第1話
第一章のネームがある程度は完成したので、見直しや展開を考えながら投稿していきます。
では、第一話です。
騎士。それは、栄光の果てを目指し、命を燃やす者達。
御伽話や物語に登場し、子供達の憧れの存在。
そして、恐ろしい魔物から人々を守るために、どれだけの傷を受けようとも、その体が倒れ伏すことはない。
その姿は恐怖から一転、人々に幸福を与えるに相応しい。
この物語は、ある少女が様々な困難を仲間と乗り越え成長し、自由気ままに騎士を目指す物語だ。
古びた椅子に座る女性が少女の頬を優しく撫でる。
親が子を愛しくて仕方がないと言いたげである。
齢は30ほどであろうか、少なくとも若いと言われれば若くもある年齢だ。
だが、その女性の手は高齢の老人のような動きしかできない。
「サニーは騎士になりたいんだね?」
「うん、立派な騎士になる!」
少女の名前はサニー。
サニーは元気よく頷き、母の膝に身を預けて抱きついた。
力いっぱいに抱きしめるサニーを優しく大切なものを扱うように、その女性は抱きしめた。
この光景を見れば、母と娘であることは一目瞭然であろう。
母はサニーを優しく抱きしめて、言い聞かせるように言った。
「サニー、騎士ってどんな存在だと思う?」
母の問いに、少女は悩む。
その姿が可愛らしいのか、母は目を細めて返事をじっくりと待つ。
そして、たどたどしくサニーは話し出した。
「御伽噺には、魔物に怯える人々のために戦うは話が出てくるから、人々を守る存在?」
話していくうちに自信が無くなったのか、不安そうな顔で母に確認する。
「ふふ、その通りだね。騎士は、悪い魔物と戦い、人々を守る。どんなに傷ついても倒れてはいけない。騎士は希望の象徴だからね」
母はサニーの頭を優しく撫でる。サニーは気持ちよさそうにされるがままだ。
「サニー」
母がサニーを呼ぶ声は、まるで伝えなければいけないことを伝える真剣さが感じられた。
そのせいか、サニーは母の目を思わず、真っ直ぐと見てしまう。
「サニーの夢をお母さんはずっと応援してる。でも、これだけは忘れないで。どんな騎士になりたいかはあなたが決めるんだよ。そうじゃないと踏ん張れないからね」
「…うん」
母の後悔と子に対する優しさが混ざった言葉を、サニーがうまく受け止められたのかは、本人にしかわからない。
それ程に、母の顔は多くの感情がない混ぜになったものであったからだ。
「サニー、お母さん、ちょっと眠たいや」
「分かった。ゆっくりしてね」
力を振り絞ったからか、弓の弦が切れるかのように体から力が抜けた。
背中を椅子の背に預けて、母は目を瞑り眠る。
サニーは静かに部屋を出た。
記憶に残る母の言葉と姿を森の中で思い出す。
そう、ここは森の中でサニーは背丈ほどある雑草林に身を潜めていた。
そして、にっこりと笑い、一気に飛び出した。
辺境の村の近くにある、静かな森が騒めいている。
上から見れば、木々が揺れ動くのが分かるだろう。
その揺れの正体は、大きな爪と牙を持った狼型の魔物とサニーとの追いかけっこである。
その魔物は少女の背丈の数倍はあろうほど巨大である。
そして、魔力によって形成させるその体は強靭だ。
サニーの腰には、引き締まった皮のベルトには木製の剣が携えられ、オレンジ髪で艶のある長い髪が激しく揺れている。
サニーを狙わんとする魔狼は、背中に飛びつき仕留めようとするが、軽やかに避け続けていく。
そして、目的があるのか、魔狼を誘導するように逃げ出した。
「ふふーん、どんなもんだい! このままお父さんとヘルメス兄の所まで連れてってあげる!」
どうやら、目的はこの魔狼を兄と父のもとへ連れていくことらしい。
サニーの顔からは機嫌が良いのか笑みが溢れていた。
魔物の爪が振り翳され、何本もの太い木が抉られようと、気にせず走り続けている。
そして、サニーは大声で叫んだ。
「連れてきたよー!」
叫んだその先には、男が2人。
一人は白髪が目立つ老練な人間。
もう一人は、若い青年でサニーと同じオレンジ髪だ。
父と兄である。
「こらぁー! サニー、何やってる!?」
