第21話
「おー、あれ止めるんだねー」
メルビンとダグラスは雑木林の上から厄災と戦う人間達を見回していた。
戦いの様子を観察しているのである。
暗黒騎士達もメルビン達と同様にぴょこんと木の上にいる。
眼前に映るのは、特大の魔光線を二人の聖女が受け止め切った瞬間だ。
「ねぇ、君、行っていいよ。厄災がもう一発魔光線を放てるまで戦ってきて」
アスラの村を滅ぼした悪魔は素直に従った。
普通、自身の欲望を満たすために戦うのが悪魔であるため、人間の命令など聞かない。しかし、その悪魔はメルビンに憑依している悪魔から常に圧をかけられていた。
「ち、まぁ、いいわ。それなりに楽しめそうだしね」と、心の中で呟き、前線で戦うサニー達を見つめる。
あの首を戦場に掲げれば、兵士たちに動揺が生まれ、第一部隊は怒りと憎しみの感情が生まれるだろう。
その光景を想像して、悪魔は愉悦に浸る。
「じゃあね」
メルビンの別れの言葉には全く返事もせず、悪魔は飛び立った。
ラーハストに目線を向けていたサニーたちは、歓喜の声をあげる。
「すっご! さすがリリィ様とウィリスだね!」
「ああ、あんなの魅せられちまったら、こっちも頑張らねぇとな」
ヘルメスは厄災を改めて見据えた。
「さっきの攻撃で弱体化してるな。今のうちに仕留め切りたいところだ」
厄災スライムは魔力の急激の減少のせいか、地面に溶けるように佇んでいる。
だが、それは休んでいる訳ではない。
「いや、地面の下って魔力が溜まりやすいからさ。多分、それを吸い出して回復してるよあれ」
「え、やばいじゃん!」
アスラの言葉にサニーは慌てる。
あまり悠長にしている暇はないのだ。
「よし、今度は3人でいこう!」
「ああ、その方が確実だろうしな」
「わかったよ」
3人は走り出し、スライム兵士を討伐しながら厄災に向かっていく。
だが、行く手を阻む存在が現れた。
「私の相手をしてちょうだい?」
空から降ってきたその悪魔は、3人の人間を高慢に見下す。
ドス黒い魔力の揺らぎと禍々しい気配が漂っている。
周りの兵士たちも気配に気付いたのか思わず身震いをしていた。
悪魔の静止を聞かず、真っ先に動いたのはアスラだ。
自慢のハンマーを振り下ろし、クレーターを作る。
悪魔はただ、後ろに下がって避けた。
「少しは待ちなさいよ。短気ね。そんなに睨まなくでもいいでしょ」
「どの口が言ってるんだい。君は必ず倒すよ」
アスラは悲劇の元凶を生み出した悪魔を睨み、目元が暗くなる。
「アスラ、先にこいつを片付けよう。手伝うよ」
「ああ、どうせ通してはくれんだろ。やるならこいつからだ」
サニーとヘルメスも協力してくれることにアスラは感謝する。
悪魔は魔力で武器を創り出した。
生命を刈り取るような磨かれた刃を持つ大鎌である。
「まずは腕からね。それから足よ。四肢を切断して、亡骸を戦場に飾ってあげる」
悪魔が大鎌を持ち突進してきた。
それを受け止めようとサニーは剣に魔力を込める。
ぶつかる瞬間、足は地面を固く踏み、剣の衝撃音が聞こえるかのように思えた。
大鎌はサニーの剣を通り抜け、サニーの体を切断したが、通り抜けたのである。
そして、一泊遅れて体の倦怠感と内側から痛みが溢れ出す。
「な、に? 体から力が抜けて」
何が起こったのか分からないサニーは、取り敢えず距離を取ろうと動く。
悪魔が追撃で鎌を振り下ろし、避ける。だが、鎌は実体があるかのように確かに地面を貫いた。
「避けなかったら死んでた」と脂汗が垂れる。
悪魔は呆然とするサニーを足でふき飛ばした。
「サニー!」
「ち、次はこっちか」
正体不明の攻撃にヘルメスも槍で応戦する。
槍を高速に何度も突くが、簡単に避けられていく。
そして、鎌が振り下ろされるが受け止めることはしない。
「クソ鎌が」
悪態をついたのは、避けることに専念するしかなかったからだ。
アスラがハンマーを振り下ろす。
しかし、鎌はリーチが長く、ハンマーを通り抜けてアスラの体を切り裂いた。
驚きの声を上げたアスラだったが、途端に体が倦怠感と痛みに包まれる。
「魔力を、無理やり奪ってる?」
「せいかーい、体がうごかないわよねぇ」
「おい、よそ見してんじゃねぇ」
ヘルメスが魔力を込めた槍で背中から一突きするが、貫くことはなかった。
「残念」
悪魔がニヤリと笑う。
「硬すぎる」と、自身の槍が全く通じないことに驚愕する。
「あなたたちから奪った魔力がそのまま私の力になってるの。つまり」
