第14話
魔物との遭遇。
それは、人類にとって恐怖の訪れを意味する。
だが、第一部隊にとってそれはもはや、恐怖ではない。
彼らは、すでに恐怖に立ち向かう勇気を得たのである。
「走り抜けるよ!」
30名ほどの兵士を連れたサニーが大声で叫ぶ。
第一部隊はいくつかの村を周り、辺境地域へと近づいていた。
そこまで行くには平野を駆け抜ける必要がある。
その際に魔物と遭遇してしまったのだ。
平原は魔物にとって絶好の狩場だ。
狩りをするのは動物も同じであるが、動物が人間を襲うことは滅多にない。
狼型の魔物が四方八方から襲いかかってきた。
それを兵士たちは懸命に避けるか、もしくは足を切って行動不能にするかで、戦っていた。
倒すことはできるが、戦うなら森の中の方がいい。
この平野にいるかもしれない強力な魔物も敵になってしまっては、苦戦を強いられ、最悪兵士が死にかねない。
一番後ろにいるヘルメスが、魔力を込めて矢のように魔力の槍を飛ばす。
すると、狼が1匹2匹と数を減らしていく。
だが、仲間が死のうと関係がないのか、攻撃の牙と爪は止まない。
兵士たちも狼を仕留めるが、一向に数が減らない。
走り続けた先に森を見つけたサニーは叫ぶ。
「森に入ったら迎え撃つよ!」
本格的に戦うなら敵の増援が来にくい森が最適だ。
森には魔除けの花の群生地が多いため、魔物が寄り付きにくいのだ。
しかし、人間がいれば、構わず襲ってくるのだが。
「よっしゃー! 反撃だー!」
兵士の一人が昂ったかのように、声高らかに言った。
第一部隊はそれぞれの武器を構え、襲い来る狼を瞳を見つめる。
狼の荒い息だけが聞こえるほど静かになった時、兵士たちは声を張り上げる。
真っ先にアスラが飛び出し、サニーとヘルメスが続く。
狼の体をハンマーで叩きつけ、サニーは素早い動きで一刀両断していく。
倒された狼の魔物は、魔力だけとなり、泡のように霧散する。
「みんな、無事?」
サニーは兵士を見回して、全員が生き残っていることを知り、安堵する。
傷を癒せる聖女はこの場にはいない。
遠征について行ける体力のある聖女にクリスが挙げられるが、彼女はラーハストに一人しかいない聖女。
聖女を連れてくることはできない。だから、この場で傷を負ってもそのまま進むしかないのだ。
「怪我はありません!」
「こっちもねぇぜ」
「サニー隊長! 全員無事だ!」
遠征前に3人の隊長を決めた。
サニーだけでは管理しきれないためである。サニーは隊長でヘルメスとアスラは副隊長。この三人はかなり自由に行動することも多いため、前線で暴れた方が良いと考えられた。だから、兵士を管理する隊長を決めたのだ。
10人ずつ兵士を3組に振り分けし、それぞれの組に隊長を設ける。
一人はアリエル。もう一人はガイア。赤髪でめんどくさそうに返事をしている。最後にラズル。黒髪で精悍な顔つきをしている。3人とも我慢強く、真っ先に名前を覚えられる資格を得た者であった。
さて、戦闘が終われば休憩と行きたいところであろう。
強化訓練を終えた兵士たちにとって、平原を駆け抜け、魔物を討伐するのはかなり堪えるようだ。
「水」
「おい、それはやめとけ。最終手段だろ」
水筒の水を飲もうと魔力を込めようとするが、仲間に止められてしまっている。
「水が流れる音が聞こえるね」
耳を澄ませばかすかに聞こえてくる水の流れに、サニーだけが気づく。
「どっちだ?」
「あっち」
サニーが指差した方向に行くと、川を見つけることができた。
それを見つけた瞬間、兵士たちは飛び出すように水筒に水を入れ始める。
「水だ! 貯めろためろ!」
えっせらと透明な自然の水を水筒に溜め込む兵士たち。
「うまいねー!」
故郷で飲んだ天然水を思い出すのか、サニーは笑顔である。
「ああ、久しぶりに自然のものを直に飲んだな。やばい、郷愁の気分になっちまう」
