第11話
クリス視点です。
私の名前はクリス。王都にある大教会からラーハストに配属された聖女だ。
先ほど、グラセム兵士長と暗黒騎士を倒した私は、治癒園に疾風の如く駆け込む。
と言っても、足はフラフラでその気になっていただけだけど。
なぜ、そんな言い方をしたのかというと、焦っている気持ちを表したかったからだ。
「街の崩壊具合がすごいわ。この被害なら絶対に治癒園の力が必要ね」
あまりの被害の多さに目が眩んだ。
だから、もっと早く走れたら良いのにと心の底から思う。
でも、暗黒騎士との戦いで疲れ果てた私の体は限界だ。
聖女の仕事はこれからが本番。
休む暇などない。
なにより、打ちひしがれている姿など見せれば、民の不安を煽るだけだ。
それは、聖女失格であろう。
治癒園についた私の目に飛び込んできたのは、腕や足が折れた兵士や血を至る所から噴き出す兵士を見習い聖女や修道女が懸命に看病している姿だ。
「クリス様!」
「ごめんなさい、遅れちゃったわ。リーズ、すぐに治療を始めるわよ!」
「はい!」
リーズは私が将来見込みがあると思っている見習い聖女だ。
私の手際をリーズに見せれば、急成長するため、私の側で手伝いをさせている。
私の錫杖に魔力を込めると眩い光が放たれる。
光は一瞬で、それを瞬時に手のひらに収め、兵士の体にゆっくりと手を翳す。
魔力を徐々に体全体に浸透させていき、傷を防いでいく。
聖女が扱う奇跡の魔法。
その一つである回復魔法だ。
倒れている兵士たちを片っ端から私は魔力をふんだんに用いて治療していく。
魔力を使いすぎたせいか、体が悲鳴を上げていき、気分が悪くなる。
だが、兵士の数は減らない。
それに、傷ついた市民も運び込まれてくる。
治癒園は一杯になり、受け入れられる許容範囲を簡単に超えた。
「リーズ、治癒園の外でも治療できるように準備を進めてちょうだい。後、あなたも回復魔法を使っていいわ」
「わ、分かりました!」
リーズはこれが初めての本格的な実戦だ。
きっと苦労するだろう。
治療に来る患者の呻き声や幻聴に襲われた時の暴れ具合は、幼い少女に抑えられるものでもない。
しかし、リーズならきっとうまくやる。
本当なら側で見守ってやりたいけど、彼女を信じるしかない。
治癒園にいる兵士たちの治療を終えるとまた患者が来る。
それの繰り返しを何度かしながら、突然、数が増えた。
恐らく、戦いが終わって患者を運び込む余裕ができたのだろう。
こちらとしては受け入れたいが当然、外には患者が溢れかえった。
治療を終えた意識のない患者を外に放り出すわけにもいかないため、私は外に出て、治療を始めた。
頭がズキズキと痛み出しでいるため、わたしは時間が経つにつれて、治療の手が遅くなる。
重症の兵士や傷ついた市民を外で治療していた時、リーズが慌てたように口をアワアワしている。
何かを伝えにきたのだろう。
私は痛みを顔には出さずに聞いた。
「クリス様ー!」
「どうしたの?」
「そ、その、ライゼン様が血だらけの人と来て、治療してほしいって言われました!」
「わかった、すぐにいくわ!」
ライゼンがわざわざ連れてきた誰か。
もしかしたら、暗黒騎士を討伐してくれた旅人だろうか。
それなら、ライゼンがここに来る理由も説明がつく。
本来なら優先順位など持ち込むべきではないが、仕方ない。
私はとっとと請け負っていた治療を終えて、治癒園の中に入った。
だが、その判断は結果的に正しかったのだろう。
なぜなら、今にも彼女は死にそうだったからだ。
うつ伏せになって寝ているのは背中や足、腕、頭から流血している若い少女。
オレンジ髪が血に汚れ、ベタベタとしている。
間違いない。この子だ。
