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The Virtual Detention  作者: 無一文
Chapter 2: The Kingdom of Flaen
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静寂の森

挿絵(By みてみん)


「何かあったのか?」


 穴の向こうから、トーマスが心配そうに顔を覗かせた。地下にいた彼には、先ほどの出来事が伝わっていなかったのだろう。


「何でもない。大丈夫だ」


 超短髪の男が短く答えると、トーマスは安堵したように頷いた。


「さあ、早く!」


 トーマスの手招きに応じて、超短髪の男がやや慎重に梯子を降りていく。それに続くのはチンピラ風の男。兵士が最後尾を請け負ったため、高杉はその後に続いた。


 暗がりの中、高杉は恐る恐る足を運ぶ。


 ようやく下までたどり着き、振り返ると──揺らめく油ランプの灯りが、細長い通路をぼんやりと浮かび上がらせていた。


 ここが、目指していた密輸用の地下トンネルだ。


 間もなくして、兵士も梯子を降りてきた。


 ──ポタリ。


 天井から落ちた冷たい水滴が、頬を打つ。


 地下トンネルは低く狭く、身長百六十五センチの高杉ですら腰をかがめなければ進めないほどだった。


 足元はところどころ泥濘んでおり、歩くたびに靴底がじわりと沈む。梁の代わりに渡された頭上の太い丸太には亀裂が走り、長い眠りを物語っている。


 そんな道を三十分ほど進んだ頃だろうか、足元がわずかに傾斜し始めた。天井も次第に低くなり、ついには膝をついて這うように進まねばならなくなった。


 湿った土壁は脆く、指で押せばほろりと崩れそうなほどだ。やがて、前方の闇の中に、ぽっかりと口を開けた狭い隙間が現れた。


 ──出口だ。


 地面とほぼ水平に開いたその穴は、大人がようやく這い出られるほどの狭さだった。そこから吹き込む冷たい夜風が、地下にこもった湿気をかき混ぜる。


 トーマスを先頭に、一人ずつ身体を押し出していく。細身の高杉は、比較的すんなりと抜け出すことができた。


 ──外は、月明かりに照らされた荒涼とした崖の縁だった。地面には木の根や雑草が広がり、見た限りでは最近使われた形跡はない。


 背後を振り返ると、出口は茂みに巧妙に隠されており、外からではまず気づかれることはないだろう。


 高杉は静かに身を起こし、遠くを見やった。


 ──戦場の喧騒が、かすかに響いている。


 闇の中、どこからか狼たちの遠吠えも聞こえてくる。どうやら魔族の巨兵が索敵しているらしい。やはり長居はできない。


「ここを下るしかない……」


 ほどなくして、兵士が指差したのは崖の斜面だった。とんでもない急斜面というわけではないが、かといって容易に降りられるような角度でもない。


「マジか……」


 チンピラ風の男が、ぼそりと呟く。登山経験のない高所恐怖症の高杉も、まったく同じ気持ちだった。


 *・*・*


 高杉は崖の縁に立ち、慎重に足を踏み出す。岩混じりの土は脆く、少しでも体重をかけすぎれば崩れ落ちそうだった。足先で感触を確かめながら、一歩、また一歩と慎重に斜面を下っていく。


 背後の密輸用トンネルはすでに闇に紛れ、その存在すら感じさせない。


「大丈夫か?」


 時折、先を行く超短髪の男が声をかけてくれる。その助けを借りながら、高杉とチンピラ風の男も、なんとか崖の下までたどり着いた。


 そこには──鬱蒼とした森が広がっていた。


 月明かりがわずかに差し込み、枝葉の揺れる影が波打っていた。風が枝を揺らし、ざわざわとした音が耳を満たす。


 敵の姿は見えないが、それがかえって不気味だった。息を殺し、足音を最小限に抑えながら、一行は森の奥へと進んでいく。


 ──それは、あまりにも唐突だった。


 最後尾の兵士が、かすかな呻き声を残して吹き飛ばされた。


「……!」


 振り返った高杉たちの目に飛び込んできたのは、恐ろしく巨大な影だった。


 目を凝らすと、それはまるでコディアックヒグマのように見えた。その影は、倒れた兵士に向かって容赦なく腕を振り下ろしている。


 最も近くにいた高杉は、恐怖で体が硬直し、地面に縫いつけられたかのように足が動かなかった。


「ショータ!」


 トーマスが咄嗟に高杉の腕をつかみ、自分の背後へと押しやる。その間も、兵士はなすすべもなく殴打され続けていた。


 高杉たちがじりじりと後退する中、超短髪の男が一歩、前へと踏み出した。同時に、足元に転がっていた三十センチほどの貧弱な木の枝を拾い上げる。


 すぐさま細い枝を払い落とし、右手で軽く振った、その刹那──


 枝はたちまち凍りつき、彼の手元で一メートルほどの氷刀へと姿を変えた。


「下がっていろ」


 超短髪の男の一声に従い、高杉たちはさらに後退した。


「おい!」


 高杉たちの動きを確認した超短髪の男が、獣の注意を引くように声を張り上げる。


 狙いどおり、獣は兵士への攻撃を止め、ゆっくりと体の向きを変えた。


 立ち上がったその巨体は、優に三メートルを超えている。


 獣は次の標的を見定めるように低く唸り、超短髪の男を鋭く睨みつけた。直後、地面を激しく踏みしめて猛然と突進する。


 それでも、超短髪の男は一切動じず、静かに間合いを測っていた。


 そして、獣がいよいよ目前に迫ったその瞬間──男は一瞬の隙を捉え、横へと身をかわしながら、疾風のごとく氷刀を振り下ろす。


「ズガァァン!」


 氷刀の先端から放たれた眩い閃光が獣の額を直撃。激しく痙攣した獣は、慣性のまま男の横をすり抜け、ついに膝を折って倒れ込んだ。


「グルァァァァ!」


 獣の悲鳴が夜の森に響き渡った。巨体を翻した獣は、木々に激しくぶつかりながら、慌てて森の奥へと逃げ去っていく。


 その姿が闇に消えると、超短髪の男はすぐさま兵士のもとへ駆け寄り、首元に指を当てて脈を確かめた。


「……くそっ」


 彼は短く吐き捨てると、静かに天を仰ぐ。


 どこまでも静寂の続く森に、フクロウの声だけがこだましていた。

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