第23話
厄災スライムとの戦いが終わり、避難民と合流したサニーたちは歩きながら治療を受けていた。
クリスやリーズ、ウィリスは大忙しで走り回っていたが、患者を横にできる荷車を集めてもらったことで、今は3人の下に続々と運び込まれてきている。
すでに治療を終えたサニー達は3人を手伝うことにし、患者を運んでいた。時には震える市民の手を握って励ましており、魔物が襲ってきたときは討伐していた。
そうこうしているうちに、遠くから驚声が聞こえてくる。
「リリィ様が帰還なされたぞ!」
クリスたちの前に、リリィを担いだグラセムが現れる。
地面にポタポタと血を垂らすリリィを前に、一瞬呆然とするが、クリスは荷車に横になるように言う。
「なんと痛々しい姿か」
リリィーの姿をみた市民や兵士がざわざわと心配する声をかけている。
サニーもリリィが横になっているのを心配そうに見つめていた。
「ごめんなさい、先にリリィを治療してもいいかしら?」
「はい、文句など言えるはずありません。リリィ様が守ってくれなければこの身はなかったのですから」
木製の荷車に敷いた絨毯はすでに血で滲んでいたが、すぐに真っ赤に染まる。赤い液体が地面へと流れ、不規則な赤い線を何本か残していく。
リリィの身体はクリスの聖魔法に包まれていった。傷を治した後は、冷たく濡れた布で体にこびりつく血を拭きとる。身体からは血生臭い匂いが強くして、目や鼻に刺激が入り、クリスはしょぼしょぼとした。
聖魔法を行使して何時間経っただろうか。リリィーの目は覚めない。外傷はある程度治っているのだが、魔力の過剰使用による体内の血管や内臓などに深い損傷が残っている。それを治せなければ、リリィの目は覚めないだろう。
「クリス様、もう5時間は経ちます。ご飯を食べてください」
リーズはなんとも言えない表情でクリスに提言する。しかし、それは拒否された。
「ごめんね、今は手が離せないわ。せめて内蔵が完治するまではやらないと。中途半端だと一瞬で傷が開くから」
自身の体調より苦痛を感じているリリィを優先したい気持ちがあるために、クリスは治療を止めようとしない。だが、長時間の魔力の行使は体への負担があまりにも大きい。しかし、リーズの技術では治療を変われない。なので、ウィリスが声をかけた。
「クリスさん、変わりますよ。休憩してください」
「…分かったわ。魔力の制御を受け渡すわよ。慎重にね」
クリスは今どこら辺に力を入れて治療しているかなど、魔力の流れを綿密に説明する。
今、リリィの身体の中に、クリスの手のひらから魔力が流れている状態だ。
もし、ウィリスが別の場所から魔力を流してしまうと、体の中で二つの魔力が邪魔し合い、体内の中の内臓は破裂するだろう。
聖魔法の制御の受け渡しは慎重に行わた。交代は数時間おきにあり、それは2日ほど続いた。
聖魔法を行使し続けて2日目の朝ごろ、リリィの瞼がわずかに動いた。
「んん、あたたかい」
リリィの目が覚めたのだ。たまたま様子を見にきていたサニーが気付き、リリィ様が起きたと大声で伝える。
その声により、周囲の市民や兵士も安心していた。
ウィリスやリーズも隣に来て、リリィの寝起きの顔を見ている。
「なんだか、覗き込むように見られては恥ずかしいですね。寝顔はあまり見られたことがありません」
少し恥ずかしそうに笑う顔にクリスは安堵のため息を放った。
「けっこう余裕ありそうね」
「目を覚まして良かったです、ほんとうに」
「ふふ、2人のおかげですね。ありがとうございます」
リリィは上体を起こし、手足が動くのか確認する。魔力行使による疲労が溜まっているので痛みは多少あるが、動かすことに問題はないようだ。
「さてと、今後のことを話しましょう」
リリィは髪を一本に纏め、微笑んだ。
サニー達やグラセムが集まる。
「援軍を呼んだ?」
グラセムが首を傾げて、リリィに聞く。すると、指をピンと立たせて答えた。
