今日も私は仮面を被る
スマホのアラームが鳴る。
重たい目を開けて薄目でスマホの時間を確認する。
「朝か、」
今日は月曜日、昨日までの幸せな休日は終わり今日からまたつらい五日間が始まる。
布団にこもって二度寝したい欲望に打ち勝ち、洗面所に向かう。
「休みたいな。家から出たくないな。何かの間違いで会社がつぶれていたりしないかな。」
そんなことを考えながら顔を洗い歯を磨く。
「めんどくさいからすっぴんで出社したいな」
と思いながらもみんなの思う朝霞はそんなことしない。
いつも朝はすぐに起きてテキパキと身支度をする。
いつも人に好印象を与える、濃すぎず薄すぎないオフィスメイク。
人に見られる大事な仮面だ。
ヘアセットも抜かりはない。
みんなの望む朝霞でいないと。
鏡の中の自分に向かいそう言い聞かせながら支度を終える。
靴を履きドアノブへと手をかける。
このドアをくぐればいつもの朝霞だ。
ドアを開け鍵を閉める。
振り向くと向かいの家に住んでいるおばあちゃんと目が合う。
「おはようございます」と先ほどとは打って変わってさわやかな笑顔で挨拶をする。
「おはよう」とこちらも負けじとにこやかに挨拶をしてくれる。
足元には憂鬱な人間とは違って元気にしっぽを振っているトイプードルがいる。
「モコちゃんおはよう。今日も元気だね。」としゃがみながら犬にご挨拶をする。
「今日ごみあります?」と聞く。
「ごめんね、これお願い」と厳重に縛られたゴミ袋をおばあちゃんから受け取る。
「はーい。じゃあ行ってきます!」とおばあちゃんに向け笑顔で小さく手を振る。
「いってらっしゃーい」と足元にいたプードルを抱き上げて手を振り返してくれる。
毎日の流れ作業だ。
出社をし自分のデスクへと向かう。
私のデスクは入り口のドアから一番離れた窓際の席だ。
「おはようございます!」
元気に笑顔で何度も挨拶をしながらやっと自分のデスクにつく。
椅子に腰かけるや否や、「おはよう」とベテランのおじちゃん社員がやってくる。
「これあげるよ」と差し出されたのは一本の羊羹。
「ようかんで食べてな」と寒いおやじギャグ付きで。
私はあまり甘いものが好きではない。一番苦手なものはあんこだ。
私は「めっちゃおいしそうですね!いいんですか?」と当たり障りのない返答をする。
会社に入って3年このおやじギャグへのレスポンスだけ、正解を見つけられずにいる。
とりあえずギャグを分かっていないふりを続けているが、いつか限界が来そうだな。
お昼休み。
先輩につかまる。
「朝霞、昼行くべ」
「是非!何行きますか?」と尋ねる。
「朝霞に任せる」これが一番苦手だ。
「何系がいいとかありますか?」と尋ねても大抵
「なんでもいい」と返ってくる。
なんでもいいが一番困る。
思考を巡らせ、先週行ったお店を思い出す。
ここで毎週同じような店選びばかりするのは良くない。
そして先週以降としてお休みだった蕎麦屋を思い出す。
「じゃあお蕎麦食べたいです!」ここはあくまで私が食べたいものとして意見をする。
あまり人の意見を気にしすぎるとそれはそれでイラつかせてしまうからだ。
「いいね」といい歩き出す先輩。何とか今日もこの悪魔の質問を乗り切った。
資料を見てもらうため上司のところへ向かう。
この時タイミングをミスってはいけない。
上司がたばこから帰ってきて、ニコチン補給された今がチャンス。
「メールで資料送りましたので、お手すきの際に確認お願いいます」と丁寧に頼む。
「わかった、見ておくよ」と今回は快く引き受けてくれた。
この人の情緒は正直よく分かっていない。
機嫌が悪ければ、少しのことでも怒られてしまう。
頼み方、メールの文章。
機嫌のいい時と同じことをしても多分怒られるのだろう。
そして今日は特に機嫌が良いようだ。
「朝霞ちゃんこれあげる」と渡されたのはキーホルダー。
何かのキャラものだろうか。
おそらくウサギがモチーフなのだろう。
長く垂れた耳が特徴的だ。
「いいんですか?めちゃめちゃかわいいですね!」
「この前ガチャガチャをやったんだよ。これ好きでしょ?」
好き以前に私はこのキャラクターを知らない。
「ありがとうございます!デスクに飾っちゃいますね!」
と大げさに喜んでみる。
上司は満足した顔で席に座り、目線をモニターに向ける。
私はよくわからないキャラのキーホルダー片手に自分のデスクへ戻る。
モニター下にはすでに何個かのキャラもののキーホルダーやマスコットが。
もらったキーホルダーもそこへ並べる。
「移動になったときの片付けが大変だな」毎度何かをもらうたびに思ってしまうことだ。
定時のチャイムが鳴り皆事務所を後にする。
私もやることはあるが月曜から時間外をする気は起きない。
明日の自分にすべてを任せ帰宅することにする。
だが、定時後すぐはエレベーターが込み合うため一度トイレへ向かう。
個室に入り皆がビルを出るのを待つ。
5分後トイレから出て誰もいないエレベーターへ乗り込む。
この時間になると仮面が取れかかるため、できるだけ一人でいたいのだ。
そして家につきドアを開ける。
やっと長い一日が終わる。
靴を脱ぎベッドに倒れこむ。
「今日も疲れた。」
最後の力を振り絞り、シャワーを浴びる。
クレンジングオイルで化粧を落とす。
まるで先ほどまでかぶっていた仮面が浮き落ちるようだ。
シャワーを浴び終わると髪も乾かさずにベッドへもぐる。
朝霞の仮面はもう脱いだ。
しっかりしなくていい。
明るくなくていい。
愛想もよくなくていい。
面倒くさがりで、人と関わりたくない。
そんな私でいい。
笑顔を作ることも、他人のことを考えることもない。
ダラダラと寝転がりながらスマホをいじる。
幸せな私の時間。
できるだけゆっくり明日が来ますように。
そんなことを考えながらゆっくり眠りにつく。
明日も私は仮面を被る。
いつか繕わない自分でいられる場所ができたらな。