両脇には仲間であろう同じ髪色の男と青い髪の女性がいる。
「聖女のクリスよ。すぐに治療を始めるわ! あなたたちもついでに治療を受けときなさい! こちらの方達をお願いね」
私はリーズに男と女の治療を任せ、少女の治療に専念する。
まずはうつ伏せになっている少女を仰向けにした。
血がベッタリと手につくが、私は気にしない。
勇敢に戦った証だ。
これを汚いと言えるほど、私の性格は腐っていない。
ただ、私が驚いたことは少女の顔だ。
全く痛みに苦しんだ顔をしていない。
不貞腐れているような顔で、自分の傷をなんとも思っていないように見える。
そして、あまりにも若い。
兵士は15歳から訓練生になる。
この子はその訓練生と同じ面立ちをしているような気がする。
ちょっと凛々しくてて、ヤンチャっぽさがあるけれど。
私はまず、一番血だらけの部分から始めた。それは腹部である。
取り敢えず腹部の服を破り、どこに怪我があるか確かたが、意味がなかった。
無数の小さな傷や打撲痕もそうだが、血だらけでどこに大きな傷があるのか一見してわからない。
恐らく、腕や足も同じようになっているだろう。
「本当にひどい。取り敢えず軽い傷を治すわね」
取り敢えず回復魔法を使い、小さな傷を治す。
痛みが少しでも軽減した方がいいだろう。
血を洗い流すのに、冷たい水が傷に染み込み激痛を起こすのだから。
魔力をゆっくりと浸透させていく。
ここ最近で一番冴えていたような気がした。
「あ、あったかいね。痛みが和らいだ気がする」
「あまり呼吸を乱さないでね。私の魔力があなたの魔力に遮られて、浸透するのが遅くなるから」
私の言葉を素直に受け取ってくれたのか、呼吸を乱さないようゆっくりと深呼吸をしている。
多分、そろそろだろう。
「あ、あつ!」
「我慢して! 傷が治ってる証拠だから!」
この調子なら大丈夫そうだ。
この子の傷ならもっと時間がかかるけれど、我慢強いせいか、魔力の浸透が順調だ。
後、単純にこの子が私を信用して身を預け、力を抜いてくれているのも良い影響を及ぼしている。
ちょっと暴れられたら、それだけで魔力の浸透が乱れてより治療が遅くなるのに、この子はちっとも暴れない。
全く不安にさせない顔をしていて、回復魔法に驚いている姿は、本当に怪我人か疑わしくなってくる。
思わず、私の張り詰めた心も絆されるが、気を引き締めた。
「よし、終わりよ。それじゃ、血を洗い流しましょう。移動するわよ。リーズは服をとってきて!」
「はい!」
私がそういうと、この子はとんでもないことを言い出した。
「自分で歩く」
ちょっとカッコつけたように言うこの子に私はものすごく呆れ果てた。
怪我人は怪我人らしくてほしいと思うのは、初めてだった。
精神的な意味でも、治療的な意味でも。
「このおバカ! さっさと担がせなさい! あなた以外にも怪我人はいるんだから!」
「ご、ごめんなさい」
ちょっと大きな声を出すと、縮こまったように背を丸め謝ってくる。
申し訳なさそうに口を閉ざすこの子の肩を優しく担ぎ、治癒園にある浴場に向かった。
思ったより頑固な子じゃなく、素直な性格をしているようだ。
もしかしたら、案外、聞き分けがいいのかもしれない。
いや、聞き分けがよかったらここまで無理をして戦わないだろう。
浴場についたら、桶に貯めた水を使って血を洗い流した。
水が冷たかったのか、ビクッと体が動く。
そして、タオルで拭き取る。
その繰り返しで、体にこびりついていた血は少しずつ消えていく。
されるがままで大人しい。ありがたい限りだ。
「まったく、これで大きな傷が見れるわ。ちょっと触るわよ」