「魔物に追いかけられてるー! 倒さなきゃいけない魔物ってこれでしょー?」
サニーの父である髭を生やした男は、背中にかけられた槍を取り、魔狼に追いかけられるサニーの下へと走り出した。
「まったく」
父は地面を脚で蹴り、高速でサニーの前へと辿り着いた。
魔狼は槍を持った男が近づいてくる姿を見ると同時に急停止をし、その男を睨みつけた。
槍を構える男と魔狼が見つめ合う。
そして、魔狼が突進してきた。
男は覆い被さるように魔狼が牙と爪で攻撃するが、決して逃げない。
槍を握る手に力を込め、体全体を足で支えるように踏み込み、力一杯に魔狼の頭へと突き上げる。
その槍先は見事に突き刺さった。
魔狼の体は動きを止め、力無く倒れる。
槍には血が付くが、魔物はそのまま魔力へと還り、霧散する。
その光景を見ていたサニーは、目を輝かせ父の背中へと飛びついた。
「ぐはぁ、サニー、腰が!」
「おいおい、サニー。背中に飛びつくのはやめてやれ」
父はサニーの飛びつきに苦しそうな声をあげた。
サニーの行動を注意するようにいうのは、兄であるヘルメスだ。
髪は短いため、若い青年の顔がよく見える。
「えぇ〜、ダメ?」
甘えた声で聞くサニーに父は思わず顔を顰める。
「ぐぅ、そんな顔をするな。ほら、降りてくれ」
「ええ、そんなぁ」
父が腰を下ろし、サニーは地面を踏む。
残念そうな顔をしているサニーの頬を両手で挟み、ヘルメスはサニーを叱った。
「まったく、父さんから来るなって言われてただろ? 魔物を討伐しに行くって言ったじゃないか」
「うん、言われてたね」
満面の笑顔で理解していることを告げるサニー。
その顔をヘルメスはずっと見つめたが、呆れるように口を開く。
「ああ、こりゃいっても無駄か。ま、無事で良かったよ」
「ふふーん、私にかかればどうってことないよ」
胸を手に当てて、自慢げに鼻を鳴らすが、次のヘルメスの言葉にサニーの体が停止する。
「…ところで、フラフィの世話はどうしたんだ?」
「…」
「サボった?」
これは毎度のことで、魔物の討伐があるとサニーは高確率で与えられていた仕事をほっぽり出し、兄と父にこそこそとついて行くのだ。
そして、魔物と勝手に遭遇し、逃げ回って兄と父の元に連れてくる。やんちゃ少女の行動にはいつもハラハラさせられている。
そして当然ながら、このことでサニーが怒られるのはこの家族の日常であった。
「さてと、私は戻るね! バイバイ!」
サニーは全力疾走で村の方向に走っていった。
残されたヘルメスはその姿を呆れるように見つめている。
「ほら、父さん、立って」
「おお、すまん」
ヘルメスの力を借り、父はゆっくりと立ち上がった。
「やれやれ、困ったものだ。一度大怪我をしてもうついてこないと思っていたのに、こそこそとついてくるようになった。叱っても意味がない…これならいっそのこと、戦える術を教えといた方がいいか?」
「いやぁ、でもまだ13歳だろ? 戦うには子供すぎるって言ってたじゃないか?」
「体力はある。基礎中の基礎ができてる。それに、フラフィの世話だってできてる。だから、教えてもいいんだが、村の連中がうるさいからなぁ」
父は大いに悩むように手で顎を擦る。
村の大人達からもサニーが魔物に追われるのを叱られているのだ。
まだ幼いサニーが戦うと知ったら、父の下に押しかけて、猛烈に批判されるだろう。
だから、父は決めきれなかった。
村は狭い。
故にトラブルは避けたがるのは仕方ないのかもしれない。
「悩みすぎだって。教えるのは15歳になってからって決めてたじゃないか?」
「そうだなぁ。そうするか」
槍先についた血を汚れた布で拭き取りながら、父はヘルメスに大仰に頷いた。
村に帰ってきたサニーは家畜小屋からフラフィを放ち、近くの森を尋ねていた。
サボっていた仕事をしているのだ。
20匹ほどのフラフィがサニーの後ろを足跡を鳴らしながらついて行く。
家畜小屋にも餌はあるが、放牧することで運動を促せば、乳の出もよくなるためだ。
フラフィは四足歩行でフワフワの綿になる綿毛がついた動物だ。
丸く曲がった角が特徴的で、群れでの喧嘩や長を決める際は突進攻撃をして、勝敗を決める。
