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The Virtual Detention  作者: 無一文
Chapter 1: An Unexpected Turn
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呪われたゲーム

挿絵(By みてみん)


 6月の上旬、中学の修学旅行の2日目。事の始まりは、自由行動中の鈴木たちがリサイクルショップで「Seal of Time」という名のゲームソフトを入手したことだった。


 このゲームは10数年前、当時としては画期的なメタバースの先駆けとしてリリースされた。当初は、コアなゲーマー層を中心に支持されていたが、ある国民的アイドルが“沼落ち”を公言したことを機に、ライト層にも急速に浸透。いつしか、“社会現象”と呼ばれるまでの存在となった。


 しかし、発売から3年が経過した頃、ポリゴンショックを思わせる症状を訴えるインフルエンサーが相次ぎ、プレイヤーは次々と姿を消していった。やがて「呪いのゲーム」とまで揶揄されるようになり、今では都市伝説として語り継がれている──。


 その夜、鈴木たちが泊まる8畳ほどの部屋には、何人かのクラスメイトが興味本位で集まってきていた。鈴木たちと部屋が同じというだけで偶然居合わせた生徒もいる。


 時刻は、午後の10時過ぎ。


「こんなゲーム、子供騙しだろ?」


 田中は、ほのかな皮肉を含んだ口調で、余裕を漂わせている。女子たちの笑い声も響き、部屋の中は修学旅行らしい賑やかな雰囲気になっていた。


「おい、ビビってんじゃねぇよ」


 鈴木は、田中を軽くからかいながら、手に取ったディスクをゆっくりと読み込みトレイに差し込む。ディスクは内部に吸い込まれ、「カチャリ」という音が微かに響いた。


 すると、室内のざわめきは一転、緊張感を帯びた静寂に包まれた。どこかで、誰かが唾をゴクリと飲み込む音がした。


 そして、画面が静かに点灯した瞬間──まるで何かが部屋全体を飲み込むように、全員の意識がゆっくりと深い闇に沈んでいった。


 *・*・*


 しばらくして、田中たちはふと目を覚ました。


 ──ディスクの読み込みに失敗しました。


 テレビの画面には、そんなメッセージが表示されている。田中は何が起こったのか理解できず、ただぼんやりと画面を眺めていた。


 薄暗い部屋の中、上野は手元のスマホで時刻を確認する。すでに午前2時を回っていた。


「マジか!」


 上野をはじめとする女子3人は、慌てて部屋を飛び出していった。続いて、隣の部屋から来ていた男子たちも、慌ただしくその場を後にする。


 呆然とその様子を見送った田中たちは、しばらく互いの顔を見合わせていた。足の痺れをほぐすように屈伸をする者もいれば、あくびをしながら目をこする者もいる。


 テレビの前では、鈴木と佐藤が静かに眠っていた。


「何ともないよな……」


 ひとまず全員の無事を確認した田中たちは、眠っている2人を避けながら、布団を敷いた。そのまま電気を消して横になり、やがて夜が明けた。


「おい、朝だぞ!」


 異変が明らかになったのは、朝食の時間を迎えたときだった。


 田中が鈴木の肩を軽く揺さぶる。しかし、まるで深い眠りに囚われたかのように、微動だにしない。隣で眠る佐藤にも声を掛けたが、やはり反応はなかった。


「先生を呼んできて!」


 クラス内カースト上位の田中たちは、同室の吉田に指示を出した。渋々歩き出した吉田の背後から、「早くしろって!」と苛立ち混じりの声が響く。


「これ……どうする?」


 吉田を見送った直後、小林がふと気が付き、ゲーム機を指差した。ゲームの持ち込みは固く禁止されているため、発覚は避けなければならない。


 やがて、田中が何か言いたげに、高杉へと視線を送った──。


 その後、鈴木と佐藤は救急車で運ばれていった。田中たちは救急隊員や先生から様々な質問を受けたが、「消灯後、薄暗い部屋で点滅するアニメを見ていた」などと適当に答えてその場をしのいだ。


 *・*・*


 その日の午後6時半過ぎ、高杉の家のチャイムが突然鳴り響いた。モニターに映っていたのは上野と木下。


「田中くんの家に、5時集合だったよね?」


 ドアを開けた瞬間、木下の声が、焦りと苛立ちを帯びて高杉の耳に届いた。しかし、女子とほとんど話をしたことがない高杉は、緊張のあまり何も答えることができない。


 西の空に滲み始めた橙色が、穏やかに家々の屋根を染める。頬をかすめる風はまだ柔らかく、初夏の優しさをそっと伝えていた。


「ほらっ。だから言ったじゃん、夢だって」


 上野は木下をからかうが、木下はいたって真剣だ。


「高杉くん、神父さんの話覚えてるでしょ?」


 高杉はしばし考えた末、首を振る。正直なところ、何も思い出せなかった。神父の話はおろか、ゲームの世界に入った記憶すら曖昧だ。高杉が覚えているのは、点滅する画面と、どこか遠くから聞こえる女性の声だけだった。


「何も覚えてないの?」


 少し落胆した表情を浮かべる木下。それでもなお、なんとか信じてもらおうと、真剣な面持ちで高杉を見つめ、訴えるような眼差しで語り始めた。


 木下の話によると──


 昨日、あのゲームを起動した瞬間、部屋にいた全員がロールプレイングゲームの世界へ引きずり込まれた。


 最初のうちは、中世ヨーロッパ風の街並みに歓声を上げ、皆が観光気分でその異世界を楽しんでいた。だが、やがて興が冷めた鈴木を先頭に、男子6人は勇者気取りで雑木林へ足を踏み入れた。


