第15話
アスラを抱えたサニーはものの数時間でラーハストに到着した。
城門を通ると時間がかかると判断したのか、サニーは一気に風の魔法で飛び上がり、上から侵入した。
「あ、おい! あぶないぞ!」
城壁から飛び降り、風の魔法で衝撃を和らげて、家の上に着地する。そして、そのまま兵舎へと向かっていく。
兵士が慌てて追いかけるが、早すぎるため追いつくことはできない。
宿舎に早々に着いたサニーは助けを呼ぶために叫んだ。
「クリス! クリスはどこ?」
怪我人を背負って現れたサニーに周囲は騒めく。
サニーの質問に周囲にいた一人が答えてくれた。
「聖女様なら、今は治癒園の中にいる」
「わかった、ありがとう」
お礼を言い、治癒園の入り口に突っ込むと、クリスがいた。
祈祷の最中らしく、大天使の像の前で祈りの姿をとっている。
「クリス!」
「…サニー?」
クリスは一泊置いて、聞こえるはずもない声に後ろを振り返った。
アスラが口から血を吐き出し、意識がないことを知ると、サニーに駆け寄っていく。
「何があったの?」
「わからない。急に苦しそうに血を吐き出したみたいで」
「分かったわ、ちょっとアスラを借りるわね」
横になったアスラを抱き寄せて、探知の魔法を行使する。
「傷のある場所…は」
「ク、クリス」
突然動きが止まったクリスにサニーは心配になって名前を呼ぶ。
「……」
「ク、クリス!」
無言になって何かを考えているクリスに再度名前を大きな声で呼ぶ。
「待って、今考えてるから。心臓に結晶があるの」
「結晶? それってやばいやつじゃ」
「ええ、この子は…結晶病ね」
クリスの言葉が響く。
神聖で静謐な治癒園が、唸りをあげたような気がした。
クリスは取り敢えず応急処置を施して、安静に横になるようにサニーに伝えた。
アスラは自室のベットで横になり、今はゆっくりと寝息をたてている。
悪夢でうなされていたが、クリスの浄化の魔法で消え去ったのか、脂汗はなくなった。
浄化は悪夢にも効果があるらしい。
「直に目を覚ますはずよ」
治療を終えたクリスは妙な感覚に襲われていた。
以前のアスラに感じたあの違和感の正体は結局掴めないままだったからだ。
「いけないわね。こんな疑問は」
呟くように言ってから、サニーに話しかける。
「サニー、あなた一人で戻ってきたようだけど、他はどうなったの?」
「ラーハストに帰ってくると思う。私一人で先に帰ったから」
「分かったわ。帰ってきたらアスラのことも伝えておくわ」
「うん、クリス、ありがとう」
サニーのお礼に頷いて、クリスは去った。
それから1時間ほどでヘルメスが戻って来た。
第一部隊の兵士も共に戻ってきたようだ。
どうやら、ヘルメスが第一部隊と合流して、共に帰還したらしい。
「アスラは?」
「寝てるよ。今は」
「そうか」
「起きたら、全部聞こう。アスラのこと」
「そうだな」
ヘルメスとサニーが俯いていると、ドアがノックされる。
「すまない、何があったのか教えてくれるか」
「ライゼン」
サニーとヘルメスはライゼンに事の経緯を話した。
「そうか。村は滅び、アスラは結晶病か。肝心の悪魔はいない。情報が多いな」
ライゼンが自分の考えを纏めているのか、思案していたところ、アスラの目が覚めた。
「あれ、ここって」
見慣れた天井に、ここが自室であることに気付いたようだ。
「アスラ!」
「サ、サニー」
怪我人だからか、サニーは慎重に抱きしめる。
「クリスを呼んでこよう」
ライゼンは目が覚めたアスラに問題がないか確かめるため、クリスを呼びに行った。
しばらくして、クリスが来て、問題はないわと言い、治療は終わった。
アスラにどんな声をかければいいのか分からないサニーとヘルメスはダンマリとしている。
大切な話が始まると感じたクリスとライゼンは邪魔にならないように食堂で待つことにした。
