第2話
家に戻った途端、父は村のみんなを集めるように動き出した。
サニーやヘルメスも大人たちを集めるために走り回る。
そして、村長の家に集まった。
神妙な面持ちで、村長が父に話しかけた。
「どうしたんだ、ドルトン? サニーが無事に帰ってきただけでも良い話なのに、まだ何かあるのか?」
「…先ほど魔物を討伐した際、黒いモヤが出てきた」
「…そうか」
父の話が良く理解できるのか、村長は目を見開いている。
「それってなんなの?」
「黒いモヤは悪魔の眷属の証だ」
「悪魔…」
御伽話でしか聞いたことがないような存在に村中の大人も、ざわめいている。
「それは厄災の前兆。すぐに対応せねばいかんな。村長、助けを呼ばねばならない」
「なに、ワシの魔法通信機を使えばすぐに助けを呼べる。応対してくれるはずだ。なんせ、厄災の前兆だからな」
そして、村長は家に籠ってしまった。
「よし、みんなも集まってくれてありがとう。外は危険だから、子供達にも厳重注意してほしい。村の外には出ないでくれ」
村の大人達は父の言葉に頷き、それぞれの生活に戻って行く。
サニーも家族と共に帰路を辿った。
「なぁ、父さん。厄災の前兆ってなんだ。てか、厄災ってなんなんだ?」
「うん、私も知りたい! 御伽話とかだと、なんか強い魔物って感じに描かれてるよ!」
サニーとヘルメスの言葉に父は過去を思い出すかのように語り出した。
「厄災は、悪魔が眷属にした突然変異の魔物のことを言うんだ。魔物が強くなるには、人の血や魔力を食らう必要があるんだが、厄災は違う。悪魔から魔力をもらうことで、変異種となり、すぐに高ランクの魔物と同等の脅威度になる」
「魔物からしたら悪魔って都合のいいやつじゃないかそれ? 簡単に強くなれるんだし」
ヘルメスは呆れたように言うが、父はそれを否定する。
「いや、眷属は主人に食糧を捧げるものだろう?」
「悪魔の食糧?」
サニーが聞くと、怖がらせたいのか父はにやりと笑う。
「人の不幸だ。それが悪魔の好物だ」
「悪魔って悪いやつだね」
悪魔とは、人の不幸を糧にする生き物である。
サニーにはそれしか分からなのだろう。
あまり想像できないようだ。
「それで、そんな奴を倒すのに村長は誰か呼ぶんだろ?」
「ああ、騎士団だ。サニーが好きな英雄も来るぞ」
父の言葉にサニーは目を輝かせる。
「え、それほんと! やったぁ! ここじゃ絶対会えないって思ってたのに!」
辺境の村にまで騎士団が来ることなどない。
ましてや、旅人ですら稀にしか来ないのだ。
サニーの喜びようも理解できるだろう。
「ははは、嬉しそうで何よりだ。ま、楽しみにしておきなさい。おそらく1週間後には来るはずだ」
父の言葉にヘルメスは驚いたように尋ねた。
「え、王都からは歩いて1ヶ月ぐらいかかるじゃないか。そんな早くにここまで来れるのか? 道中、魔物との遭遇もあるんだろ?」
「はは、ヘルメス。聞いて驚け。なんと、全力疾走で走って来るんだよ。風の魔法と持久力にものをいわせてな」
「バケモンじゃないか」
「それが騎士団というものだ。さて、今日はゆっくりと休もう。魔物との戦いで疲れてるだろう」
そんな会話があってから、サニーは王都がある方向から来るであろう騎士団を村の外でじっと待っていた。
村を囲むようにできた古びた小さな柵に乗りながらである。
「まだかなぁ」
じっと待ち続けること数時間になる。
こうして待ち続けて5日ほど経った頃、なにやら森の奥から人影が見えてきた。
サニーの目に見えたのは、金髪の少女らしき人物と白髪が眩しい青年である。
その後ろをついて来るように数十人の騎士がいる。
金髪の少女は金色の縁と白い絨毯のように柔らかそうな布が使われたであろう聖女服を羽織っている。
その手には金の錫杖を持っていた。
白髪の青年は、騎士団の象徴である紋章を胸鎧に施されている。上半身を守るように磨かれた鎧が光っていた。
その背中には、長剣が鞘に収められている。
だが、全身を鎧では覆ってはおらず、軽装であった。
サニーは彼らを見た瞬間、座っていた柵を飛び跳ねるように降りて、走り出す。
それだけ会いたかったのだろう。
サニーは騎士団の下に走り出し、歓迎の言葉を全身を使って言う。
「ようこそ! 私たちの村へ!」
サニーに驚いた聖女らしき人物が、にこにこと笑みを浮かべた。
