑丈な持ち手がクラフトされた。魔力で圧縮された砂団子は十分な硬さだ。アスラは取っ手を中心に魔力で強引に差し込み、固定する。そして、ハンマーのように扱った。
まずは、サニーとヘルメスが餌食になった。
死角からやってきた攻撃をモロに受け、巨大砂団子が弾け飛ぶ。
そのアツアツの砂が体中に入り込み、サニーとヘルメスは地面を転げ回った。
砂が冷め始めると、サニーは反撃する姿勢を見せるが、巨大砂団子の前には敵わない。逃げることを選択した。
ヘルメスは、こっそりと逃げたが、他の団員達の目からは逃れられない。
砂団子を頬と脇にくらい、痛みに悶絶する。
「ふふふふ、覚悟しろよぉ?」
「ヘルメス、かかってこいや」
砂団子の投げ合いは、次第に苛烈さを増していった。テント内で地図と睨めっこし、今後の方針を綿密に計画しようとしていたウィリスとクリスは、騒ぎが気になり、外に出た。
「騒がしいわね」
「何してるんです?」
すると、二人の顔面に流れ弾がクリーンヒットした。
クリスは一回だけだったが、ウィリスはすぐには倒れなかったので、三発ほど喰らった。
二人は後ろ向きに倒れ、砂の熱さに恐怖を覚えた。
「あっつ!」
「っっっ!」
声にもならない叫びをウィリスはあげる。焦るように顔面の状態を確認するが、異常はないようだ。
そして、ようやく状況を理解した。
「チェインクロス!」と二人同時に聖魔法を発動する。
すると、遊び人達は直ちに拘束された。
「もう、まだお昼なんですよ! そもそも、砂埃をたてないでください! それに、危険です。怪我を治すのは私たちなんですよ! まったくですよこれは! それに、遊ぶなら私も混ぜて…」
「え」
みんなの声が一致した。
また、ウィリスの額に丸く薄い焼け跡が残っている。両頬と額についた赤い丸と、遊びに混ぜて発言が妙に笑えてきたのだろうか。説教中でも、サニー達は笑いを堪えきれなかった。
「むー、なに、笑ってるんですか?」
「ウィリス、これ見て」
「はい? な!」
手鏡に映る自分の姿にウィリスは顔を赤らめる。
「ははは、ウィリス顔真っ赤、かわいい!」
サニーの言葉に、怒りのクロスチェインを発動。地面へと額を押し付けられる。足をバタバタと激しく揺らすサニーを見た他の団員は「えげつない」と口から漏らしそうだった。
「あ、す、すみません」
そこまで厳しくやろうと思っていなかったのか、ウィリスは、慌てて聖魔法を解いた。
サニーの顔には大きな焼け跡ができている。
「へへへ、ウィリスと一緒だね」
「そんなこと言っても許しませんよ」
「えー、ごめんよ、ウィリス」
「はぁーもう、許します」
二人が仲直りしたので、他の団員達も立ちあがろうとした。
「あら、あなた達はまだ、ダメよね?」
「クリスさん、もう足が熱々なのですが」
「おやぁ? 倒れちゃって砂まみれになっちゃったのよねぇ」
「ごめんなさい」
「まったく、ヤンチャな子達ね。はい、治療してあげるわ」
クリスからも許しをもらえたので、聖女組はヒールで、手早く焼け跡を治療した。
「やっぱりこれは問題ですよ。回復魔法を使うと、危険な遊びが娯楽に変わるんですから」
「そうよねー、そこだけはこの魔法の欠点よね。ほんと」
「いつも感謝してるよ! ありがとね!」
「あー、はいはい、あなたは大怪我しないようにね。あなたが一番心配なんだから」
砂団子投げ合い大会は二人の聖女によって強制終了させられたのだった。
一時の休憩を終えた騎士団は、出発した。
いくつもの砂丘を超える。カルペロ達も疲れ果ててはおらず、やる気はみなぎっていた。
「おお、大きな砂丘だね」
「ふむ、我らが大砂丘だ」
サニー達の目の前には、大津波のようで、急な砂の下り坂があった。
大砂丘の壁は北東へと遠くの彼方まで続いている。
「む、ここは早めに降りた方がいいんですね。地図にはそう書いてます」
「ああ、逃げ場がないからな。早々に降りよう」
「ゼル、何してるの?」
設計図が空中に浮かびあがり、光る。
すると、長方形型のソリが出来上がる。
カルペロの両足に片方ずつ装着するのだ。
「これをカルペロの両足に固定して、滑り降りるんだ。楽しいぞ」
カルペロ達が羽を大きく広げ、ゼルの言葉に嬉しがった。
両足に早く装着しろと言わんばかりに駄々をこねている。
団員達は、目線で言われるがままに装着させた。
「あとは、紐だな。カルペロと紐で繋いでおけ。これなら、途中で落っこちても助けられる。団員同士は、長い紐で結んでおこう」