そして、勝てば言うことを聞かせられる。
そのため、主従関係が強い。
言うことを聞かせるには群れの長に勝つ必要がある。
そんなフラフィをなぜサニーが命令できるのかと言うと、もちろん群れの長に勝ったからだ。
幼いサニーは父や兄のように飼い慣らしたいと駄々をこね、怪我をするからと許してもらえなかった。
そのため、自作で木製の盾と剣を作り、群れの長と一騎打ちをした。
サニーの誤算といえば、ツノが木製の盾を突き破られてしまったことだろう。
だが、動揺もせず逆に突進を利用して、突き破られた盾ごと後ろに転がりながら、背負い投げのように投げてしまった。そうして群れの長に認められ、こうしてフラフィを外に自由に連れ出すことができている。
ちなみに、一騎討ちを目撃した父親は失神した。
やりたい放題のサニーには、失神することが多い。
「よーし、今日はここにしよう。自由に食べていいよ。あんまり離れちゃダメだからねぇー!」
サニーの号令に、フラフィは己が餌を求めて散って行く。
餌場は複数箇所あり、ここはその一つ。
フラフィの食べる雑草の群生地である。
開けた場所で太陽の光もよく当たる。
そのため、栄養値の高い餌が多くあるのだ。
ムシャムシャと食べるフラフィを見つめながら、サニーは周りに異変がないか気配を探る。
「周りには気をつけるよう良く言われてるからねー。ここら辺は魔除けの花で魔物が近付いてこないけど、一様ね」
村の周辺の森には魔除けの花が至る所に咲いている。
フラフィの餌場はその魔除けの花が多く咲いていた。
だから、餌場として利用しているのである。
しかし、気をつけるに越したことはない。
魔物は人類の都合など考えないからだ。
「ん? なんか森が変だね? いつもより静かな感じがする」
サニーが何かに気づいたようだ。
フラフィ達も異変に気付いたのかサニーの下へと集まっていた。
「みんな、小屋に戻って。あと、これ。頼むね?」
サニーは革ズボンのポケットから布切れをだした。フラフィの角のような模様が描かれており、それをフラフィに咥えさせる。
模様は赤に塗られている。
緊急時のサインだ。
サニーの意図を汲んだのか、フラフィ達はそそくさと、逃げるように村へと早足で去って行った。
緊急時にはこうして、小屋に戻った際に危険が迫っていることを村のみんなに知らせるのだ。
今頃は父と兄が帰ってきているから気づくだろう。
「フラフィ達と逃げるべきだけど、もし、一緒に逃げてるところを狙われたら、全員魔物に食べられちゃうからね」
どうやら、サニーは全滅を避けるために残るようだ。家畜は村の大切な資産。そして、家の財産でもある。魔物に食べられてしまっては、家業がなくなるのである。
「こう言う時どうしろって言われてたっけ…?お父さんとヘルメス兄が来るまで隠れることって言われてたはずだよね?」
サニーが頭の中で考えを纏め終わった瞬間、後ろからガサゴソと何やら音がした。
「!!」
かなり後方から聞こえた音であったが、サニーはそれを聞いた瞬間、自分の膝まである生い茂った草木に反射的に逃げ込んだ。
草むらは十分な広さで辺りの木の根っこを埋め尽くすぐらいに生い茂っている。
息を潜め、気配をなくすように心を落ち着かせる。
森を静かにさせる魔物は妙な威圧感を放っている。
つまり、先ほどサニーが逃げ回っていた魔狼よりも危険度は段違いなのだ。
しかも威圧感を放っているはずなのに、肝心の魔物の気配はない。
「どんな魔物かな。こんなの初めてだよ」
本来、恐怖を感じるところであるはずだが、サニーの心は昂っているようだ。
好奇心旺盛なのだろう。
知らないものを見たいと思う気持ちは人一倍強い。
「来た!」
その魔物は、水色の液体が黒く濁ったような体だ。
「スライム?」
そう。スライムである。
スライムとは水色の透明な色をしていて、丸いのが特徴の魔物だ。人に害を及ぼさないが、この魔物は違うようだ。
「スライムなのに、人の形を保とうとしてる。あ、赤い核が頭にあるね。手とか足とかも刃物みたいに鋭い感じ」
サニーは謎のスライムを観察する。
液体のような体がゆらゆらと動いている。