「後で話を聞かせてね」と言い、出ていったのである。
自分の病気のことを知っているアスラは、今の状況がなんで起こったのかを正確に読み取っていた。
「私のせいだね。ちゃんと言わなかったからこうなった」
「…そうだよ。病気ならちゃんと言ってくれないと」
「ごめん」
「でも、それだけじゃないよね。私とも、みんなとも距離を取る理由。アスラはなんで私たちと…」
アスラはベットの毛布をギュッと握りしめる。
「アスラ、俺は言ったはずだぞ。こんな状況になったら、もう、頼っちまうしかねぇだろ」
何か秘密があるならぶちまけろとヘルメスは伝える。
サニーとヘルメスは、なにがなんでもアスラの秘密を知るつもりなのだ。
意外にも、サニーの内心は怒り心頭なのである。
それは、ヘルメスも同様であった。
二人とも顔には出さないが、ここから離れるつもりは一切ない。
そして、心配から来る怒りは、それは大層、アスラにとって怖いものであった。
だが、逃げ場などどこにもない。
いや、今すぐこの場から走って逃げれば良いが、逃げた所で胸の傷が治ることはないのである。
悩んだ末にアスラは口を開いた。
「私の話、聞いてくれるかい?」
「うん」
勇気を振り絞り、アスラはポツリポツリと過去のことを話し始めた。
「この子は結晶病です」
幼い私はベットに横たわっている。
私の片方には老齢の聖女がおり、もう片方には少女の手を父と母が握りしめていた。
「けっしょうびょう? 聖女様、それはどのような病気なのですか?」
父が聖女に恐る恐ると聞いた。
聖女は目を閉じ、俯いていた。
張り詰めた間のせいか、私の肩に思わず力が入る。
聖女はゆっくりと閉じた目を開け、父と母の目を真っ直ぐに見つめ、口を開いた。
「結晶病は心臓に魔力の結晶ができる病気です。結晶は徐々に肥大化していき、いずれ、心臓を覆い尽くし破壊します」
聖女の説明を聞いた父と母は顔が真っ青になる。しかし、私は落ち着いていた。
なぜなら、私の体には、たまに不快な刺激が走るだけで、痛みを感じていないからだ。
「初期段階、ですね。できたばかり、おそらく数ヶ月前にできたのでしょう」
「な、なら、治せるんでしょうか?」
母が懇願するように聖女を見上げる。
聖女は何度も見てきた顔に思わず目を逸らしそうになる。何度も考え込みながら、言葉をやっと口に出すが、目の焦点は定まっていなかった。
「無理です。原因が分からないんです。なぜここにできるのかすらもわからない。これは…不治の病と呼ばれるもの」
「ふ、不治の病!」
父がその言葉を聞いて、思わず声を震わした。
子が病で死ぬことを聞かされた親は誰であれこうなるだろう。
愛情をかけ、育ててきた愛娘であれば当然である。
「わたし、しぬの?」
この頃の私は、死の概念というのを漠然としか理解できていなかったと思う。
人は死ぬ生き物であることを知らなかった。
いや、知識として知っているが、身近で誰かが亡くなることなど、生きた人生の中でまだ体験したことがなかった。
だから、私は、子供が疑問を純粋に投げかけるように聞いた。
「…まだです。結晶病は進行が遅いですから。10年程でしょう。アスラ、あなたは今何歳ですか?」
「15歳だよ」
「なら、25歳までですね」
「25歳まで…」
聖女が私の頭をゆっくりと撫でる。
「悔いのないように生きてください。今後のことを親とともに考えてください。ごめんなさい。私に言えることはこれぐらいしかありません」
聖女の言葉に私は頷いた。
聖女が去った後、母はうわ言のように話し、父が答えた。
「本当に、治らないのかしら?」
「聖女様のいうことだ。間違いない。諦めるしかないのか」
父は、脱力感に体が崩れる。
しかし、愛する子が側にいることを思い出したのか、途端に元気があるフリをする。
「す、すまん。アスラ、何かしたいことはないか?」