ゼルのいう通り、カルペロと紐で結びつける。
そして、出発の時だ。
「ここ、降りるのか…」
団員達の中には高い所が苦手なのか、恐怖する人もいる。しかし、怖いもの知らずのサニーは、真っ先にカルペロと飛び出した。
団員達や聖女組も続こうとすると、カルペロが待ち切れないと言わんばかりに勝手に飛び出した。
「やっほー!」
「風が気持ちいいね」
ゼルは口の端をニンマリと笑みを浮かべている。
「あれ、ゼルさん、笑ってる」
「うむ、姉上とよくカルペロに乗って、こうして風を感じたのだ」
後ろの兵士はすっかりと馴染んでいるが、内心ドキドキしている。王子の背中を預けられているのだ。緊張もするだろう。
だが、それは、風に身を任せる今は、忘れ去られる感情だ。
聖女組のカルペロは、ジグザグに激しく滑り、他のカルペロとぶつかった。そして、負けん気が強いのか、喧嘩になった。
お互いの体をぶつけ合い、ソリが痛々しく擦れる音が二人の聖女の耳を通り抜ける。
「ちょ、滑ってる間ぐらいは、やめて下さいー!」
カルペロ達が滑るのを楽しんでいる時、サニー達がいた砂丘の上から、魔物の遠吠えが響き渡った。
「な、魔物ですか? こんな時に!」
「ほら、魔物よ。喧嘩してる場合じゃないわ!」
「みんなー、滑りながら戦うよ。体勢を整えて!」
遠吠えをした魔物は悠然と佇み、騎士団を見下ろす。王の風格を備えたその魔物の周囲から、続々と手下達が砂の坂を転がり落ちてくる。
カルペロは後方から来る巨大な回転物を、器用に避けていく。
鳴き声を上げながら、ソリを使いこなす姿は陽気であり、頼もしさすら感じる。
彼らは、人に勇気を与える生き物なのである。
転がっていった手下は、進行を妨げるように前方で待ち構えていた。
いつの間にか、細長いツノが生えている。魔物の体内にある魔力によって形成されたものだろう。
避けなければ、カルペロは串刺しになり、人間はそのまま飛ばされ、地面に落ちたところを貪られる。
幸い、魔物の壁には隙間があるが、もし、通り抜ける時に挟まれたら、逃げ出せないかも知れない。
本能から危険を感じ取ったカルペロの取った行動は、自身の羽で飛ぶことであった。
敵は坂下にいるのだ。
ならば、上を通ればいいのである。
サニーとアスラの髪は浮遊感によって、浮き上がる。全身が軽くなる気持ちだ。
しかし、着地すると同時に重い衝撃が走り、思わず呻き声が出る。
木箱が激しく揺れる音、砂の摩擦の音、カルペロの荒い息、後ろから追いかけてくる魔物の咆哮。
危険は、去っていない。
今度は魔物達が真横で並行し、カルペロにぶつかってこようとしてきた。
団員達は魔力剣で応戦し、近づけさせない。
魔物の皮膚は硬いが、十分な切断力を持った魔力剣であれば、切り裂くことができる。
中には、魔物を倒すことができた団員もおり、徐々に脅威は無くなっていった。
前方から襲いかかる魔物はカルペロが避け、横からくる魔物は団員が応戦する。いつのまにか、カルペロと団員は、お互いに背中を預けていた。
「坂が途切れてるぞ!」
ヘルメスが言った通り、大きな割れ目ができていた。いや、もはや、崖と呼ぶべきほどであり、落ちたら死んでしまう。
カルペロ達は、一斉に雄叫びをあげて、羽を閉じた。そして、速度を加速する。サニー達も、必死にカルペロの背中にしがみつき、飛ぶ準備に備えた。
カルペロ達は、時が来たと言わんばかりに大きく跳ねる。
力強い足は宙に浮き、カルペロキャラバン隊は、空を飛んだのだ。
割れ目の対岸で急停止をかけ、砂埃が舞う。
砂漠には、急停止の跡が出来上がり、どれだけの衝撃があったのかを物語っていた。
先ほどまでいた場所は、崖に気付かず停止できなかった魔物達が落ちていく。
王の風格を持った魔物は、サニー達を悠然と見下ろし、元の場所であろう住処へと戻っていった。
「君たちって、飛べたんだね。楽しかったよ」
サニーが褒めると、カルペロ達は「どうだ、みたか」と言いたげに、ドヤ顔をした。
それから、大きな割れ目を見下ろしながら、休憩する。
「こんな割れ目はなかったはずだ」
「うん、地図には書いてないよね」
「ああ。なんだ、これは。自然災害でもあったのだろうか?」
「地震とか?」
「そうかもしれん。原因は特定できそうに無いが…流砂だけは綺麗だな」
「滝みたいだよね。いつまでも見れちゃう」
太陽の騎士団は、気持ちを落ち着けるかのように大自然の景色を楽しみ、身を休めた。
そして、また、前進を続ける。
王都までの道のりは、半分を切ろうとしていた。