「あの核を壊せばいいんだよね? そうじゃなかったらやばいけど。ん?」
スライムの赤い核がまるで何かを見つめるように、サニーのいる草むらを向いている。
サニーはそれを食い入るように見つめた。
なにかいけないものを見ているような、神聖さを感じるようなものを。
そして、突如、スライムは手足や頭がゆらゆらと動いていたのが固まり、手を刃物のようにして、草むらへと高速で振り下ろされた。
「んっっ!」
それを寸前で横返りをしながら、サニーは避ける。
そのまま、すぐに立ち上がったところに、追い打ちをかけるようサニーの首に攻撃が来るが、紙一重でサニーは避けた。
そして、スライムとの距離を取るために後ろに飛び跳ねる。
「ふふーん、私はいろんな魔物から逃げ回ってきたんだ。そう簡単にやられないよ」
サニーがそういうと同時にスライムが高速で近づいてきて、刃を振り下ろす。
サニーは無事に避けるが、刃が地面を抉った。
衝撃と空気を切る音がサニーの耳に届く。
それを見たサニーは「でも、死にそうだから逃げよ!」と焦ったように逃げ出した。
最初は威勢が良かったのに、最後には情けなくもすぐに逃げることを選択したようだ。
そんなサニーを追いかけるようにスライムも走り出す。
スライムは狙い澄ましたかのように、水の刃をサニーへと飛ばす。
「うへぇ、それ魔法でしょ! ずるい!」
サニーが横に方向転換するが、水の刃はそのまま太い木の幹を真っ二つにする。
断じて魔法ではないが、飛ぶ斬撃など初めて見るサニーにとっては魔法と思っても仕方がない。
それを見届けたサニーの頬には脂汗が滲み出る。
「なんであんな変なのが強いの? さっきの魔狼より弱そうなのに!」
逃げ惑うサニーをスライムは追いかけるが、木が倒れる音を聞きつけたのか、スライムへと突進する人影が一つ。
助けが来たのである。
「サニー、無事か!」
「ヘルメス兄!」
ヘルメスは槍先を赤い核を突き刺すように力を込めるが、水の刃がそれを塞ぐ。
槍にさらに力を込めるが、結果は変わらない。
「硬いな。ほんとに液体か?」
ヘルメスは無駄だと悟ったのか、一度距離を取り、状況を確認する。
「サニー、怪我はないみたいだな? 無事で良かった」
「うん、逃げるのは得意だからね」
「直に父さんもくるからな。逃げろと言っても、こそこそ見てるんだろ。お互い死ぬなよ」
そして、謎のスライムとの戦いが始まった。
「とりあえず、あの赤い核を潰せば勝ちだな。うおっ!」
水の刃が飛んでくるが、ヘルメスは受け止めずに避ける。
「なんだありゃ。魔法か? 変な威圧感もあるし、大物だな」
槍を構え直し、スライムを見据える。
「ふっ、とぉ!」
足を踏み込み、槍を突き刺す。
そして、素早く引き抜く。
時には、軽やかに刃を避けるその姿が、サニーの目は綺麗に映る。
「ん、こっちにも攻撃してきた」
どうやら、スライムはヘルメスを相手にしてなお、
まだ余裕があるらしい。
サニーにも水の刃を飛ばしてくる。
兄を真似るように、サニーも軽やかに足を動かして避けて行く。
そうして、戦っているうちに、大きな足跡が聞こえてきた。
サニーの父である。
「お父さんだ!」
「待たせたな」
ヘルメスが水の刃を槍の取っ手で受け止めている隙に、父は大きく足を地面に踏み込み、スライムに向けて超加速する。
そして、槍を赤い核へと突き刺した。
スライムは形を保てなくなり、地面へと消えるように蒸発する。
そして、黒いモヤが空中へと散っていった。
「やったぁー! 倒したね!」
「ああ、二人ともよく耐えたな」
父はサニーとヘルメスの頭を労るように撫でる。
そこには、親の愛情が詰まっていた。
「やめろよ、父さん。俺はもうそんな歳じゃない」
「はは、すまんすまん。ついな」
ヘルメスは呆れたように子供扱いを不満に思うが、すぐに気持ちを切り替えて、父に質問した。
「父さん、今の魔物ってなんだったんだ?」
「あ、そうだよ。私も見たことないし、感じたことない気配だったよ?」
「…一度村に帰ってから話そうか」
兄妹は父の反応に疑問を持つように首をかしげるが、父の言う通りに一度村へと帰ることにした。