#2.少女の剣術は?
鞘に納めたままの刀を携え、凛音は御者台に立ち上がり盗賊のような姿をした三人組を見下ろした。一見、戦闘とは対極の位置に存在する少女はその風貌に反し、歴戦の英雄にような独特な圧を放つ。
太陽光を反射し黄金色に輝く髪は一枚のローブと共に微風に揺られ、凛音の美貌と妖艶さを際立たせていた。太陽下に晒され更なる光沢を手に入れた右眼は瞳孔がより強調され、凛音の視線をまるで狩りをする獣のようにどこか鋭く冷徹な物へと変換している。
「な、なんだ女。俺らとやりあうっていうのか?」
その冷徹な眼力に男達の言葉が弱々しくなる。しかし同時に彼は戦闘態勢に入り、一人が腰に携えていた小刀を引き抜いた。そして、『兄貴』と呼ばれたリーダーのような男は縄にクナイのようなものがついている武器を取り出し構えた。
一方、凛音は自身の体に少々の驚きを感じていた。見た目十二、十三程の少女に刀を扱える筋力があるとは考えられなかった。しかし、荷台の刀を持ち上げると驚くことに刀を振るう力の余裕を残したまま持ち上げることができたのだ。筋肉の付き方からこの少女は生前『剣術』をやっていただろうと確信する。
剣の知識において『剣聖』の称号を持つ者の右に出る者はいない。それ故に『剣聖』は見抜いたのだ。
(これならば……)
小さな掌には剣をやり続けたものによく現れる豆のようなものが点在していた。この少女には何か特別な『使命』、『力』が宿っていたかもしれぬという思案と共に勝ちを確信した凛音は脱力し、腰を落とす。
「お前ら来――――」
盗賊三人衆のリーダー格が言葉を放ち終える前に凛音は雷撃のような音と共に残像を残し、踏み込みを見せる。強力な凛音の踏み込みにより積荷が数センチ後方へ動き、馬が驚きの悲鳴を上げる。馬に傷害を与えることなくその間隙をすり抜け敵の元へと距離を詰めた。
リーダー格の『兄貴』と呼ばれていた男との間合いを一瞬でゼロにする。凛音の着地は大きな衝撃を地に与え、その衝撃は地を大きく揺るがし旋風を生じ砂埃が舞い凛音とリーダー格の動向を周囲から遮断した。
「この小娘が! なんて速――――ぐふっ!!」
命を奪うほどでもないと判断した凛音は鞘に納めたままの真剣を下から男の顎に向け打ち上げる。同じ筋力量であってもその筋肉の使い方で出力される『力』が異なる。一見、ただの美少女に見える凛音の筋肉へのインパルスの主動を持つのは戦闘経験豊富な『元剣聖』だ。その筋肉量に左右されることなく大人以上の力を容易に出力できるのだ。元剣聖の軽い一撃は男の顎を簡単に砕き致命傷を与えた。
(攻撃の最中、『何か』が空中へ舞ったような気がしたが気のせいかのぅ? まさか……こやつの能力!?)
周りを警戒したが自身に対する攻撃を感じることが出来なかったため、気のせいである。と片づけた。能力をこの男が発動していたとて、この状態では、まともな出力と火力を出すことはできないだろう。
「まさかワシがこんなにも速く動けるとは思わなかったじゃろう?」
悪戯的な笑みを貼り付け微笑む少女は九割の魅惑的な華やかさと一割の生意気さで構成されていた。
「あ、はかな……!! こんあ、小娘か――」
顎の制御を失った男はみっともない遺言を残し、意識を飛ばした。巻き起こった旋風のせいだろうか。なんだか、涼しいというかスース―する。
砂埃が収まると二人の男は尊敬の対象である男が少女に顎を砕かれたという事実に衝撃を受け「兄貴ぃぃ!!」と叫んでいた。そして、傍らに立っていたワシの姿を見るなり指を差し口をパクパクさせていた。
「あ、兄貴が痴女にやられたーー!!」
『痴女』という言葉を心外に思い体をを見下ろすと見事にローブが脱げ、ありのままの姿を男達に晒していた。
「ぬっ!? ワシのローブは一体何処へ!?」
そのとき、狙ったかのように先ほどの旋風によって宙へと放たれたローブが凛音の頭目掛けて被さり、視界と腕の自由を奪った。
「な、なんじゃこれはっ!? さては能力じゃな! お主ら! 御者を襲う前にまずはワシと戦えぇ!」
先ほどの規格外な身体能力からは想像も付かないような仕草に皆、幼児を見守るようなほのぼのとした視線を向ける。
(((か、かわいい……)))