血は魔力を纏っているため、全身が血だらけだと、体の中を調べる時に、モヤがかかるのだ。多少なら問題はないが、この子の場合は血を洗い流す必要があった。
私は魔力を浸透させて、体の中を調べる。
調べるといっても、ちょっと違和感を感じるぐらいで、具体的な怪我や傷までは見れない。でも、どんな怪我かは経験から分かる。
「ここと、ここと、ここね。骨が折れてるのに声もあげないなんて、あなた、我慢強いわね」
やっぱり骨は折れていた。
腫れている部分は明らかだったため当然だが、全く痛みをあげないから他に何か原因があるのかと勘繰ってしまった。
やっぱり、怪我人は怪我人らしくしてほしい。
内出血している部分は青黒く変色しており、これも回復魔法で治る。
回復魔法は意外にも万能なのである。
私は回復魔法を行使し治療を始めた。
さっさと治して次に行かないといけない。
「あつー! あ、痛みが引いたよ! ありがとう」
「どういたしまして」
結構全力でやったのですぐに終わった。
疲労感が顔に出ていないだろうか。
「クリス様、服を持ってきました!」
「ありがとう。はい、これに着替えて。お仲間のところに行って、食事をとって、さっさと寝なさい。決して、過激な運動をしないように。傷は治ったけど、また無理をすれば傷が開くから。後、疲労は休まないと取れないからね」
「わ、分かったよ」
どうせこの子のことだ。また無理をするに決まっている。だから、しっかりと釘を刺しておかないといけない。
人間は無理をしたら壊れる生き物だ。
そこで、ふと私は思った。
この子の名前はなんと言うのだろうか。
だから、私は聞いた。
「あなた、名前は? 後、年齢は?」
「サニー、歳は15」
サニーという名前。素敵な名前だ。それに、年は15歳。やはり、若かった。
こんな若い少女が暗黒騎士と戦ったなど信じられなかった。
あんな傷を背負っても、痛みに声もあげず、逆にこちらが安心するような雰囲気を曝け出すなんて、理解できない。
ただ、私に分かることといえば、サニーはこれからもこうした傷を負い、私の元に来るのだろう。
だからか、お節介を焼いてしまった。
ちなみにこのお節介が後に悲劇を生むのである。
「そう…私はクリス。何かあったら私を呼んでね」
「うん、ありがとう」
素直にお礼を言って、私に笑顔を見せてくれる。
治療した後というのは、安心して眠るのが大半だ。
笑顔なんてすぐには見れない。
でも、サニーはすぐに笑顔を見せてくれる。
それがちょっと嬉しく思った。
リーズは私の指示通りに服を持ってきて、サニーに渡してくれた。
その後のことは知らない。
他の患者の治療を続けて、襲撃の騒動もほぼ収まり、治療も終わりを迎えた。
そして、私は深い海に身を預けるように眠った。
翌日、私は目を覚ました。昼頃だろうか。
やはり疲れが溜まっているのか、寝坊した。
慌てて起きて、筋肉痛がひどく痛むが、朝にやる祈祷を終わらせる。
魔力の過剰行使による痛みだ。当分は耐えるしかないだろうが、これがかなり堪える。不快感があるので、無理をした聖女を怒らせるようなことをするのは、死に値する。この話は有名な話で、いわば、常識という奴である。
私の苦労を知ってかは分からないが、ライゼンが様子を見にきた。
ライゼンも魔力の過剰行使の危険性は知っている。
心配するのは当然であろう。
その時に、私はサニーが隊長になったと知らされた。
どうやら、ライゼンと交代で入るそうだ。
これからは共に戦う仲間になるのなら、暇な時にでも声をかけにいってみようと思った。
そうして、夕方頃になり、私は絶叫する。
サニーとは会えた。だが、こんな出会いは望んでいなかった。
サニーを先頭に30名ほどの兵士が傷を負って治癒園を占領した。