「ふふ、歓迎の言葉をありがとうございます。笑顔が眩しい子ですね。私は聖女リリィ。あなたの名前を教えてくれますか?」
「サニーだよ!」
「いい名前です。私の隣にいるのは、団長のグラセム」
「グラセムだ」
「よろしくね!」
グラセムがサニーの言葉に無愛想に頷いた。
それにサニーは笑顔で返す。
「さぁ、私たちを休憩所まで案内してくれますか? 急いで来たのでみんな疲れてるのです」
「うん、分かった!」
サニーは父から騎士団が来たら休憩所を用意してる場所に案内をして欲しいと頼まれていた。
だから、すぐに休憩所に案内できる。
サニーの後ろをズラズラと屈強な騎士たちがついて行く光景は、妙に笑えて来る。
「お、あのサニーが案内してるじゃないか」
「あら、あのサニーちゃんが。偉いわねぇ」
案内中に村の大人や子供も手を振ってくれる。
子供達は屈強な騎士たちに少し戸惑っているのか、遠くから見つめている。
彼らの姿に圧があるのだ。
「ここだよー! お父さーん、連れてきたよー!」
「おお、サニー。案内ありがとう」
休憩所には父と村長が立っていた。
フラフィ達が小屋の外で過ごす際に使われている広場である。
ここがちょうどいい広さで、フラフィ達も騎士団に害を及ぼしたりはしないため、休憩にはもってこいの場所だ。
「私が代表として応対します。他の方々は休んでおいてください。グラセム、指示を頼みますね」
リリィの言葉に騎士達は頷き、せっさと休憩所に簡素な寝床やテントを設置して行く。
リリィはそのまま、父や村長と共に話し込んでいるため、サニーの相手がいない。
サニーがキョロキョロと辺りを見渡し、歩き回る。騎士達の格好はそれぞれ異なっていて、どれもサニーの好奇心がくすぐられるものだ。
騎士達は片目でサニーのことを見守るが、作業に集中していた。
そんなサニーに声をかける少女が一人いた。
その少女は瑞々しい緑の葉を連想させるような綺麗な髪をもっており、リリィと同じ金の錫杖を小さな手で握っている。
「あなた、さっきの村の子ですよね」
「ん? あなたは誰?」
「しがない見習い聖女、ウィリスです」
にっこりと笑みを浮かべて、背筋はピンと立っている。声は凛としていながらも、静かな声だ。
サニーの大雑把な性格と違って、冷静で几帳面な性格が声から垣間見える。
「ウィリス、よろしくね。私の名前は」
「サニーさんですよね。さっきリリィ様と話してるの見てました」
「あ、そっか」
初対面でもサニーは笑顔を絶やさない。
ウィリスもそんなサニーを見て和かな笑みん浮かべる。
「ウィリスってさ、多分、私と年齢変わらないよね! どうやって騎士団に入ったの?」
事実、ウィリスとサニーの背丈はさほど変わらない。ウィリスの方が少し高いくらいであり、顔にもまだ幼さが残っていた。
「私は騎士ではありませんよ。見習い聖女です」
「え、でも騎士と一緒にいるじゃん。騎士団の一員じゃないの?」
「いえいえ、騎士団は騎士で構成されたもので、聖女はただの付き添いですよ」
「あ、そうなんだ。でも、騎士団の付き添いで来れるぐらいすごい人なんだよね!」
サニーがキラキラとした目でウィリスを見つめる。
尊敬の目を向けられたウィリスは、少し頬をポリポリとかいて、サニーに誤解のないように事実を伝える。
「あ、いや、私はその、下働きって感じですよ、リリィ様の。リリィ様から色々と教わってる身分ですので」
「おお」
それでも、サニーは落胆などしなかった。
咳払いをして、表情を凛としたウィリスがサニーに提案をする。
「色々と紹介しましょうか? 皆さんのことを」
「いいの? お願い!」
何も分からないサニーにとって、その提案は天に勝る思い。
嬉しすぎて、ウィリスの手をブンブンと振る。
あまりの喜びっぷりに、ウィリスもぎこちなく笑顔を作った。
「そ、そんなに嬉しいんですか。では、行きましょうか」
ウィリスとサニーは、騎士や聖女について色々と教えていく。
サニーが気になったことをウィリスが答えていく感じだ。常にウィリスは受け身であったが、親身になって答えていく。
「あの腰にあるの、魔法武器でしょ? お父さんから聞いたことある」
「ええ、魔法武器です。騎士になれば与えられますよ。ドワーフの鍛治師が作ってくれます」
「ドワーフ! 私、見たことないや!」