「そう、そうね。アスラ、お母さんとお父さんになんでも言っていいのよ?」
私は父と母の目を交互に見るが、口を閉ざしたままだった。
まだ、心の整理がつかなかった。それとも、今思えば、初めて見る父と母の姿に戸惑っていたのかもしれない。
だが、自分のやりたいことをしていいと言われたことは理解できた。
私はここで甘えた。
「なんでも言っていいの?」
「そうだよ」
「なら、私、旅人になりたい」
「い、っ!」
何かを言い出しそうな母親は懸命に口をこらえる。
私は不思議そうに母を見つめた。
だが、父が肩を優しく掴んだことで、自然と父の目を見ることになった。
「旅人か。そうか、アスラは外の世界を見たいって言ってたもんな。分かった。許そう」
父は精一杯の笑顔で頷いた。
「うん、ありがとう」
母が私に抱きついてきた。
いつもの、優しい母の熱を感じた。
「可愛い可愛い我が子。どうかこの子に天使の祝福を」
頭を撫でながら、私の道筋が良きあるものであるよう、母は祈った。
それから、私は旅人になるために必要な力を得る為、剣を手にした。
「お願いします!」
「ああ、頑張ろうか」
村にいた老齢の騎士に訓練を行ってもらえるよう頼むと、すぐに頷いてくれた。剣の扱い方、魔力の扱い方を覚え、魔物と一人でも戦えるようになるまで、鍛える。
また、逃げられるよう体力をつけるために、ひたすら走り込む日々。
そんな日々を過ごしていた私は、考えていたことを父と母に話した。
「お父さんとお母さんも、一緒に旅に出ようよ」
父と母とともに旅に出たい。
できれば一緒に行きたい。
寂しい幼心から来た願い。
一人旅は寂しさとの戦いでもある。
「…それはできないよ、アスラ」
父の否定に心底悲しくなった。だから、理由を聞いた。
「なんで?」
「父さんと母さんは、外の世界を歩き回れるほど、体力がないんだ。もちろん、旅に出ることも考えたさ。だけど、母さんと話し合ってやめたんだ」
父の説明に続け様に母が話す。
「旅は故郷があってこそだわ。帰ってきたら、話を聞かせてちょうだい? あなたには帰る家があるからね。あなたは浮浪者じゃないんだから」
父と母は笑顔だった。
「うん」
それに対して、私はちょっと悲しそうに顔を俯くも、納得したように頷いた。
訓練を初めて1年ほど経った。
老齢の騎士からお墨付きをもらえた私は、剣を預かった。
「ワシのを渡そう。長年の相棒じゃ。新しい武器が見つかるまでは、これで凌げ」
「おじいさん、ありがとう!」
お墨付きをもらった私はようやく旅の許可がでた。
そして、旅支度を家で終わらせて、村の外れに向かう。
そこでは、父と母が待っていた。
「アスラ、父さん達はここで待っているからな。2年後になったら一度は帰ってきなさい。旅の話を聞かせておくれ」
父と母と抱き合い、頷いた。
「行ってくるよ、お父さん、お母さん」
それから、私は長い旅に出た。
旅は2年ほど続いた。
いろんな国を回って、たまに死にかけることもあったけど、なんとか旅を続けた。
そこで、ふと、家に帰ろうと思い立った。
帰路を辿り、村に着いたら、そこはすでに廃村と化していた。
それは、よくある話。
魔物が跋扈し、悪魔の暗躍が日常と化した世界では、ありふれた不幸話。
だけれど、本当にそうなのだろうか。
私は廃村と化した村を見て走り出す。
自分の家があった場所へ。
頭に思い浮かぶは父と母の笑顔。
帰ってきて、いろんな話を聞いてもらって、楽しく食事をする。
そんな想いを持って帰ってきた。
だがら、現実を直視できなかった。
「はあ、はあ、はあ」
荒い息遣いをしながら、家に辿り着き、中へと入る。
壊れた家は幾つかあったが、家は無傷だった。
「魔物に襲われたわけじゃない」
魔物であれば、手当たり次第に家を破壊して、村人を襲う。
