#7.伝えられない思い
※一部修正
「夢……ではなかったようじゃな」
暖かな朝日が瞼を優しく撫で、闇に閉ざされていた視界を暖色へと染め上げる。一途の思いで開眼するがその景色は昨日と変わりなく、複雑に絡み合い多少の湿気を持つ黄金色の繊維はその朝日を反射し神々しく輝いていた。
しかし、その神秘的な景色は現在の凛音にとっては絶望の象徴であった。
重くなった体と心を引きずり、一階に降りるとエプロンを着けた姉、『奏音が朝食の準備をしていた。今日も食卓には見栄えが良く栄養バランスがしっかりと考えられた健康的な食事が用意されている。
「おはよう! 凛音! ご飯できてるよ~」
誰よりも遅く就寝し誰よりも早く起床しているのにこの笑顔と料理の出来栄え。長年この習慣を繰り返していることが見てわかる。やはり母親を早くに失っているのだろうか。
凛音が席に着くと姉は凛音の分のパンが添えられた皿を綺麗に盛り付けられたレタスとトマト、オムレツと共に差し出した。トマトとレタスに付着した水滴が自然由来の新鮮さを強調していた。向かいの席には既に食べ終えた形跡があった。恐らくは兄だろう。
「兄はどこへいったの?」
そんな凛音の何気ない問いに奏音は魁人の食器をキッチンへ運び、残っていた飲み物を飲み干した後にこちらに視線を向けずに答えた。
「あぁ、魁人ならギルドに行ったわよ」
「ギルド?」
生前に聞いたことがある。国の郊外に広がる広大な自然には薬草や鉱石などの物資や様々な魔物が生息している。ギルドに所属している人間はそんな魔物を狩ったり、薬草や鉱石などの物資を集めたりすることで『クエスト』をこなすのだ。クエストの達成報酬で生計を立てている者も少なくない。しかし、高難易度のクエストは通常のクエストに比べ報酬が高い。そのため実力に合っていないクエストを受注し命を落とすものが多く『ランク』が制定されたとか。
また、国や学園と協力し、『派遣』といった形で国内外での戦闘や研究、救出活動をしている。国や学園とは異なる一つの戦力だ。
「凛音も行ってみれば? その実はね……」
奏音は洗い物を放置しタオルで手に付着した水分を取り除き、何やら神妙な表情で凛音の隣の席に腰をかけた。
「凛音は覚えてるか分からないけど、あなた休日はギルドでお金稼いでそれでね……」
突然の言葉の詰まりに凛音は違和感を感じ、オムレツを口に含んだまま奏音の方を向くとそこには想いに耽る女性がいた。凛音がその表情を訝しみ固まっていると奏音は手を伸ばし、細く色白い女性特有の繊細な手で凛音の眼前まで伸びた前髪をかきわける。その行動に特段意味はなく、まるで自身の大切なものとの触覚を自身に再び銘記しているようだ。その表情は悲しみと寂しさに支配されていた。
「……もしよかったら何か思い出すかもだからギルドに行ってみて」
大切な家族が記憶を無くしてしまい共に過ごした時間を全て忘れてしまったとなったらどう思うだろうか。喪失感、寂しさ。推し量ることが出来ない程の感情や思いがあるだろう。
出来なかった。 騙しているという罪悪感に襲われたが、ワシには
「もうお主の大切な妹は居ない」
この一言を伝えることは出来なかった。
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