「ふふ、そうですか。今日ここに来ている騎士団には、ドワーフがいますよ。会いたいですか?」
サニーは大きく頷く。
ウィリスは大きめのテントの下へと向かった。
サニーはソワソワとしながら、テントの中を覗き見る。
中では、武器が丁寧に磨かれ、剣立てに飾られていた。
綺麗な布をテント内に敷き、剣を磨くドワーフがいた。肌は焼けた小麦色で、耳は三角形のようにとんがっている。
無駄のない手の動きと、吟味するかのような目つきは職人と言うべき姿だ。
絵に描いたような姿にサニーは思わず見惚れていた。
「…なんだ。何か用事か」
目の前にいるドワーフは、ぶっきらぼうに目線も合わさない。サニー達よりも、武器の方が大切なのだろう。
「ゼルさん、サニーさんがドワーフを見たいと言うので連れてきました」
サニーはゼルの前に膝を曲げて食い入るように、武器を見つめている。
「そうか。見せ物ではないが、堪能していくといい」
一瞬だけサニーに目を向ける。
黄色の瞳が前髪からちらりと見えた。
「いいの? ありがとう」
サニーのお礼には一切反応せず、黙々と作業をしている。
しかし、ふと気になったのか、サニーの腰に携えていた木製の剣に指を向けた。
そして、誘うかのように指をくいくいと曲げる。
「それ、磨いてやる」
物も言わさぬ態度だが、サニーの剣は手作り感満載の剣。こんなおもちゃを磨いてもらっても、大した価値はない。
「え、でも、木の剣だよ?」
「サニーさんの剣が気に入ったんですよ」
ウィリスがそう言うが、肝心のサニーは疑問で頭がいっぱいだ。
自分の木製の剣よりもよっぽど良い品が目の前に並んであるのに、わざわざ自分の剣を磨く理由が分からないのである。
なんとも申し訳なさそうな顔でサニーはゼルに剣を渡す。
「ドワーフはものづくりの民。ドワーフが見るのは込められた熱意。それは何人にも変えられない思い出と愛だ。お前の熱意、この剣を通してよく伝わる。なんども失敗しながら作ったんだろう?」
「……」
サニーは目を見開いた。
武器を見ただけで、自分の努力が理解されたのだから、驚くのは自然の反応だ。
「うん! 作るの大変だったんだ!」
ゼルはサニーの顔を見上げる。
「…そうか。この剣は明日の朝、取りに来い。先に準備しておくことがあるからすぐには無理でな」
「うん、分かった。ありがとう!」
「サニーさん、行きましょうか」
ウィリスの言葉に頷き、サニー達はゼルの元を離れる。
それさらウィリスから様々な話を聞いていると、時間はあっという間に過ぎていった。
そして、ご飯の時間だ。
辺りは夕焼けの光で地面は染められている。
その頃にはテントが全て張り終わり、食事の準備が始められていた。
「おーい、サニー。保存してたフラフィの肉、渡しに行ってくれー!」
「はーい」
村からも多少の食材の提供は行うことが決められている。
村が貧しいと思われたくないと言う誇りもあるだろうが、厄災と戦う騎士団には食事で力をしっかりとつけてもらいたいと思うものだろう。
老衰で動けなくなり、亡くなってしまったフラフィの肉がまだ残っているため、ヘルメスから受け取り、騎士団に提供する。
ちなみにウィリスも一緒にサニーとお肉を持っていく。
年齢が近いのもあり、今日は常に一緒だ。
「サニーさん、もうご飯ですから帰った方がいいのではないですか?」
「うーん、ウィリスと一緒に食べたいし、ここで食べてもいいか聞いてみるよ」
思いついた途端に走り去っていくサニーを見送るウィリス。
嵐のような子に穏やかな風のような少女は振り回されていた。
そして、父から許可をもらったサニーはウィリスも食事をしながら談笑する。
ついでについてきたヘルメスも共に食べていた。
辺りはもう暗くなっており、焚き火の火がゆらゆらと燃えている。
「今日はサニーが世話になった。ありがとう」
「いえいえ、ヘルメスさん。お気になさらず」
「しっかりした子だな。サニーとは大違いだ」
サニーの頭を撫でながら、ヘルメスは感心するように言う。
「よーし、ご飯食べよう! いただきまーす」
サニーの号令とともに、手を合わせる。
そして、それぞれが手を動かしながら口へとスープを運んでいく。
食事が終わり、食器も片付けた後、焚き火を囲んで休憩しているとウィリスがそわそわとして、サニーにあることを聞いた。