「はい、各国に援軍を要請しています。メルビン達を一目見て、ラーハストに帰った後に伝令兵を走らせました」
「メルビン達とダグラスってやっぱり強い?」
リリィは横にいる荷車の側面を両手で掴んで聞くサニーに頷く。
「メルビンは悪魔との融合ができてしまっている。私は大天使を使い、体が悲鳴を上げました。ですが、メルビンはそうではなかった」
淡々と告げるリリィにヘルメスが同意する。
「確かにな。すげぇ魔力のぶつかり合いだってのに、あいつは全く屁でもねぇ感じだ」
「ええ、そして、何よりまずいのがダグラスです。あれは、天使と悪魔を同時に融合させています。聖魔法を扱い、悪魔の力さえも制御する。どれだけの危険度か計り知れない」
アスラはうーんと悩みながら、疑問を口にした。
「でもさ、天使は幸福や幸せを、悪魔は不幸や恨みとかを糧にするんだよね? 同伴させることができるのかい?」
少し悩みながらも、リリィは曖昧に話す。
「…世の中の善悪を愛し、受け入れる人であれば、多分、いけるとは、思います」
「うん? どういうことだい?」
「えっとですね、幸福も不幸も私たちは絶対に経験するものです。その二つが存在する世界を認め愛して、二つとも何かしらの考えを持って楽しめる人間。要するに悪魔と天使を心の中に飼えることを受け入れ楽しめる精神を持った人間。それが、ダグラスなのでしょう。ともかくとして、ラーハスト一国だけで対抗できるほど、敵は弱くないのは確かです」
今この場にいる全員はメルビンの魔力を直に戦場で感じてきた。厄災とは訳が違う。暗黒騎士を生み出し続け、それは終わりがないように思えるほどだった。リリィの言葉にみんなは思い思いに考える。
その静けさを断ち切るようにサニーは笑顔で聞いた。
「リリィ様! 援軍って誰を呼ぶの?」
「ドワーフ、獣人、エルフ。この三つの種族は国を持っています。彼らに援軍の要請をしました。あとは返事を待つだけですよ」
リリィは腕をまくり、錫杖を手に持った。
「今は待つしかありません。できることをやりましょう。私は傷を負った人の治療に参加します」
「え、まだ、安静にしておいた方が」
「いえ、これでいいのです。やることがあった方がいいので」
聖女組は治療にあたり、サニー達は警戒に行く。
警戒のために歩いている時、グラセムがポツリとつぶやいた。
「リリィ、焦ってるんだろうな」
「…そうだよね。すごく落ち着こうとしてるけど、乱れた雰囲気を感じるもん。もし、援軍が来れなかったら、どうすればいいんだろう」
一国の命運の分かれ道に立たされている状況。不安に駆られるのは、人として当然の感情である。例えリリィが王女であれど、人の子なのだ。焦りと不安は感じるのである。
「不安を一つでも消すために、せめて、魔物による被害は抑えよう。サニー達も頑張ってくれ」
「うん! グラセム様もね!」
今日より3日後、避難民は無事に王都近辺までやってくることができた。
高齢のものたちや妊婦などの、移動に疲労を感じやすい人々は聖女による回復魔法によりなんとか死なずにすんでいる。
兵士たちも3日の旅は耐え難いのか、目がギンギンになっており、血眼である。
サニー達は目を高速で擦ったり、頬を叩いたりして無理やり目を覚ましていた。
グラセムもウトウトとしている。
前を歩いている兵士が「あれはなんだ!」と大声で叫んだ。
もう、数時間歩けば王都には着く。しかし、目の前に見えるのは山と山の間に作られている建設途中の城壁であった。
後ろには物見櫓のようなものまで建てられており、山を要塞化しているようである。
「見えてきましたね。あそこで休憩します! 食べ物もたくさん用意してありますし、温かい羽毛布団もありますよ!」
リリィが後方へと伝わるように大声で言うと、安全な場所へと辿り着いたことに安堵し涙する人や、睡魔に勝てない兵士たちが血相を変えて拳を上げる。
