#6.元剣聖は鏡で何を見る?
真実を伝えられぬ自身の弱さに反省の念を引きずりながらも、姉に促されるまま風呂場へと向かった。
御者の言葉に乗っかりノリで適当に身につけた衣類の着脱に苦戦する。少々の苛立ちを見せつつ、強引にその衣類を脱ぎ捨てた。
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木の床に触れる足裏が少し冷たくて心地よい。浴室も部屋と同じく木を基調としておりその空間には自然由来の温かい香りと肌触りの良さがあった。浴槽も木目がくっきりとした木材が使用されており、張られたお湯は入浴剤によって底が見通せない程の白色に染まっていた。
髪と体を洗うため、シャワーの元へ向かうと湯気で曇った鏡があることに気付いた。浴槽の傍らに置いてあった桶に浴槽のお湯を汲み鏡にかけた。ここでワシは自分の全貌と初対面することになった。腰まである光沢を放つ黄金色の髪、鋭い眼光を放つ眼、艶やかで張りのある肌。何もかもが前世のヨボヨボガリガリの体とは異なっていた。おまけに掌から零れ落ちるほどに発達した胸部の膨らみ。少女の入浴を覗いているような感覚に陥り自然と目を反らす。
温かな水が頭上から降り注ぎ、長い髪をしっとりと濡らす。
「シャンプーは……どれじゃ?」
これといった記載がなく数ある容器の中から無作為に選びその容器のポンプを軽く押すとシャンプーでは無いクリームのようなものが出てくる。
「これは……化粧品かのぅ?」
明らかにシャンプーでは無いためシャワーから出た流水で流す。もう一度別のものを押すと液体状のものが掌を走る。
「これじゃ!」
長い髪の根元から優しく揉み込むように洗うと、ほのかな香りがふんわりと広がった。指先で丁寧に頭皮をマッサージしながら、ストレスや疲れを洗い流すように、心地よいリズムで髪を洗い上げていく。
「こ、こんな感じかのぅ?」
髪の毛の先端の方の洗い方は想像が着かず不器用ではあるが何とか泡を付け扱く。
続いてボディソープを手に取り、たっぷりと泡立てた。ボディーソープはボディータオルと共に置かれていたため一撃で正答した。
手のひらに広がる泡をボディータオルに乗せ全身に滑らせながら、優しく撫でるように洗う。細かな泡が肌を包み込み、湯気と混ざり合い肌から立ち上る香りに包まれていた。腕、背中、足へと丁寧に泡だらけになっていった。
「スベスベじゃのぅ」
泡を纏った凛音の肌は赤子の様に張りと水分があった。胸部を洗う際、不可抗力ではあるが手が触れる度に更なる探求心と興奮に襲われかけたが自慢の精神力で堪えた。
シャワーの水で泡をしっかりと流し終え浴槽に向かおうとしたその時、唐突に凛音の足元が氷のように摩擦を失った。
「ひゃっ」
背中から盛大に転んでしまい、その衝撃は家中に響き渡った。先程シャワーで流したクリームのようなものが浴室の床に広がっていまっていたようだ。「いてて……」と腰を擦りながらも浴槽へ片足を浸ける。
その衝撃を聞きつけた姉が風呂場に駆けつける。
「ちょっ、凛音!? 今の何!? 大丈夫?」
「だ、だっだっだ大丈夫!」
「そ、そう……?」
足に痒さが走るが我慢し、そのまま身を沈める、すると体の芯まで温もりが染み渡り一日の出来事によって生じた疲れが染み出していくような感覚に陥った。流れ出るお湯の音がまるで川のせせらぎのように聞こえ心地よく、心の奥底に静かに染み渡るようだった。
豊満な胸部の膨らみは意識に反し、冷く湿った空気に晒される。
(これ……お湯に浮くんじゃなぁ……)
そんなことを考えていると一つの欲望が凛音の頭を過った。
それは七十六歳とは言えど元男として当然の欲求だった。
触ってみたい。大きく膨らんでいるものの張りと艶がありクッションのように柔らかそうに見える。
周りを見渡すが人の気配はない。まぁ、居るわけがなのだが一応の確認というものだ。そしてりんねは……自身の高級クッションを両手で鷲掴みにする。その張りに反し両手は吸い込まれる。
「えぇ……なんじゃ? 心地よい感触じゃのぅ」
思わず声が漏れる。そしてこの情景はどこか懐かしく感じた。
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「佳鈴ちゃん本当に女の子? あたしには男の子に見えるなぁ」
「はぁ? あんたも変わらないでしょ?」
「なんだと~!」 「この~!!」
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「状況が落ち着いたら城に行ってみるとするかのぅ」
その懐かしさは国防の要を共に務めていた同僚達『師走」のよって感じさせられたものだった。
入浴の時間はこれでに起きたことやこれからの不安を忘れ、リラックスできる瞬間だった。
入口付近に掛けてあった清潔感のある白いタオルで髪と体を優しく拭きとる。髪から滴る水が、タオルに吸い込まれて消えていく。タオルの柔らかさが肌に心地よく、全身を包み込む温もりが、一日の疲れを解す。
「ふ〜極楽じゃったのぅ。む!?」
扉の前には『あなたの着替えはこれですよ』と言わんばかりに下着とナイトウェアが畳まれていた。下着は過激なものでは無く優しい空色をした一般的な女性用のものだ。正面にはワンポイントのリボンが付いている。
そして問題は”コレ”だ。寝るときに付けない人もいると聞いたこともあるしっきっと着けなくても……。大丈夫じゃ!バレないバレない。
このナイトウェアもようわからんのぅ。適当に被って着ればいいかのぅ。
面倒くさいことから目を背けリビングへと戻ると姉が驚いた表情を向ける。
「ちょ、凛音!? 髪乾かさないと! あんたびちょびちょじゃない!」
その言葉に自身の歩んだ道を振り向き見返すと水滴の後が刻まれていた。
「それに服も着れてないし。しかも……とにかく! 脱衣所にもう一度行きましょ!」
(この長さの髪を乾かす……? 服もこれじゃ着れてないのか……?)
これによってワシが七十六歳のボディが恋しくなったのは言うまでもない。
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