髪
今年受け持つクラスの教室の戸を開けると、30代前半と思われる女性がいた。
「どちら様か知りませんが、教室に無断で立ち入らないで頂けませんか」
「え、あ、ごめんなさい。
アレ? 柴田先生ですよね?」
「はい、柴田ですがどちら様ですか?」
「私、里中です」
「もしかして、里中千紗登か?」
「覚えていてくれたんだ」
「当たり前だ! お前の所為で俺の髪が半分になったのだぞ」
「ごめん……」
「それで、教室で何をやっていたのだ?」
「娘の入学手続きに来たら、懐かしくなっちゃって。
私……三月期殆ど学校に来れなくて、卒業式にも出席させてもらえなかったから」
「あの時はすまなかった、今でも悪かったと思ってる。
ただ、お腹が大きくなってマタニティードレスの女子高生を、卒業式に出席させるわけには行かなかったのだ」
「謝んないでください。
私が卒業出来たのは先生のお陰なんだから」
「そう言えば、娘さんの入学手続きだって?」
「うん、あの時生まれた子」
「心配だな?」
「大丈夫よ、私と違って真面目な良い子だから」
2年後、俺の髪は……全て無くなった。