要塞化された山は、メルビン達との戦いに向けての最後の砦となる場所でたくさんの兵士たちが滞在している。
すでに先行した避難民達を受け入れた経験があるのか、砦にいた兵士たちの手際が良い。
ゆっくりと眠れる場所を見繕い、温かいご飯も数十分程度で提供されていく。
夕方ごろに着いた避難民は皆、夜を待たずに目を閉じた寝てしまった。
「明日は昼頃までゆっくりと休みましょう。王都はもう近くですから」
騎士団や聖女達、兵士達は夕飯を食べた後に、ささやかなお祝いをしていた。少しだけお酒を嗜み、談笑に花を咲かせている。
「疲れましたぁ〜」
「死ぬわ。もうクタクタよ、寝るわね」
と、言う具合にバタバタと倒れていく。
しかし、サニーは少し眠れなかったのか立ち上がった。
「おい、サニー、眠らないのか?」
「ちょっと、夜風に当たってくるよ」
「いいけど、風邪ひくなよー。引かないとは思うが」
サニーは砦の上に登り、地平線を見つめていた。
気持ちのいい風がサニーの髪を揺らしている。
空はすでに、暗闇と星の輝きで色を染めている。
「眠れないのですか?」
後ろを振り返ると、リリィが立っている。
そのままサニーの横に立ち、ゆっくりと座る。
サニーはリリィをチラリと見て、頷いた。
「私もです」
静かな空気が流れ、リリィは少し息を深く吸った。
「先ほど、伝令兵から報告がありました。援軍は来ないみたいです。どの国にも厄災が出現しているみたいで余裕がないみたいです。…まだ、誰にも言っていません」
「……私は、どうすればいい?」
「ただ、そこにいてもらえればと」
「…分かったよ、リリィ様」
また静かな空気が流れるが、リリィは早々に話を始めた。
「…サニー、あなたは本当に強くなりました。たった2年で、厄災にトドメをさせるほどに」
リリィは夜空を見て呟く。
「時間の流れは早いですね。全くと言っていいほど」
「リリィ様」
「なんですか?」
サニーが遮るように名前を呼ぶ。リリィは疑問符を浮かべるように首を傾げた。
「リリィ様、怖い?」
サニーは顔の向きを少しだけ変えて、リリィの目を見つめる。リリィの恐怖は何か、それはわからない。ただ、サニーはリリィの孤独を感じていたのだ。そして、それは辛いものであると知っている。
「…サニー、王女に対して不敬ですよ」
やってしまったという思いでリリィは顔を歪める。クリスの避難民の説得話を聞いたからだと、心の中で思った。
「リリィ様、騎士って王家の財産なんだよね。だったらさ……命令、してよ。まだ、私は騎士じゃないけど、未来の騎士だからいいかな?」
「強引ですね、サニーは」
「いいでしょ?」
サニーが再度聞くと、リリィは前を向いた。
そして、サニーに問いかける。
「サニー、あなたには騎士団を率いて各国の厄災を倒し援軍を呼べるように旅に出てもらいます。仲間も大勢死ぬかもしれません。それでも、やりますか? やってくれますか?」
「むー、命令!」
「はあ、分かりましたよ。サニー、仲間と共に各国の厄災を倒して援軍を呼んできてください!」
「分かった!」
なんですかこれは、と言いたげにリリィはサニーを見る。
サニーは笑顔でリリィにかしずいていた。
なんだかその様子がおかしくてリリィは微笑んだ。
「リリィ様はどうするの?」
「サニー達が帰ってきて援軍が来るまで時間稼ぎです。大丈夫ですよ。待つのは慣れていますから…王都に着いたら、改めて、サニー達を騎士へと任命します。その後、すぐに出発してもらいますよ」
「じゃ、早く寝て体力回復しとかないと! リリィ様も早く寝てね!」
「はい、おやすみなさい」
サニーはベットにダイビングしに行った。
「慌ただしくて、優しい子。でも、どこか惹かれるのは、私と似ているからなのでしょうか?」
夜空は何も答えない。真っ暗で星が輝くだけだ。
リリィは3分ほど目を瞑った後、寝室へと戻り、深い眠りについた。
次回で第一章、終了です。