あまりの水の不味さに現実逃避しかけたヘルメスは、泣き出しそうになっていた。
そんな折に見つけた天然水に、大げさに感動してしまうのは仕方がない。
「アスラも、ほら」
「ありがとう」
サニーから渡された水筒をゴクゴクと飲む。
「おいしいよ」
先ほどから、アスラはなんでか飲みも食いもしないため、サニーが無理やり押し付けている。
サニーからの頼みを断ることができないと知ったヘルメスが、サニーに頼んだのだ。
「ま、今はあれでいいが、何かきっかけさえあればなぁ。にしても、進めば進むほど、顔色が悪くなってんだよな」
アスラの様子を見ながら、ヘルメスはそう呟く。
特別問題はないと判断できるぐらいには、関係は悪くない。しかし、不安なことといえば、アスラの元気のなさであろう。
これから先、もし仮に悪魔と戦うことになってしまうのであれば、なんの憂いもなく背中を預けたいとヘルメスは願っている。
南方の村はある程度回った。
残るは後一つで、そこが一番怪しい。
なぜなら、尋ねた村の人間がそこの村から全く人が来なくなったと情報を得ていたからだ。
山を超えた先にあるその村まで後少し。
だが、日を越すことにした。
戦いになる前にしっかりと休むことになったのである。
「それじゃ、獣狩りと行こう」
動物は魔物に対抗するための図体と強靭さを手に入れている。
その荒々しさは時に人を傷つけるが、こちらから手を出さなければ基本的に攻撃はしてこない。
しかし、子持ちの動物だけは近づいてはならない。母性本能のせいか、近づくもの全てを襲うのである。
今回は子持ちの動物ではなかった。
「うお、そっちいったぞ!」
人の数倍はあるであろう4足歩行の獣を前にヘルメスは槍を構え、首の付け根を狙った。
見事に仕留めてしまったことに、兵士たちから歓声の声が上がる。
獣の名は、ウルトス。
熊型の魔物と似ている。特徴としては、赤黒い毛皮と爪が発達しており、切り裂かれればひとたまりもない。
ドラゴンの鱗のようなものが背中にあり、腕や足と首にも鎧のように覆っている。
また、ヨダレは他の動物にとって、芳醇な香りがするらしく、獲物を誘き寄せて狩るのを得意としている。
かなり慎重な性格をしているが、獰猛な面もあり、獲物や敵には一切の容赦をしない。
しかし、父と共に狩りをしていたヘルメスにとって、そこまでの脅威ではなかった。
「これ、おいしいんだよねぇ」
サニーが涎を垂らしている。
ウルトスは他にもいたようで、それも無事に狩ることができた。
狩りが終われば食事をしなければならない。
肉を分けたあとは、焚き火で炙る。
赤身がこんがりと焼かれ、焦げ目がついたあたりが食べごろだ。
ウルトスの肉は噛みつけば肉汁が口の中に広がり、鼻に香ばしい匂いが体の内側から溢れ出す。
兵士たちはみな、頭の中が肉に匂いに満たされて幸せそうだ。
「なんか、大丈夫なのかい? あれ」
アスラがちょっと心配そうに兵士たちを指差したサニーに聞いた。
「え? 大丈夫だよ。ウルトスのお肉を食べるとああなるのは、普通だよ。がぶ」
サニーは齧り付いた瞬間、脳に旨みが届いたのか、とろけた顔をした。それから全く喋らなくなる。
食べるのに夢中なようだ。まるで獣である。
「………」
「アスラ、さっさと食え。恥ずかしがってないで」
「わ、わかってるよ」
ヘルメスがなかなか口につけないアスラを催促する。
齧り付いた瞬間にアスラもサニーと同じように、肉を食べるのに夢中になってしまった。
「狩りの醍醐味の一つだよなぁ」と、ヘルメスはつぶやいて、肉を完食するのであった。
兵士たちが寝静まったところ、アスラは目を覚ました。
「あれ、いつのまにか寝ちゃって」
思ったよりも疲れが溜まっているのか、アスラは食事の後に眠ってしまったようだ。
隣にはサニーが寝ている。
「起きたのか」
「あ、うん」