「ずっと気になっていたのですが、そのブレスレットは王都でしか見ないようなものですよね。誰から貰ったんですか?」
「お母さんだよ。2年くらい前に亡くなっちゃった」
「形見だったんですね。すみません、食事中に」
申し訳なさそうにウィリスは謝ったがサニーは首を振って答える。
「ううん、大丈夫。悲しむために持ってるわけじゃないから」
サニーは手で持ち上げて、優しく結晶を撫でる。
過去の言葉を思い出しているようだ。
「サニーの夢をお母さんはずっと応援してる。でも、これだけは忘れないで。どんな騎士になりたいかはあなたが決めるんだよ」
亡くなる前喉にの母の言葉を、目を閉じて思い出していたサニーは、母がどんな人だったのかを話し始めた。
「お母さん、元々騎士だったんだ。騎士ってどんな存在なのって聞いたりしてね。それで騎士に憧れちゃって」
母の思い出を付け足すようにヘルメスが続けて話す。
「サニーがな『私は騎士になるんだ』って言ってさ。それから御伽話を読みまくったり、母さんから騎士の話を聴きまくったりしてな。話を考えるの大変だったって言ってたよ」
「え! もしかして、嘘もあるの」
サニーが驚くように言ったが、ヘルメスは気づいてなかったのかと驚いていた。
「じゃあ、でっかい山にどでかい穴を開ける魔法とか、ドラゴン千体を一人で倒した騎士がいるとか全部嘘なの?」
「か、かなり大胆な嘘を言ってますね…」
「話を盛るとサニーの喜びっぷりに拍車がかかるんだ。それが面白くてついって言ってたよ」
ウィリスやヘルメスから事実を告げられたサニーは
呆然としていた。
母の高笑いが聞こえてくるようだ。
「サニーさんは、騎士を目指してるんですか?」
「え、うん! 目指してるよ! 立派な騎士になって、お母さんみたいにみんなを守るんだ!」
ガッツポーツをしながら、声高く宣言する。
興奮しているのか語尾が力強い。
「そう言えば、ウィリスは何になるの?」
「もちろん聖女です。リリィ様に憧れてますから」
「そう言えば、リリィ様ってどんな人なの?」
ウィリスが尊敬するように目をキラキラとさせて、リリィがどんな人かを話していく。
「すっごく偉い人ですよ。王都ラヴィエルの姫君でありながら、聖女でもあるのです」
「お姫様なの! それほんと!」
「まじかよ。そんな偉い人がこんな村に来たのか」
ヘルメスとサニーが驚いていると、声をかける人影が一つ。
「あら、何の話をしておられるのですか?」
ウィリスの後ろにはいつの間にか、リリィが立っていた。
「り、リリィ様。どうしてここに!」
「来てはいけないのですか? あら、サニーではありませんか。そちらは」
「サニーの兄、ヘルメスです!」
リリィが姫君であることを知ったからか、ヘルメスは背筋をピンと張り名前を言う。
声にも張りがあった。
「え、ええ、よろしくお願いします」
ヘルメスの声に驚いたのかリリィは少し戸惑っていた。そんなリリィにサニーが確かめるように疑問をぶつけた。
「リリィ様。お姫様ってほんと?」
サニーの疑問にリリィはウィリスを見て状況を読み取った。
ため息を吐き、ウィリスを嗜めるように話す。
「あまり口外するものではありませんから、私のことは内緒にしてください。村の方達を萎縮させてしまいますから」
つまりは、本当に姫君であるようだ。
リリィはこつんと優しくウィリスの頭を叩いて、横に座った。
横にいるウィリスは汗をダラダラと流している。
「さてと、サニー、貴方の父から聞きましたよ。騎士になりたいのだと」
「うん、そうだよ」
満面の笑みと揺らがない目がリリィを見る。
リリィは何かを見つめるようにサニーを見ていたが、突然、笑みを浮かべた。
「…そうですか。必ず騎士になってください。王都で待っていますよ。では、ウィリス。明日の準備があります。手伝ってください」
「は、はい!」
「サニー、ヘルメス。私達はここでお暇します。厄災は騎士団が倒しますから、安心してくださいね」
リリィが去り際にそう言い、ウィリスも軽くお辞儀をして去っていく。
「よーし、俺たちも帰ろう。しっかし、姫さんから騎士になれって言われるとは、すごいことだぞこれは」
「なんか御伽話の村娘みたいな感じだね!」
興奮するように今日の出来事を話しながら、サニー達は家に戻ったのだった。