侵略者のように聞こえるが、私にはそうにしか見えない。
ただでさえ今は忙しいのだ。
何もない今日に怪我を負った兵士の面倒なんか見てられない。
それに、私の体だって限界なのだ。
だが、放っておけるほど、私は甘くなかった。
「その傷どうしたの?」
「訓練でやっちゃった。みんなの治療をお願いできる?」
私の目に映るのは、血や打撲痕、腫れで傷だらけの兵士達。
大怪我を負っているものもいる。
一体どんな訓練をしたのか見当もつかない。
後ろにいるリーズが呆然としているのが目に取るように分かる。私も呆然としたい。
ちょっと怒りが湧いてきて。
「あんた、今は忙しい時期だってわかんないの? このおバカ!」
私はサニーのほっぺを摘み、怒った。
「ごぉ、ほめん。何かあったら呼んでねって言ってたから」
「限度があるでしょうが! 全く、さっさと治療するからあなたたちはここに順番に並びなさい!」
そいういえば、そう言ったことを思い出す。
私の回復魔法の技術を知ったからこんな無茶ができるんじゃないかと思ってきた。
それは誇りでもあるが、今はそんなものはゴミである。
安易に頼っていいと言ったのは間違いだった。
このままだと、いつ大怪我をしても私が治してくれると思い、無茶ばかりしそうで心配だ。
その心配もサニーの言葉で消し飛んでけれど。
「あ、クリスって魔法陣って刻める?」
「あんたぶっとばすわよ。…やれるわ。でもいいの? 戦闘魔法の扱いは若い兵士には難しいと思うけれど」
「大丈夫。じゃ、ここにいるみんなの足の裏に風の魔法陣を刻んでくれる?」
「やっぱぶっ飛ばすわよほんとに!」
普通はあまり推奨されたものじゃないけれど、暗黒騎士を倒したサニーが訓練で使うのなら別にいいだろう。
それに、この若い兵士達を強くするには、魔法を扱える方が都合がいい。ライゼンも特に文句は言わないだろう。
私は風の魔法陣を足裏に刻んでいく。
なぜサニーは要求をどんどん追加していくのだろうか。私は内心で天に願うように残酷な今を祈る。
でも、治療は治療。
聖女として、傷は癒さないといけない。
「ありがとうクリス」
「聖女様、ありがとうございます」
「はいはい」
私が治療している間、サニーは隣で申し訳なさそうな顔をして見ていた。
そんな顔するなら頼らなければいいのにと思う。
それを少し煩わしく思った私はサニーに休憩するよう伝えた。
頼るなら堂々と頼ってほしいものだ。
「あんたもさっさと休憩しなさい。そこで見ていても邪魔だから」
「うん、ありがとう」
それからは、サニー達は毎日夕方ごろに治療に来た。3日目までは私の海よりも深く天よりも高い天使の心も耐えることができた。
しかし、私の堪忍袋の尾がついに切れた。
私の怒りに思わずサニー達が土下座する。
その日は次にまた大怪我をして帰ってきたらもう二度と治療しないと言った。
だが、またあの兵士たちは大怪我をしてくる。
そして、土下座。
リーズもすっかり慣れたのか、苦笑するだけだ。
私はちょっと土下座させるのが楽しくなってたかもしれない。
これくらいは許してほしい。
土下座させた日には兵士たちが治療をするよう懸命に頼むが、私は聞く耳を持たず、サニーが焦っている様子が可愛く思えてきた。
まぁ、最後は私が折れて結局治療する羽目になるんだけれども。
その時のサニーの安心した顔が面白い。
感謝しているのか思いっきり抱きついてくる。
やっぱり、素直で可愛い子だ。
ライゼンから聞いたが、この子は騎士を目指しているらしい。
きっと、この子はいい騎士になる。
治癒園に初めて来たサニーの姿を思い浮かべながら、私はそう思うのであった。