なら、父と母は生きているかもしれないと扉を開けて、食事をともにする部屋の扉を開ける。
見えるのは、散らばった骨と無惨な机や椅子の姿。
「ああ」
現実を直視するまで堪えていた涙が溢れている。
親の死は確実だった。
せめて、残った骨は集めようと必死に手を動かす。
だけど、その手は止まった。
「あらぁ? やっぱりいたのね。美味しい感情を感じたから、確信に変わったわ」
異様な気配を感じた私は、咄嗟に後ろを振り返るが、脇腹に衝撃が走る。
壁を突き破り、土色の地面を転がった。
あまりの衝撃に血反吐を吐いた。
近づいて来る足音に、上を見上げた。
あれは、悪魔だ。
「あら、生きてるなんて大したものね。頑丈な子は好きよ」
意味のわからないことをベラベラと話すが、そんなことはどうでも良かった。
父と母を殺したのはこの悪魔だ。
しかも、言葉を操る悪魔。危険度は計り知れない。
なら、どうやって仇を取る。
戦うしかない。
まだ、涙の跡が残る私は戦うことを決断した。
老齢の兵士からは悪魔と出会ったら即刻逃げるよう言われているが、そんなことは頭の片隅にもない。
ドワーフの国で作ってもらったハンマーに魔力を込める。
臨戦体制をとって、仕掛けてくるのを待った。
だが、悪魔が話しかけてきた。
「あなた、あの家の子よね。母親と父親の最後を教えてあげるわ」
聞きたくもないことを悪魔は話し始める。
「私は村を襲ったわ。村人は私の惨殺に声をあげて抵抗しているの。最高ね。でもね、でもね。この家の人間だけは違った。女を逃すために、男が身代わりになったの」
男はこう言ったらしい。
俺はどうなってもいい。だから、妻は逃してやってくれ、と。
「ああ、愛は穢すために存在するの。私はそれを了承したわ。最初から逃す気なんてないし、その方が面白いからね。逃げる希望を潰す瞬間って楽しいのよ。男の絶叫に飽きた私は、すぐに殺しちゃったわ。で、逃げた人間を追いかけたのよ」
悪魔は深い笑みを浮かべた。
「その逃げた女、何を思ったのか、戻ってきたの。でも、目を見れば分かった」
その女は決意を秘めた目で、悪魔の目の前に立つ。
「あれは、子供を守る目よ。そこで、確信したの」
あなたが戻ってくることを。
その言葉が私の脳に浸透する。
「あなたに会うために逃げた。でも、気付いたんでしょうね。もし、このまま逃げれば、子供を危険な目に合わせてしまうことを。頭いいわねぇ」
悪魔の恍惚の笑顔を見た私は、意識がないかのようにハンマーを振り続けた。
「ああー、気持ちいいわぁ!」
そこから、記憶はない。
気づいた時には地面に倒れ込み、悪魔はいなかった。
目を開けた私は、頭から血を流していた。
体を起こして周囲を見れば、崩壊した村の後。
そして、自分の血飛沫で染まる地面。
私は幼い子供のように泣きじゃくった。
地面に顔を伏せて、泣いた。
母と父が死んだことも、そして、親の愛を台無しにしたことに、泣いた。
「気づいたんだ。お父さんとお母さんの気持ち。置いていかれるのって、辛いんだなって。私は自分のことばかり見て、そこから目を背けてた。私は薄情な人間なんだ」
アスラの顔はどんどんと沈む。
だが、話し続ける。
「それから、私は浮浪者になった。帰る故郷がなければ、旅人とは言えないから。そして、私を責めるように、結晶病の痛みがチクチクと痛み出した」
アスラはふらふらと彷徨い続けながら、各地を転々とした。胸が痛む度に、まるで、捨てられた子供のように悲しい顔をする。
そんな状態でラーハストに立ち寄った時、路地を抜けた場所にあった武器屋は、今の私にとって居心地の良い場所だった。
「騎士の剣を見て、思ったんだ。こんな私でも、騎士になれば、人から愛されるのかなって。そこでまた思い出したんだ。自分のことばっかりな自分に。情けない。情けないよ」
そして、私はサニーとヘルメスに出会う。
