表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Virtual Detention  作者: 無一文
Chapter 3: The Architect's Trail
17/19

ハードタック

 あれから、どれほど歩いただろうか。


 ようやく森が途切れ、視界の開けた丘へと出た。振り返ると、炎の色が夜の闇を塗りつぶしている。


 ──フレン王国が、燃えている。


 いく筋もの黒煙が立ち上り、夜空を覆っていた。炎の光が城壁や屋根を赤く染め、遠目にも街全体が火に包まれているのがわかる。


「……大丈夫か?」


 両膝に手をつき、その光景をしばらく見つめていた高杉に、超短髪の男が声をかけてきた。


「はい、何とか」


 高杉はわずかに笑みを浮かべて応じたが、実際には余裕などまったくなかった。靴擦れのせいか足が痛み、両ふくらはぎは痙攣寸前だった。


「休憩にするか?」


 高杉の頼りなく震える足元に目をやりながら、超短髪の男が皆に提案した。トーマスもチンピラ風の男も、黙って頷く。


 こうして一行は、王国を望む丘の上で、束の間の休息を取ることになった。


 雑談の合間、超短髪の男は自らを「フランク」、チンピラ風の男は「タンゴ」と名乗った。二人とも、ハリウッド映画のキャラクターから名前を取ったらしい。


「……ここに来て長いのか?」


「いや、まだ一年弱だ。こいつとは──」


 そんなトーマスたちの会話を背に、疲れ切った高杉は、ただ燃え落ちる城を見つめていた。そして、タンゴから受け取ったハードタックを、静かにかじる。


 ハードタックとは、乾パンのような保存食だが、このときの高杉にはとにかく美味しく感じられた。


「さてと。そろそろ行くか」


 しばらくして、フランクが腰を上げた。丘の上にとどまっていたのは、せいぜい十分にも満たなかっただろう。高杉も、鈍く疼く足に鞭を打ち、どうにか立ち上がる。


 一行は、ただ黙々と丘を下っていった。乾いた草が足に絡みつき、所々に崩れた石が転がっている。かつては農地だったのか、ところどころに石垣の名残が見えた。


 やがて──月明かりに照らされ、遠くの森の輪郭がぼんやりと浮かび上がってきた。


「ここで夜明けを待とう」


 フランクが近くの岩陰を指さし、そう提案した。そこは、敵の目を逃れるにはうってつけの場所に見えた。


 夜の森がいかに危険か、この場の誰もが身をもって知っている。異を唱える者はいなかった。


 こうして一行が薄暗い岩陰に足を踏み入れようとした、その瞬間──


「止まれ!」


 突如、横手から鋭い声が闇を裂いた。


 *・*・*


 気がつけば、高杉たちは数人の男たちに取り囲まれていた。


 男たちは殺気を帯びた目で剣を構え、場には一触即発の緊張が張りつめている。フランクもすでに剣に手をかけていたが、それを抜いた瞬間に斬りかかられるのは火を見るよりも明らかだった。


「トラブルは御免だ。少し休みたいだけだ」


 フランクはゆっくりと剣から手を離し、両手を軽く広げて戦う意思がないことを示す。それでも男たちは剣を下ろさず、じりじりと間合いを詰めてくる。


「ん?」


 そのとき、高杉たちを凝視していた男の一人が、ふと何かに気づいたように眉をひそめ、構えていた剣を収めた。


 男は臨戦態勢の仲間たちをよそに、一歩、また一歩と前へ進み、無言のままフランクの脇をすり抜けていく。


 やがて、トーマスの前で立ち止まった。


 松明の光がトーマスの顔を照らし出す。男はその顔をじっと見つめ、低く呟いた。


「見た顔だな。確か、お尋ね者の──」


 それに対し、トーマスは横目で男を一瞥する。だが、どう返すべきか迷っているのか、すぐには口を開かなかった。


「それに──おまえ、この前の……」


 男の視線がゆっくりと高杉へ移る。俯いていた高杉も、ようやく顔を上げた。そして男の顔を見た瞬間、はっと息を呑む。


 見覚えがあった。先日──フレン王国へ向かう「護衛付き遊行」で、護衛隊長を務めていた男だ。


「仲間か?」


 護衛隊長はちらりとタンゴたちに目をやりながら、高杉に問いかけた。


「……はい」


 高杉はわずかに緊張を解き、小さく頷く。


「問題ない。知っている顔だ」


 護衛隊長は高杉たちに目を向けたまま、片手を軽く上げて仲間たちに剣を収めるよう合図を送った。


 男たちはその指示に従い、ようやく剣を引く。張りつめていた空気が、ふっと緩んだ。


「悪かったな」


 護衛隊長はそう詫びると、先ほどのような対応を取ったのは、残存者がプレイヤーに化けている可能性を否定できなかったためだと説明した。ここには、残存者を炙り出す魔法を使える者がいないらしい。


「こっちだ」


 護衛隊長に導かれ、高杉たちはほどなくして岩陰へと辿り着いた。そこには、三十人ほどの老若男女が身を寄せ合うようにして座っていた。


 先日、「護衛付き遊行」で共に旅をしたプレイヤーたちの姿も、高杉はその中に見つけることができた。


 *・*・*


 テレビの前に座ったままの高杉は、首筋に鈍い痛みと軽い頭痛を感じていた。口の中はひどく乾き、背中にはじっとりと汗が張りついている。


 部屋の照明はつけっぱなしだが、風に揺れるカーテンの隙間から、それよりも眩しい陽の光がときおり差し込んでいた。


 画面には「ディスクの読み込みに失敗しました。」というメッセージが、静かに表示されている。


 ふと、高杉は目覚まし時計に目をやった。針はすでに1時半を回っている。起き抜けのぼんやりした頭ではすぐに理解できなかったが、ほどなくして状況が飲み込めた。


「あれ……? えっ?」


 慌ててカーテンを開けると、眩しい太陽の光が部屋に降り注いできた。


 約17時間も「Seal of Time」の世界に没入していたという事実に愕然とする間もなく、高杉の携帯が鳴る。画面には、トーマスの名前が表示されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