フレン国王
玉座の間はやはり、格式ある気配に満ちた広々とした空間だった。
天井を支える三方の大理石アプスは、華麗なビザンツ風モザイクと重厚な列柱で彩られ、窓から差し込む斜光が壁面の古典文様を淡く照らし出している。
中央には、黄金と深紅が見事に調和した絢爛豪華な玉座が据えられ、ノンプレイヤーキャラクターと思しき初老の男性が悠然と座していた。
彼こそが、フレン国王なのだろう。
その堂々たる佇まいは、この空間のすべてを支配していた。玉座の周囲には、王の最側近と見られる重臣たちが控えている。
「インプッターと名乗る人物と、その従者をお連れしました!」
先陣を切った兵士の声が、玉座の間に威勢よく響き渡る。彼は敬礼しつつ、硬い靴音を響かせて一歩前に出た。
続いて、高杉とトーマスも兵士に促され、王の前に並ばされた。
王は無言のまま高杉たちを見下ろし、報告を受け止める。
「苦労であった」
そう短く告げると、王はゆっくりと立ち上がった。金と赤を基調とした豪奢な衣装が光を受けて煌めき、その存在感をさらに際立たせている。
「そなたが、インプッターか」
王の冷徹な瞳が高杉を捉え、低く重々しい声が玉座の間に木霊した。
その視線に射抜かれるような感覚を覚えた高杉は、緊張のあまり身を硬くし、言葉を失った。
王はしばし高杉を見据えたのち、ふっと口角を吊り上げる。そして、ゆっくりと両腕を広げ、嘲るように言い放った。
「そうは見えんな……」
その声に呼応するように、重臣たちも薄笑いを浮かべ、同調の気配を見せる。王は彼らの反応に満足したように頷いた。
「だが、伝説では──」
そう言って、王の表情が一転する。やや険しさを帯びた顔つきで、彼は言葉を継いだ。
「そなたのような存在が、この世界を破滅に導くと聞いておる」
その一言で、場の空気は一気に緊張に包まれた。先ほどまで薄笑いを浮かべていた重臣たちも、わずかに姿勢を正す。
「誤解です!」
沈黙を破ったのは、トーマスだった。危機感に駆られた彼は、思わず声を張り上げた。
「この無礼者が!」
すぐさま、トーマスの傍らにいた兵士が怒声を浴びせる。同時に彼の肩を荒々しく掴み、その場に無理やり跪かせた。
王はその様子を眺めながら、どこか愉快そうに口元を歪める。そして、ゆっくりと片手を上げ、制止の合図を送った。
「まぁ、よい」
王の声は表面的には穏やかだったが、その表情には明らかな嘲りが浮かんでいた。ゆっくりと玉座に腰を下ろすと、顎に手を当て、まるで興味を抱いたかのように首を傾ける。
「陛下、この者なら……この者なら、世界を救えます!」
トーマスは必死に声を振り絞った。その一言一言に、切実な思いが滲んでいた。張り詰めた空気の中、その声は鮮やかに響き渡る──だが、その必死さが伝わっている様子は微塵もなかった。
言葉が熱を帯びるほどに、王はあからさまな嘲笑を浮かべ、肩をすくめて重臣たちを見渡す。「時間の無駄だったな」とでも言いたげなその態度に応じて、重臣たちも嘲笑を漏らした。
やがてトーマスの訴えが終わると、王は椅子の背にもたれたままゆっくりと立ち上がる。そして、両腕をこれ見よがしに広げてみせた。
その表情はまるで、「それだけか?」と問いかけているかのようだ。口元には軽蔑の気配が滲み、冷徹な瞳には一片の慈悲すらない。
「くだらぬ戯言だ」
王は冷たく吐き捨てるように言い放ち、即座に命じた。
「牢へ入れておけ」
兵士たちは無表情のまま、高杉たちを出口へと追いやる。トーマスは項垂れ、沈黙のまま歩き出した。
高杉は背筋が凍るような恐怖に襲われ、思わず身をすくめた。
*・*・*
兵士たちに背を押されながら、高杉たちは長い石の階段を下っていった。
上から差し込むわずかな明かりは、降りるにつれて遠ざかり、やがて闇に呑まれていく。壁に沿って張りついた湿気が肌にじっとりとまとわりつき、古びた苔の匂いが鼻を刺した。
最後の段を踏みしめた瞬間、視界が一気に開けた。
そこには、奥へと続く長い石の廊下があった。左右の壁には錆びた鉄製の燭台が打ちつけられ、松明の頼りない炎が揺れている。光と影が交錯し、歪んだ影法師が壁に長く伸びていた。
さらに進むと、やがて監房が並ぶ区画にたどり着いた。まず目に入ったのは、椅子に腰掛けた五十代と思しき牢番の姿だった。
「今日は大盛況だな」
彼はからかうような口調で先導する兵士に声をかけると、ゆっくりと腰を上げた。
入口近くの監房には、すでに二人の囚人が収容されているのが見える。どちらも三十代ほどのプレイヤーのようだった。
牢番は彼らに目もくれず、その隣の監房の前で足を止める。
「さてと。おまえさんたちには、ここに入ってもらおうか」
牢番は独り言のように呟くと、腰の鍵束から鉄鍵を一つ選び、錆びついた鍵穴に差し込む。扉は「ギイ」と重く軋む音を立てて開いた。
「入れ」
兵士の短い命令とともに、高杉たちは乱暴に監房へ押し込まれた。中は見た目以上に狭く、隅には鉄桶が無造作に転がっている。石壁には無数の傷跡が刻まれ、空気は湿り気を帯びた腐臭で満ちていた。
「ごゆっくり」
牢番は冗談めかしてそう言い放つと、乱暴に扉を閉めた。重い金属音が響き、鍵が回される。先ほどまでいた玉座の間の煌びやかな光景は、すでに遠い夢のようだった。
「……あんたら、何したんだ?」
しばらくして、隣の監房から声が漏れてきた。低く押し殺した声だ。
「まだ何も」
トーマスが素っ気なく返すと、少し間を置いて、「……だろうな」と応じる声が続いた。
その後も、隣の囚人たちがひそひそと囁き合うのが聞こえてくる。
「あいつ、どこかで見た顔だな……」
「たしか──」
そんな言葉の断片が、高杉の耳にぼんやりと届いた。
しばらくして、高杉はパン屋の店主ジムのことを思い出す。ここにはいないが、彼はどうなったのだろう。
「ジムさんは……?」
ぽつりと漏らした高杉の声に、虚ろな目で黙って壁を見つめていたトーマスが、ゆっくりと顔を向けた。
そして、静かに首を振る。薄暗い中でも、その顔から生気が失われているのがはっきりとわかった。
「すまない……本当に、すまない……」
やがて、トーマスが口にしたのは謝罪の言葉だった。それが高杉に向けてなのか、ジムに対してなのかは分からない。ただ、そう呟いたあと、彼は再び視線を壁へと戻した。