アスラが目覚めるのを待っていたかのように、ヘルメスは立っていた。
「何してるの?」
「警戒してる」
その言葉にアスラの肩に力が入った。
「…何を」
「魔物を。夜に火を焚けば魔物が近寄りやすいからな。他の兵士も何人か起きてもらっている。寝ずの番という奴だ」
「……」
アスラはそのまま黙ってしまう。
ヘルメスの顔はアスラからは見えない。
今のアスラは疑ったことを後悔しているかのような顔をしていた。
「疲れてるんだろ?」
「いや」
「いーや、疲れてるな。飯の後に眠っちまうなんて、疲れてる証拠だ」
「……」
アスラはまた返す言葉がないのかダンマリとしている。
しかし、ヘルメスの横に座り、意を決したかのように聞いた。
「ねぇ、サニーは私の話、聞いてくれるかな」
俯いている顔を見たヘルメスはぽりぽりと顔をかいて答える。
「聞いてくれるだろ」
「なんでそう言い切れるだい? 私には分からないよ」
ため息をついて、ヘルメスは過去話をした。
「アスラを仲間に誘った時、サニーはなんて言ったと思う?」
「あのコソコソ話してた時の?」
「そうだ。ちなみに、俺は渋ったぞ」
「……」
「まぁ、そんな顔するなよ。それで?」
アスラは少し考える振りをして、首を横に振った。
「サニーはな、自分を犠牲にしても人を守りたいって考える奴でな。だから、アスラのこと見てほっとけないって言ったんだよ。なんの心配しているか知らないが、サニーのことを頼ってやれ。サニーにとって、その方がいいからな」
「…なんだいそれ。心配になるね」
「ああ、全くな」
またもや、ヘルメスはため息をつく。
そして少しの静寂の後に、ヘルメスは声を出した。
「言っとくが、サニーと同じようにアスラのことも心配しているからな」
「…ごめん」
「謝る必要はないさ。俺もサニーと同じような考えを持ってはいる。とりあえず、今日はゆっくり寝ろ」
「うん」
アスラはヘルメスに言われるがまま、目を閉じた。
永い夜は続くかのように思えたが、そんなことは無く、世の中は回り続ける。
夜が明け、日が昇った。
第一部隊は進軍を開始した。
しばらく森の中を歩くと、サニーは嫌な気配が強くなっていくのを肌で感じた。
「嫌な気配が強くなってる。それに」
気配に混じって、思わず鼻を防いでしまうような臭いが混じっている。
「この臭い、嗅いだことがあるような」
「いや、忘れもしねぇ。これは、人が死んだ後の匂いだ。でも、薄いな」
襲撃の際に死臭を嗅いだことのある兵士が断言したが、匂いは微かだ。
その臭いを辿り、サニー達は遠征の目的を果たせるものを見つけた。
サニー達の眼前に広がるのは、焼け跡が残る家や荒らされた畑。所々、家壁が崩れたものもあり、明らかな先頭の跡。
ヘルメスは家の中に入って中を確認する。
「まだ、生活の跡がある。村が滅んだのは最近だな」
「うん、もし動物や魔物なら、ここを拠点にしそうだけど…静かすぎるね。ここは」
「さ、サニー隊長!」
「何?」
「あ、アスラの姉さんが!」
兵士の声を聞いたサニーは飛び出すように走り出した。
追いかけるようにヘルメスも走り出した。
サニーとヘルメスが向かうと、アスラは蹲って動かない。
しかも、口元から大量に口を吐いた跡があり、服や手にベッタリと血がついている。
「アスラ! どうしたの?」
「わ、わかりません。急に苦しそうに蹲って、それ
から、血を吐き出しました」
アスラの息が荒かったのをサニーは知っていた。
朝の間は何もなかったが、ここまで歩くにつれて、後ろ髪を引かれるような歩き方で、息も上がっていた。
しかし、サニーに心配されても大丈夫とアスラは言うだけだったため、深く追求はしなかった。
それをサニーは後悔する。
「だい、じょうぶだから」
そう言って、心配をかけまいとサニーに言う。
だが、痛みに耐えるように顔を顰めると同時に、血を吐き出す。
そして、倒れてしまった。