 1時間ほどして戻ってきたのは、田中を含む4人だけだった。彼らは顔を引きつらせ、「見たこともない怪物に襲われた」と口々に語った。それからしばらく待ったが、鈴木と佐藤はついに姿を現さなかった。


 不安を募らせた9人は、ゲームの世界からの脱出を目指し、某ロールプレイングゲームのセオリーに従って教会へ向かった。


 道に迷いながらも、ようやくたどり着いた教会では、老神父が親切にログアウトの方法を教えてくれた。


 ただ、その別れ際に「ゲームを開始されてから24時間以内にこの世界へご帰還いただけませんと、極めて深刻な結果を招く恐れがございます」と、不穏な忠告を残したという──。


「だから、みんなで話し合って決めたんじゃん。本当に覚えてないの?」


 木下は少し語気を強めて高杉を見た。感情が高ぶっているのか、目がわずかに潤んでいるようにも見える。彼女の口調に嘘は感じられなかったが、内容そのものがどこか現実離れしており、高杉は言葉を失った。


「それでさっき、田中くんの家に行ったらさ……」


 木下は、どこか諦めを含んだような表情を浮かべつつ話を続けた──


 それは、つい先ほどのこと。時刻は午後5時前だった。木下が田中の家を訪ねると、そこにいたのは田中ひとり。しかも彼は約束をすっかり忘れており、「ゲーム機とソフトなら高杉に渡したよ」と、まるで他人事のように言い放った。


 困惑した木下は、昨日の出来事の真偽を確かめようと、参加者全員に連絡を取った。だが、誰ひとりとしてあの世界の記憶を持っておらず、ゲームへの再参加も頑なに拒んだ。


 彼らの説得を諦めた木下は、最後の望みを託して、高杉の近所に住む上野の案内でここへとやって来たのだという──。


 話し終えた木下は、諦めの滲んだため息をついた。その悲しげな表情を前に、高杉はどう返せばいいのか分からず、ただ沈黙するしかなかった。


 そんな中、それまで気怠そうにスマホをいじっていた上野が、ふと顔を上げて口を開いた。


「もういいじゃん。帰ろうよ」


 上野の反応に、木下は深いため息をつきながら眉間にシワを寄せた。そして、語気を強めて言い放つ。


「鈴木くんたちみたいに、なりたいの?」


「うちらは大丈夫だって。心配しすぎ」


 上野は飄々とした口ぶりで応じる。木下の言葉をまるで冗談のように受け取っているようだった。


 その後も、木下が上野を説得する展開が続いた。


 木下と上野の話に割って入ることもできず、居た堪れなくなった高杉は、ゲーム機を取りに行く口実で、その場を後にする。


 しばらくして、高杉がゲーム機とソフトを手に戻ると、根負けした上野も、渋々ゲームに参加することとなっていた。


「これ……」


 これ以上この怪しげなゲームに関わりたくない高杉は、ゲーム機を木下と上野に手渡そうとした。だが、2人とも受け取る気配を見せない。それどころか、話の流れは高杉の家でゲームをする方向へと進んでいった。


 観念した高杉は、仕方なく2人を自室へと案内する。


「今日か明日には、俺も病院送りだな」


 心の中でぼやきつつ、高杉は押し入れに隠していた大人が嗜むDVDたちを思い出していた。しかし、2人がいる以上、もはや処分することはできない。「本当についてない人生だったな」と嘆きながら、吸い込まれていくディスクを見届ける。


 気がつくと、時刻はすでに午後8時を回っていた。どうやら何事もなく戻ってこられたようだ。高杉は安堵し、胸を撫で下ろした。


 翌日の夕方、再び木下と上野が高杉の家を訪ねてきた。2人の話によると、昨日参加しなかった田中たち6人は、鈴木たちと同じように意識不明で搬送されたという。やはり、あの「24時間ルール」は本当だったらしい。


 *・*・*


 修学旅行から戻り、初めての登校日を迎えたが、鈴木たち8人は学校に姿を見せなかった。鈴木と山本以外は全員が意識を取り戻しているものの、まだ体調が万全ではなく、自宅で療養を続けているという。


 学校ではいつも通り過ごそうとした高杉たちだったが、「違法薬物でもやっていたのではないか」という噂が早くも広まり、クラスメイトから質問攻めに遭ってしまう。


 放課後、先生たちからも詳しい事情を聞かれた3人は、「あの夜はただ薄暗い部屋で点滅するアニメを見ていただけだ」と口を揃えて答えた。


 その日から、学校帰りに高杉の家に集まり、午後4時から6時までゲームをする生活が始まった。木下と上野は部活を休んでまで参加している。


 そして、何日かゲームを続けるうちに、次第にいくつかの事実が明らかになってきた。


 まず、ゲームの世界の記憶を唯一持ち帰れる木下でも、現実世界の記憶をゲームに持ち込むことはできないこと。逆に、ゲームの世界の記憶をすっかり忘れてしまう高杉は、現実世界の記憶をゲームに持ち込めるということ。


 そのため、ゲーム内の情報は木下から高杉と上野に伝わるが、現実世界の情報は高杉から2人へ伝えられているらしい。

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