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The Virtual Detention  作者: 無一文
Chapter 2: The Kingdom of Flaen
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鎚矛の一撃

挿絵(By みてみん)


「くそっ!」


 チンピラ風の男が声を荒げ、拳を地面に叩きつけた。トーマスは静かに目を閉じ、天を仰ぐ。


「おい、他に道はないのか!」


 超短髪の男が、肩を落とした兵士を問い詰める。これまで冷静沈着だった彼の表情にも、焦りの色が滲んでいた。


「さっき言っただろ。あの屋敷が“外へ出られる唯一の方法だ”と……」


 兵士は虚ろな目をしたまま、諦めたような口調で力なく答えた。その言葉に、超短髪の男はそれ以上何も言わなかった。


 沈黙の中、通りの向こうから避難者たちの悲痛な叫びだけが、絶え間なく流れる川のように響いてくる。


 チンピラ風の男は、雷鳴轟く城門の戦況をただ無言で見つめていた。高杉は俯いたまま両膝に手をつき、荒い息を整えている。


「……ちょっといいか」


 しばらくして、遠くを見つめながら沈思していたトーマスが口を開いた。途端に、皆の視線が彼に集まる。


「ここか、ティレン王国か……定かではないが」


 自信なさげな前置きをしながら、トーマスは続けた。


「他にも、トンネルがあるかもしれない」


 そう告げると、彼はその情報の出どころについて語り始めた。


 彼の話によれば──


 数年前、この世界からの脱出手段を探して、仲間たちと共に古文書や歴史書を読み漁っていたときのこと。


「かつて、〇〇王国の萬屋の地下には、国外へと通じる密輸用トンネルがあり、数十年前までは実際に使われていた──」


 そんな記述を目にしたことがあるという。


 トーマスはそれだけを伝え、話を締めくくった。しかし、誰も口を開かなかった。その書物の真偽を、誰も判断できなかったのだろう。


「……“ティレンの萬屋”って可能性もあるんだな?」


 やがて、超短髪の男が疑念を込めて問いかけた。トーマスは腕を組んだまま、黙って小さく頷く。


「……くそ」


 短く呟いた超短髪の男は、再び城門を見やる。煙は先ほどよりも濃く、激しく空へと立ち上っていた。


「賭けてみるか?」


 しばしの沈黙のあと、超短髪の男が皆を見渡し、低く問いかける。


 不確かな、都市伝説のような話だった。だが、この状況で他に選択肢はない。誰も何も言わず、ただ黙って頷いた。


「決まりだな……」


 超短髪の男が静かに呟いた。それを合図に、トーマスを先頭にして高杉たちは再び走り出した。


 *・*・*


 やがて高杉たちは邸宅街を抜けて、街の中心へと辿り着いた。


 避難を終えていない住民たちは、荷物を抱えて家から出入りしながらも、ときおり手を止め、城壁の上で繰り広げられる攻防を不安げに見上げていた。


 雷鳴が鳴り響く街には、まだ多くのプレイヤーも残っていた。


 その多くは状況をうまく飲み込めず、どうしてよいかわからず右往左往していた。その様子から、つい先ほどゲームの世界に戻ってきたばかりであることは明らかだった。


 よくよく考えれば、平日の通勤・通学の時間帯にログインできる者のほうが少ないのかもしれない。おそらく魔族は、そこを狙って襲撃を仕掛けてきたのだろう。


 高杉たちは萬屋を目指し、散乱する家財道具や横倒しになった馬車を縫うように進んでいく。


 次第に、舞い散る火の粉は濃さを増し、黒煙を上げる家々が目に入るようになった。華やかな噴水の水面には、揺らめく炎と、希望を失った人々の影が映り込んでいる。


 そして、城門近くの宿屋が集まるエリアに差しかかったとき──


 燃え盛る建物の前で何かを叫び続ける女性と、必死に消火を試みる人々の姿が目に飛び込んできた。


 プレイヤーと思しき若い男女三人が、両手から吹雪のような魔法を放っている。しかし、炎はそれを嘲笑うかのように勢いを増し、黒煙が空へと巻き上がっていく。


 祈るように叫んでいた女性が、一瞬こちらを振り向いた。炎に照らされたその顔を見て、高杉は思わず息をのむ。


 見覚えがある──フレン王国へ向かう「護衛付き遊行」で、亡くなった息子を探していると言っていた、あの夫妻の妻だった。彼女は、高杉には気付いていない。


 魔族の軍勢が城壁を突破するのは時間の問題。立ち止まっている余裕などない──それは高杉も分かっている。だが、疲労も重なり、高杉の足取りは見る見る鈍っていく。


 そのとき、背後から兵士の鋭い声が飛んだ。


「止まるな!」


 その言葉に、高杉はぐっと唇を噛みしめる。そして、何とか視線を前に戻し、再び走り出した。


 *・*・*


「あと少しだ!」


 トーマスが振り返り、高杉に声をかけた。


 どうやら、萬屋はもう目前のようだ。疲労困憊の高杉にも、かすかな希望の光が差し込んだ──その刹那。


 轟音が大気を震わせ、街全体を揺るがした。


 それは、ついに魔族の軍が城門を突破した音だった。


 分厚い鉄の門が悲鳴のような軋みを上げながらねじ曲がり、支えを失った蝶番ごと内側へ崩れ落ちる。鋼鉄が地面を叩きつけ、鈍い衝撃とともに火花が散った。土煙がもうもうと舞い上がり、焼けた鉄の匂いが鼻を突く。


 その隙間から、武装した魔族の兵たちが一斉になだれ込んできた。


 迎え撃つのは、百人ほどの王国の弓兵。城門から三十メートルほど離れた陣地から、突進してくる魔族めがけて次々に矢を放つ。


 鋭い矢は魔族の鎧の隙間を正確に貫き、巨体が次々と地面に崩れ落ちていく。


 しかし、それでも魔族の勢いは止まらなかった。倒れた者の影から、次なる巨兵たちが続々と現れる。盾を構え、前へ、前へと迫ってくる。


「退却!」


 鋭い声が響いた。王国の兵士たちは陣の維持を早々に諦め、退却を開始する。だが、一部の兵は逃げきれぬことを悟ったのか、剣を抜き、魔族の巨兵と正面から対峙した。


 巨兵が振るうハルバードが、兵士の盾ごと胴を薙ぎ払う。血飛沫が弧を描き、盾の残骸が鈍い音を立てて転がった。


「あああっ!」


 叫ぶ間もなく、別の兵士がメイスの一撃を食らう。重厚な鉄球が鎧を凹ませ、そのまま兵士を地面へと叩きつけた。石畳が砕け、土煙が巻き上がる。


 ──その頃、街の混乱も頂点に達していた。


 悲鳴が四方から響く。誰かが転び、誰かが踏みつけられる。逃げ惑う群衆が通りを埋め尽くし、押し合いへし合いながら、蜘蛛の子を散らすように狂乱の波が広がっていく。


 恐怖に駆られたプレイヤーたちが、高杉たちの行く手を幾度となく遮った。それでも高杉たちは、その奔流をかいくぐり、どうにか萬屋へと辿り着いた。

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