「アスラ! アスラ!」
声をかけても反応がない。意識がなくなったのか、アスラは死人のように眠っている。
「サニー隊長、魔物が!」
アスラの意識がなくなったと同時に、どこかにいたのか魔物がぞろぞろと出現する。
「サニー、アスラを連れて帰るぞ」
「で、でも」
兵士たちは応戦を始める。
迷っている暇はない。
「サニー隊長、ここは我々にお任せください。アスラさんの治療が先です」
「ああ、めんどくさいが、後で走って追いつくことにしよう」
「我々は強くなりました。先にラーハストに!」
アリエル、ガイア、ラズルの三隊長が早く行けとサニーを急かす。
それにサニーは甘えることにした。
「任せたよ! アリエル、ガイア、ラズル!」
「お任せを」
「テンション上がるわー」
「ヘルメスさんもサニー隊長と共に」
湧き出てくる魔物をラズルが切り倒しながら、ヘルメスにも行けと伝える。
「ああ、わかった」
サニーはアスラを担ぎ、ヘルメルが護衛をする。
ラーハストまでは、サニー達の全力疾走であれば2時間ほどでたどり着く。それも常時、風の魔法を使用しての話だ。
だが、そこに魔物との戦闘が加われば、さらに時間がかかるであろう。
森の出口までは魔物との遭遇は無かった。しかし、眼前に広がる平野なそうもいかない。
「昨日の平野。ヘルメス兄、いける?」
「ああ、任せろ」
森から飛び出し、平野を駆け抜ける。
ヘルメスが前を走り、槍に魔力を込めて、襲ってくる魔物を突き飛ばす。
しかし、思ったより頑丈なのか魔物は魔力へと還らない。
「やっぱもっと近づきてぇな。サニー、剣は振れるか?」
「ちょっとならいけるけど、アスラのこと落としそう!」
「わかった。平野を抜けた後は、追いかけてくる魔物は俺が相手する。だが、数体は漏れるから、頼んだぞ」
ヘルメスは平野を抜けた後、一人で魔物の相手をするようだ。
「わかった! 頑張ってね」
サニーはヘルメスに激励の言葉を言って、前を向いてただ、走る。
時々、アスラが喉に溜まった血を吐き出してしまうことに汗が垂れるが、心を落ち着かせながら風の魔法を行使する。
もし、魔力操作をミスれば、ここで魔物の餌食になるだけだろう。
暴発すれば、余計に体力を食い、筋肉の硬直が始まってしまうからだ。
「丁寧に魔力操作をしないと」
意識を失っているアスラのことを考えすぎないように、サニーは平野を走り抜けた。
「よし、こい」
平野を抜け、森へと入り込んだサニーを守るようにヘルメスは悠然と佇む。
「相手してやる」
そして、魔物とヘルメスの戦いが始まった。
ラーハストに向かうサニーを熊型の魔物が追いかけてくる。
風を切る音と草木を分け、地響きを上げる音が混じり合う。
「両側から2体もくるなんて」
アスラを落とさないように戦うにはどうすればいいのか、サニーは考える。
避けること自体はできる。
現に、熊型の魔物がサニーに体当たりするが、それを飛ぶか加速するかで避けているからだ。
「どのみち倒さないと。ラーハストまで逃げ続けるのは危険すぎるし。でも、戦うなら全力でやらないと、倒せない」
背負った状態では、思ったように剣を振るえないため、魔物を確実に仕留めれない可能性もあった。
もし、立ち止まって戦い、倒しきれなかったら反撃を喰らう。
それは、避けないといけない。
倒すことは選べない。
「だったら。動けなくすればいい」
思い立ったのか、サニーは体当たりしてくる魔物の下を通り抜けると同時に、足首と手首を切り落とす。
「よし、うまく行った!」
目的は逃げること。
追いかけられないように動きを弱めれば、逃げられる。
「次も!」
今度も足首を狙い、切り落とすことに成功した。
熊型の魔物は動くことができず、痛みに悶えているようなそぶりを見せる。
「じゃあね」
別れの挨拶を言って、サニーは深い森の中へと消えていった。




