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The Virtual Detention  作者: 無一文
Chapter 1: An Unexpected Turn
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書物の所在

 迎えた翌日、ゲームの世界で目覚めた高杉たちが食堂に集っていると、老神父が一人の男性を連れて入ってきた。男性は、どこか無骨な佇いを漂わせる人物で、歳は四十歳前後。ノンプレイヤーキャラクターのようだ。


「こちらは、ジョン様でございます」


 老神父が男性を紹介した。彼の話によると、高杉たちを探している者たちは、ある事情からお尋ね者となり、現在はジョンのもとで匿われているという。


「君がインプッターか」


 ジョンは、測るような眼光で高杉を注視した。さらに老神父に確証を求めるような眼差しを向ける。老神父はただ静かに頷いた。


「それでは、案内しよう」


 ジョンは険しい表情を和らげ、静かに言葉を紡いだ。


 いつもは教会で食事して眠るだけの毎日だったため、高杉たちが街を歩くのは初めて訪れた時以来だ。少し冷たい朝の空気が頬に触れる。夜明け前の薄明かりが東の空にわずかに差し込み始めた。


 時刻は朝の四時過ぎ。朝市が始まる前で、活気のある昼間とは打って変わり、商店街は静まり返っている。遠くから聞こえてくるのは、鳥のさえずりと、時折通る見張りの衛兵の足音だけだ。


 しばらく歩いているうちに、住宅街へと足を踏み入れていた。家々はどれも似た造りで、瓦屋根に木製の壁、屋根の端には小さな煙突が据え付けられている。


 そのうちの一軒の家の前で、ジョンの足がふと止まった。彼は、あたりを気にしながら軽くドアをノックする。


 ──トントン、トン、トントン。


 しばしの沈黙の後、ドアが少し開く。その僅かな隙間から、プレイヤーと思われる男性がこちらの様子を窺い、「早かったな。まぁ入れよ」と高杉たちを中へ招き入れた。


 その男性は、木下たちが想像していたぽっちゃりのオタク系ではなく、やや痩せた体つきに、冷めたような鋭い目。そしてどこか荒んだ雰囲気を漂わせている。二十代半ばだろうか。


 部屋の奥に案内されると、男性と同年代と思われる男女が椅子に腰掛けていた。ともに知的な雰囲気を漂わせている。やはりプレイヤーだろう。


「俺はレスター。マイクとアリスだ」


 鋭い目つきの男性が、部屋の奥にいたインテリ風の男女を紹介する。やや緊張した面持ちの高杉たちは、無言で小さく頷いた。


 やがて、ジョンが軽く咳払いをする。促されるように、高杉は翔太しょうた、木下は美咲みさき、上野は彩音あやねと名乗った。いずれも本名だ。高杉は現実世界でいくつかニックネームを考えていたが、緊張のあまり頭が真っ白になってしまったのだ。


「それで、神父からどこまで聞いた?」


 自己紹介が終わると、マイクが確かめるように尋ねてきた。


「マイクさんたちが、俺を探しているって……」


「そうか。それじゃあ」


 高杉の答えを受け、マイクはゆっくりと語り始めた。


 彼の話によると──


 この世界のシステムを安定させ、安全に脱出する方法を模索していたマイクたちのグループは、数年にわたる探索の末、攻略の糸口となる書物を発見した。問題は、その書物が古ラテン語で書かれていたこと。この言語はゲーム内で使用されておらず、解読の術がなかった。彼らは手当たり次第に文献を漁り、何とか読み解こうと試みた。


 そんな中、彼らはある可能性に気づく。現実世界の情報をゲーム内に持ち込める「インプッター」と呼ばれる存在なら、この書物を解読できるかもしれない。そこで彼らは、世界各地にいる老神父やジョンのような協力者の力を借りて、インプッターを探していたのだという。


「ところで、その書物は今どこにあるんですか?」


 マイクの話が終わると、木下が尋ねた。


 マイクは「そうだな……」と言ったきり、言葉に詰まった。答えをためらっているのか、それとも答えを持ち合わせていないのかは分からないが、なかなか口を開こうとしない。


「ちょっとしたトラブルがあってね」


 代わりに答えたのは、アリスだった。


 彼女によると、書物はトーマスという男が管理していたようだ。だが、彼とは昨年を最後に連絡が取れず、その所在は不明となっている。ただし、もし彼が健在であれば、インプッターである高杉を介することで、その行方を突き止められるかもしれないという。


「連絡するから」


 そう言ってアリスは微笑んだ。


 *・*・*


 翌朝、高杉たちは再びゲームの世界へと戻り、トーマスがフレン王国に滞在していること、さらに彼が攻略の鍵を握る書物を所有していることを、マイクたちに報告した。


「フレン、か」


 高杉の話が終わると、レスターがぽつりと呟いた。マイクやアリスの表情から察するに、彼らにも心当たりがあるようだった。


「何か、問題でも?」


 高杉が質問を投げかけると、アリスはマイクに、マイクはレスターに視線を送る。


「なんだよ……」


 レスターは、ぼやくように呟いた後、冗談めかした調子で言った。


「誰か、乗馬の経験は?」


 高杉たちは顔を見合わせ、揃って首を横に振る。


「それじゃ、問題だな」


 レスターは肩をすくめ、やれやれといった表情を浮かべたが、マイクたちは相変わらず渋い顔を崩さなかった。


 レスターの説明によると、フレン王国は現在地であるハープ王国の隣国にあたり、ここから徒歩でおよそ十五時間の距離にあるという。その道中には、鈴木たちが命を落とした、あの雑木林以上に危険なエリアも点在しているらしい。


「うちらは、えっと……。ここまで、だよね」


 木下と短く言葉を交わしたあと、上野が口を開いた。その言葉からは、もうこれ以上関わりたくないという強い想いが滲み出ていた。


 それに対して、レスターたちは黙ったまま何も答えない。しばらくして、沈黙を破るようにマイクがゆっくりと言葉を発した。


 彼が語った内容は、次のとおりだ──


 書物を用いた攻略法を密かに探っていたマイクたちとトーマスは、昨秋まで約二十人の仲間と行動を共にしていた。


 しかし、昨年十月のある日、突如としてリーダー格の男性を含む三人のメンバーが、何者かの謀略により拘束される。その後も、仲間たちは次々と各地で捕らえられ、今ではマイクたち数人を残すのみとなった。


 マイクたちは御尋ね者として追われる身であり、人目を避けなければならない。加えて、ジョンのようなノンプレイヤーキャラクターは、国境を越えることが厳格に制限されており、自由な移動は事実上不可能。


 だからこそ、制約なく行動できる高杉たちの協力が、マイクたちにとって必要不可欠なのだ──。


 マイクの話を聞き、高杉たちはやや困惑した表情を浮かべた。


「もちろん無理に、とは言わないから。三人でよく話し合って」


 アリスはそう言いながら、高杉たちに視線を向ける。木下と上野は顔を見合わせ、苦笑いをした。


 *・*・*


 高杉たちが現実世界に戻ったのは、午後6時20分を少し過ぎた頃だった。


「後でLINEするから」


 木下はそう言い残し、上野とともに慌ただしく帰っていった。


 その夜、高杉の携帯にLINEの通知が届く。送り主は木下だった。メッセージには、ゲーム内でマイクたちからフレン王国へ行くよう説得された経緯などが詳しく記されていた。


 そして最後に、「木下と上野はこれまで通りの時間に。高杉は、別の時間に1人でログインすることになった」という内容で締めくくられていた。

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