悪魔は大鎌を振りかざし、ヘルメスの胴体を切り裂いた。そして、魔力を奪う。
「このままだと、手がつけられなくなっちゃうわね」
奪った魔力が大鎌へと流れていく。そして、紫色の覇気を纏った。
「いくわよ」
さらに巨大化した大鎌を悪魔は振り回し目の前の人間を襲う。
実体を持った鎌と持たない鎌の区別がつかないた
め、アスラとヘルメスは避けることだけに専念するしかなかった。逃げ回るだけになり、攻撃の道筋は見えない。
「おりゃあ!」
先ほど吹き飛ばされたサニーが戻ってくると、風の魔法で近づいて悪魔と近距離で対峙する。
背丈の違いと武器のリーチがあるため、サニーは魔力剣を用いて応戦した。
何度か切り裂かれて魔力を奪われるが、そんなことはお構いなしに剣を振り続ける。
その間、ヘルメスとアスラも攻撃をしようとするが、巨大な鎌の振り回し攻撃に近づくことができない。
単純に、悪魔が繰り出す攻撃が素早いため、近づきすぎると反撃に遭ってしまうのだ。
「疲れ知らずね」
振り下ろした鎌を剣で受け止めたサニーを嬉しそうに見つめる。
「焦らされるのは好きよ。でも、私はだんだん強くなるわ。あなたは体力がどんどん減っていく。どうやって挽回するつもりかしら?」
「けっこう、いいこと思いついてるんだよ?」
「それは楽しみね」
サニーはちょっと驚くかもね、と思いながらも攻撃を捌いていく。
そろそろ飽きてきたのか、悪魔は貯めた魔力を一度使うことにした。
「さあ、止めてみなさい? あなたなら倒れないでしょう?」
大技を披露しようとする悪魔を邪魔するために、アスラとヘルメスが攻撃を仕掛ける。
だが、悪魔が鎌を円状に軽く回しただけで衝撃派と空を飛ぶ斬撃がいくつも舞う。
二人は切り刻まれないように動くが、あまりの斬撃の多さに肩や足を負傷した。
「サニー! どうするつもりだ?」
「大丈夫だよ、ヘルメス兄。アスラも心配しないで。二人は攻撃の準備をお願い」
アスラは少し文句を言いたそうにしていたが、ぐっと口を閉ざし見守ることにした。
ヘルメスも信じることにしたため、槍に魔力を溜めていつでも一撃をかませるように用意をしておく。
「あら、あなた一人だけでどうにかできるのかしら?」
悪魔の鎌はゆらゆらと魔力の膜が揺れ、真っ黒な禍々しいオーラを纏っている。
それは、死神を彷彿させるようなもので、サニーの額から自然に汗がでてくる。
だが、そんなことは気にもせず、ただ、目の前の悪魔に剣を構えて、攻撃が来る瞬間を待っていた。
サニーの目には悪魔の鎌がゆらゆらと揺れているように感じる。
それは、一瞬の硬直を後に目の前へと迫った。
「その鎌、もう使えないようにしてあげる」
悪魔は目を見張った。
自身の腕がいきなり重みを感じ、すっぽ抜けた。そして、サニーの巨大化した剣が自身の鎌の上に乗っていたからだ。
一瞬の思考の停止をサニーは見逃さなかった。自身の指を悪魔の胸を貫くように突き刺す。魔力の制御が止まっていた瞬間を狙ったのだ。
それは見事に刺さり、内部へと侵入する。
赤紫の血がサニーの腕を伝っていた。
「…見事ね。でも、あなたを殴って鎌に触れれば、すり抜けさせることができる。それでしまいよ」
サニーはニヤリと笑い、これからやることを悪魔に言った。
「しってるよね? 魔力って、急激に使いすぎると体が爆発したように痛みが走るんだよ?」
「あなた、まさか」
「魔力が欲しいんでしょ? いっぱいあげる」
すると、サニーは自身の体の負担など恐れずに魔力を大量に悪魔へと送り込んでいく。
「待ちなさい、あなた、どれほど」
「もっといくよ!」
サニーはさらに魔力を込めていき、流していく。
悪魔の体からは血管が破裂したかのように血が湧き出ていき、目玉からも流れている。まるで、地のスプリンクラーのように。
「この子、恐れ知らずね! あなたの体も同じ痛みを耐えているはず。なのに、悲鳴の一つもあげないなんて」と、悪魔は思う。
正気ではない。現にサニーの体からも血が溢れ出していた。これは諸刃の剣でしかない。
そして、ただの人間が悪魔に魔力で打ち勝とうなどと。それは、悪魔にとって屈辱的だった。
こんな外道の方法で悪魔を倒そうとしてくるものなど、人間には、ましてや騎士にはいないだろう。
「がはっ! いい加減にしなさい!」
震える腕でサニーを殴り飛ばす。
顔の側面から顔殴られたサニーは、流石に持ち堪えることはできなかったのか、横に吹っ飛んでいく。
「早く、武器を」
