白い閃光
「行くぞ!」
護衛隊長の掛け声とともに、フランクたちは伏せていた体を一斉に起こし、前傾姿勢のまま地を蹴った。少し遅れて、大学生風の男性も岩陰から飛び出す。
高杉の位置から戦況は見えなかったが、岩陰の脇を淡々とかすめていく無機質な矢が戦場の苛烈さを静かに伝える。矢じりが硬質な音を立てて地面に突き刺さるたび、肌を刺すような緊張が全身を駆け抜けた。
──ズドォォォン!
突如、轟音とともに白い閃光が闇を裂いた。それが味方の攻撃か、敵のものか──高杉たちには判別できない。咄嗟に身を伏せる者、剣を構えて警戒を強める者。張り詰めた空気の中、それぞれが瞬時に反応した。
「クリア!」
やがて、緊迫した沈黙を破るように、岩陰の向こうから誰かの大声が響いた。どうやら、周囲の安全は確保されたようだ。だが、その声はすぐに、切迫した叫びへと変わる。
「ケリー! 来てくれ! 早く!」
その声に応じて、一人の女性が岩陰から飛び出した。三十代半ばほどのプレイヤーのようだ。
高杉たちも、彼女の動きに促されるように身を乗り出し、恐る恐る状況をうかがった。
──丘の中腹あたりで、一人の男性が地面に倒れていた。彼の傍らでは、先ほどの女性が懸命に応急処置を施している。
丘の頂では煙が立ちこめ、敵を制圧したと思われる仲間たちが、なおも周囲を警戒していた。
「う……うう……」
かすかなうめき声が耳に届く。女性は腰の革袋から取り出した布で、なんとか止血を試みているようだ。だが、周囲で見守る護衛隊長たちの険しい表情から、事態の深刻さが伝わってくる。
やがて──男性が弱々しく震える手で、胸元から紙切れのようなものを取り出した。女性がそれを受け取った直後、彼は静かに動かなくなった。
どこまでも爽やかな、澄んだ空気と空の下。護衛隊長やフランクたちは、男性を残して静かに戻ってきた。何人かは矢傷を負い、足を引きずっている者もいる。
男性の手当てをしていた女性の両手は、びっしりと深紅色に染まっていた。
*・*・*
「……高杉くん!」
若い女性の声が遠くから響いた気がして、高杉はふと目を覚ました。カーテンは開け放たれ、眩しい光が一気に目に飛び込んでくる。ぼんやりとした視界の中、部屋に女子が2人立っているのが見えた。
夢かと思い、思わず目をこする。だが、その仕草のせいか、むしろ輪郭はくっきりと浮かび上がった。
「えっ……? えっ?」
立っていたのは木下と上野だった。そういえば昨日、万が一に備えて2人に家の鍵を渡していたことを思い出す。
慌てて体を起こし、枕元の目覚まし時計に視線をやる。
「4時前だよ」
高杉が確認するより先に、焦燥と苛立ちを帯びた木下の声が耳に届いた。
頭はまだ重い。それでも──2人が数分以内にログインしなければゲームオーバーになることだけは、すぐに理解できた。高杉は慌てて立ち上がる。
「ごめん……寝過ごした」
ゲームの世界から抜け出せたのが午前7時過ぎだった記憶は、高杉の中に微かに残っていた。おそらく、そのまま力尽きて眠ってしまったのだろう。
次第に意識がはっきりしてくるにつれ、高杉は急に体が熱くなるのを感じた。
部屋はある程度片付いていたものの、髪はボサボサで、寝間着姿のまま。とても人に会える格好ではない。そのうえ、なぜか朝立ちまでしており、片手で隠す始末。恥ずかしさと申し訳なさが入り混じり、妙な興奮すら覚える。
高杉は平謝りしつつ、木下に「Seal of Time」を手渡すと、逃げるように部屋を後にした。
そのまま──とにかく喉が渇いていた高杉は、あまり考えもせず冷蔵庫の前まで歩いていった。そこで、手にしていたスマホの重さにふと気づき、画面をチェックする。
やはり木下からはLINEのメッセージと不在着信がいくつも残っていた。そして、トーマスからも早朝にメッセージが届いていた。
──「ハープ王国に無事到着」
そんな一文が、トーマスのメッセージに書かれていた。
「そりゃ、良かったな」
高杉はやや乱暴に冷蔵庫を開けながら、ぼそりと呟いた。
そもそもゲーム内での記憶がまったくない高杉には、何のことかさっぱり分からない。しかも、このゲームのせいで2日も続けて学校を欠席してしまった。寝不足も重なり、怒りがふつふつと込み上げてくる。
「なんで俺ばっかり……」
そう呟いたあと、高杉は小さく首を振った。頭に浮かんだのは、修学旅行の翌日に倒れた吉田のことだ。鈴木たちと同じ部屋にいたために巻き込まれ、いまも記憶障害に苦しんでいる。来年の受験どころか、この先の人生にまで影響が及ぶかもしれない。
「何とかしなきゃ……だよな」
もう一度つぶやき、冷蔵庫の中を改めて覗き込む。だが、期待していた炭酸飲料はおろか、オレンジジュースもお茶も見当たらない。そういえば、昨日オレンジジュースを飲みきったのを思い出す。あれから買い足していないのだから、あるはずがない。
結局、冷えているのは牛乳だけだった。パッケージには、草原で草をはむ牛が穏やかな表情を浮かべている。そのイラストをしばらく眺め、高杉は静かに扉を閉めた。