サニーは騎士の剣を見てたアスラに「騎士になりたいのかと話しかけた。
それを私は「そうかもしれない」とぼかすように答えた。
騎士の剣を見てたサニーの姿はなんだか輝いていたように見えた。
「サニーと私は違うんだろうって思った。でも、ヘルメスが後から来て、サニーがこう言ったんだ」
仲間にならないかって。
「おかしいよ。私なんか誘うなんて。すごく悩んだ。この子達は置いてかれる側なのに、誘いに乗って良いのか。胸が痛んだけれど、サニーとヘルメスが震えながら、私を誘う姿を見てると、なんだか笑えてきて。誘いに乗っちゃったんだ」
アスラはサニーとヘルメスに頭を下げた。
「ごめんね。自分勝手でごめんなさい」
アスラからの謝罪にサニーは顔を上げるよう伝える。
アスラが顔を上げると、サニーはアスラをめいいっぱい抱きしめた。
そして、耳元でアスラに言う。
囁き声などではなく、力のある声だ。
「アスラ、私は、みんなはさ、アスラが自分勝手な人だなんて思ってないよ」
「そんなわけないよ」
アスラの胸に痛みが走る。
「アスラはそう思ってるんだよね。だけど、知ってるよ? 襲撃の時も、遠征の時も、真っ先にアスラは飛び出した。みんなのこと守りたいんだよね。だから、自分勝手じゃないよ」
「それは、自分のためで」
サニーの抱きしめる力が強くなる。
「アスラは、優しい人なの。優しいの。だから、自分を責めすぎちゃう」
サニーは大きく息を吸って、アスラに言った。
「自分の理想に苦しめられないで」
サニーの言葉にアスラは涙が溢れてくる。
「それに、私たちと一緒にいちゃいけないなんて言っちゃダメ。それこそ、自分勝手が過ぎるよ」
「で、でも、私はみんなを置いて行って先に死んじゃうかも」
嗚咽しながら、アスラはどんどん自分の気持ちを吐露していく。
アスラの気持ちをサニーは胸いっぱいで受け止めた。
「アスラは、私たちと一緒にいて良いの! だから、自分を責めちゃダメ!」
アスラはサニーの後ろにいたヘルメスの顔を見る。
ヘルメスはサニーの言葉に同調するかのように頷いた。
「うあ、ううう」
ぐすもった声と共に、頬に涙が流れる。
そして、アスラはサニーの背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。
暖かい人肌が、アスラの心を絆していく。
それを、ヘルメス達はそっと見守っていた。
「落ち着いた?」
「うん」
しばらくして、アスラから憂いの顔が無くなった。
それを見たサニーは安心したようにほっと息を吐く。
「その、あまり見ないでくれるかな」
「ん?」
「いや、ほら、私ってクールなとこあるじゃないか。涙を見られるのってその恥ずかしくて」
頬を赤く染めて、顔を手で隠す。
それがなんだかおかしくて、サニーとヘルメスは笑う。
「え、アスラってクールなの? 結構甘えん坊な感じするよ?」
「は、恥ずかしい」
「ハンマーぶん回してるくせにな。意外と脳筋だって言われてるんだぞ。脳筋で甘えたがりだとは思わなかったわ」
「脳筋って誰が言ってたんだい?」
「い、いや、それは言えないなぁ」
ヘルメスから広まった言葉だとは、到底言えるはずもない。
だか、その言葉はあながち間違いではないので、仕方ないだろう。
「サニーも否定しないってことはそう思ってるのかい?」
「え、い、いや」
「こら、目を逸らすのはダメだよ」
真意を確かめるようにサニーの瞳を見つめるアスラ。
耐えかねたサニーはヘルメスに助けを呼ぶ。
「うー、アスラが意地悪だよー! ヘルメス兄」
「おい、こっちくるな」
「ひどい。ヘルメス兄から言い出したことなのに!」
「そ、そんなわけないだろ!」
ヘルメスは否定するが、アスラはサニーが嘘をつかない性格だと知っているため、疑うことすらない。
「へー、ヘルメスが言い始めたんだー」