「やあ、君の焦ってる顔が見れてよかったよ」
サニーがもたらした隙をアスラは逃さない。
ハンマーでヘルメスへと殴り飛ばした。
悪魔は咄嗟に防御しようとするが、魔力の制御がうまくいかないことに憤る。
サニーへの恨みだけがこの時の悪魔には募っていた。だが、今更、出来ることなど何もないのだ。
魔力が制御できない悪魔など、もはや魔物としての脅威を有していない。
「ふん!」
ヘルメスが槍の連撃をお見舞いし、悪魔の体にいとも簡単に穴を開ける。そして、バツ印を作るように切り刻んだ。
悪魔は倒れたのである。
アスラとヘルメスはすぐさま、サニーの下へと向かう。
そして、ヘルメスが体を支えて血が喉に詰まらなようにする。
「マジで無茶してんなほんとに」
「ほんとにだよ。無事でよかった」
「ごふ、ええへ、うまくいったね?」
「うまくはいってねえだろ?」
「あうち」
ヘルメスからデコピンを喰らうがサニーは嬉しそうに笑う。
「まだ、厄災が残ってんぞ」
「いいえ、まだよ」
ヘルメスの背中から、体を再生した悪魔が立ち上がっている。
「こいつ、あそこから再生すんのかよ。悪魔ってやつはとんでもねぇな」と、驚くと「だけど瀕死だよ」とアスラはサニーを守るように武器を構えた。
たとえ瀕死であろうと油断するほどのアスラではない。そんなことでは、一人でこの魔物が跋扈する世界を旅することなどできないのである。
「うふふふふふ、最後の一撃くらいは残っているわ。サニー、あなただけでも殺すわ、絶対に!」
悪魔はどこに力を隠し持っていたのか、先ほどよりもより大きな魔力を感じられた。
その魔力に当てられたサニーは、体をどうにか動かして立ち上がらせる。
剣は持っていないが、逃げるぐらいのことはしなくてはならない。
悪魔が最後の力を振り絞り、渾身の一撃を放とうとした瞬間、突如、眩い光が戦場を照らした。
「浄化」
冷たいようで柔らかい声がサニー達の耳に響いた。サニー達の後ろには、若草のように瑞々しい緑の髪を持った聖女、ウィリスがいた。
浄化の光によって力が弱まった悪魔は忌々しそうに聖女を見つめる。
「ウィリス?」
「お待たせしました。後は、私があの悪魔を祓います」
目を見据えた先、体を屈めている悪魔をウィリスは見下ろす。
そして、錫杖に光が集め、至近距離で光が拡散した。
「待ちなさ」
「浄化」
そして、悪魔は存在が消え去るったかのように塵になってしまった。
これにて、悪魔との戦いは終わりを迎えた。
「ひどい怪我です。やっぱり、サニーさんはサニーさんです」
ウィリスはサニーの傷を癒しながらも、その心は穏やかだった。にっこりと薄い笑みを浮かべている。
「ええへ、ウィリス、リリィ様みたいになったよね」
サニーは故郷の村で悪魔に殺されそうになった時、リリィーに助けられたことを思い出した。
それほど、ウィリスの背中は力強くなっていたのだ。
「あ、ありがとうございます」とウィリスは心底恥ずかしそうに照れている。
あまり褒め慣れていないのか、恥ずかしがり屋なようだ。
サニーの傷はすぐに癒えた。
「元気になったー! ありがとう! ウィリス!」
立ち上がったサニーにヘルメスが剣を渡す。
サニーはそれを手に持って、厄災を見た。
「あとは、厄災だけだね?」
「ああ、確か、上から突き刺す予定だったな」
「なんですか? それ?」
ウィリスが不思議そうに尋ねるとアスラが快く答えた。
「サニーの剣を巨大化させて、上から赤い核をぶった斬るんだよ。そのために、厄災の動きを止めないといけないんだよね」
「それ、私がやりましょう。聖魔法にも拘束系のものがありますから」
「え、聖魔法ってけっこう凄いんだね。なかなかだよそれ」
「そうですか?」
「そうだよ」
ウィリスが当然の如く出来ると言っていることにアスラは慄く。割と吹けば飛びそうな子とは思っていたが、厄災に対して全く恐れておらず、自信がある。
「魔力を込める時に隙ができるから、ヘルメス兄、援護してもらっていい?」
「いいぞ、アスラもウィリスの援護に回るほうがいいな?」
「はい、それは有り難いです。聖魔法も集中力が試されるので」
「よろしくね、ウィリス。私の腕は信用していいよ。一人で旅をしてたのもあって、それなりには強いから」
「はい、背中は任せます!」
四人は厄災討伐に動き出した。
だが、厄災スライムは回復を続けている。
次の魔光線が放つ準備ができるまでの時間は、刻々と近づいていた。