「ごめんなさい。もう言いません」
物言わぬ圧を感じたヘルメスはアスラに土下座する。
「ふーん、まあ、良いけどね」
アスラはそれ以上は何も言わなかった。
顔も少し明るくなっていて、陽気さを感じる。
ベットから降りて、アスラは伸びをした。
「出ようか」
午後の太陽が窓から差し込む。その光をアスラの髪は受け止めていた。憂いは、もはや無いのである。
食堂に向かったサニー達を出迎えたのは、第一部隊の兵士とライゼン、そして、クリスである。
「アスラの姉さん!」
「顔が良くなったわね。良かったわ」
精神的な傷は聖女の魔法でも癒せないことを理解しているクリスは、歯痒い思いをしていたため、安堵の表情だ。
「さて、話を聞かせてもらえるか」
ことの経緯を話すと、第一部隊の兵士はアスラを見て俯いていた。
「アスラの姉貴ィ」
「なぁ、クリス様ー。結晶病って治せないのか、本当に」
考え込んでいたクリスが口を開くと、衝撃的なことを言った。
「治せる可能性はあるはずよ」
「え? 直せないんじゃないの?」
サニーが目をキョトンとして、クリスを見る。
そして、アスラは縋るような目をしていた。
「私の村にいた聖女も知ってたのかな?」
「知識としては知っていたはず。ただ、村娘が受けられるような治療法じゃないから、期待させないように嘘を言ったんだと思う。辛かったと思うわ」
クリスは自分に言い聞かせるように説明を続けた。
「回復魔法は万能じゃない。戦いで負った傷は治せるけど、病気までは治せない。でも、虫歯になった歯を削って治療するのと同じように結晶を取り除けば、多分治せる、かも」
「治療法ってなんなんだい?」
「心臓を切って、中の結晶を取り除くのよ。でも、その際に、何十人もの聖女の力と、手先がものすごく器用な聖女がいないと」
「ク、クリスはできないの? 聖魔法で、ぱぱばっって傷を治しちゃうくらいだし」
「ごめんなさい、私にはできないわ」
「そっか」
思い雰囲気が場を支配する。
だが、ヘルメスがそれを打ち破った。
「なら、それだけの人手を集められるように、頑張れば良いんじゃないか?」
ヘルメスの言葉に同調して、ライゼンが付け足した。
「ふむ、騎士は王家の財産と言われている。武勲のある騎士になれば、王家が治療に協力してくれるかもしれないな」
ヘルメスとライゼンの言葉に、サニー達第一部隊は歓喜の声を上げる。
「アスラ! 頑張って偉い騎士になれば、もしかしたら!」
「俺たちも頑張りますぜ!」
「いつもの訓練にも身が入ると言うものよ」
「みんな、ありがとう」
アスラは感謝の言葉を、みんなに良い、頭を下げた。
それからは、みんなのやる気も上がり、燃え上がっている。
「ああ、すまない。水を指すようで悪いが、アスラにちょっと確かめたいことがあってな」
ライゼンが来た理由は、アスラを心配していただけで無く、聞きたいことがあったからだ。
「なんだい?」
アスラはキョトンとして、ライゼンの話を聞いた。
「記憶がないらしいが、悪魔は確実に倒したのか?」
「分からない、けど、倒してなかったら生きてないと思うんだけど」
ライゼンは襲撃が起こった理由がわかっていないことに焦っているのだ。
暗黒騎士についても何も解決していない。
「…すまないが、村の場所を把握しておきたい。そこを重点的に調べたくてな。教えてくれ」
「良いよ、えっと、地図はあるか…」
アスラの言葉を遮るように、みんなの頭の中に声が響いた。
それは、不気味で悪辣で、心底気味が悪い声だ。
「その必要はないわ」
「がふ、があ」
アスラの胸の内から、黒いモヤが溢れ出す。
そして、一瞬でライゼンの脇腹が抉られた。
忘れもしない。
アスラの目に移ったのは、あの悪魔の姿だった。
無事に第一章の峠を越えることができました。
この調子で、第一章を終わらせにいきます。