見惚れていた盗賊の残党二人組は、正気を取り戻し『兄貴』と呼ばれていた男を担ぎ、『ち、痴女め! 覚えていろよ~!』と顔を紅くし捨て台詞を吐き森の奥へと消えていった。
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「助けてくれてありがとう。流石は霊峰学園の生徒さんだ」
『霊峰学園』この名に聞き覚えがある。実力主義であり利害の一致が認められる場合を除き、国の権力による施行が叶わぬ学園だ。実力主義というだけあって生徒のレベルは最も高い。
しかし、水面下に映る揺らいでいた自分と身長の観点から学園生というのは少し幼く感じてしまう風貌であったように感じてしまった。『実力主義』から飛び級制度が認められている可能性もあるのだが。
「ははは……まあまあ」
気まずいが自身の置かれている状況が不透明なので当たり障りのないように返事をする。度々浮上する情報がワシのいた世界と一致しているため、この世界は同様のものであると再び確信する。
「凄いよね~その年齢で霊峰学園一回生だなんて。クラスメイトはお兄さんお姉さんばっかかい?」
この子供扱い……気に食わぬのう。堪えたものの不満は着実に水面へと近づいていた。
「そういえば、小さいころ剣聖様に助けてもらったって本当ですか?」
もしかしたら彼のことを覚えているかもしれない。そんな希望を胸に話題を出すと、御者は眼を光らせ、鼻息を荒くし、荷台の方へと顔を向けた。
「…………?」
「よおおおおおくぞ聞いてくれた!!」
「!?」
そのテンションの変わりように驚きを隠せなかったが、彼は止まることを知らずにその出来事を語りだす。まるで自身の武勇伝のように。
「そう、あれは俺がまだ五つくらいのころ――――」
「……」
「そんな絶対絶命のときに!! 白髪を靡かせた剣聖様が――――」
「…………」
「それはもう華麗な剣捌きで――――」
「………………」
「いや~俺はやっぱね――――」
(いつまで続くんじゃああああ!!!!!!!!!!)
無理やり言葉を被せ、会話に終止符を打つことにした。あまりに長かったが、ワシの人生の中での数分の出来事が一人の人間にここまで大きなものを与えたという事実が少しくすぐったく感じ照れていると『なんで凛音ちゃんが照れてるのよ』と的確に急所を付かれてしまった。
そんなやり取りを続け、少し空気が解れた頃に御者が咳払いと共に言葉を詰まらせながら話を始めた。
「そ、その、凛音ちゃん?」
「なんじゃ?」
「その~じゃってのも気になるけどその前に、その~、荷台にある服とか着ていいよ」
じじい語が咄嗟に出るのは改善していきたいところじゃのぅ……。
商品を勝手に頂くのは申し訳ない。といった旨を伝える前に御者の言葉が発せられた。
「その、凛音ちゃんはとっても可愛いからさ、その格好でいられるのは、ちょっと……ね? 目のやり場に困るっていうか……。これから街に入るわけだし」
改めて自分の恰好を確認するとローブ一枚という年頃の少女に有るまじき姿であった。
(これは……アウトじゃのう)
お言葉に甘え荷台を物色させてもらうことにした。とはいえ、女性物の服や下着についての知識は皆無。どうするかのぅ……。
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「こ、これでどう……?」
翡翠の光を帯びた青色を基調としたワンピースの中には肩を軽く露出したブラウスが仕込まれており、上品さを出していた。スカート部分は一部白色が露出しており、ワンポイントのブラウンのベルトが二つほどその間に掛けていた。
「……可愛い。とっても似合っているよ」
黄金色に輝くきめ細かな繊維は風に靡き、瞳に付着する。髪繊維によって片目を閉じる凛音はオッドアイ特有の魅力が出ていた。老若男女を引き寄せるその美貌はまさに天使そのものだった。
一方、凛音はそんな魅力などに気づくことはなく下着に直接当たる冷たい空気が落ち着かず、無意識に裾を手繰り寄せていた。
(何故ワシがこんな目に……)
初々しい恥じらいが凛音の美貌を底上げしていたことは言うまでもない。
「のぅ……」
心地よい振動と微風に意識の底に沈んでいた睡魔が牙をむく。睡魔は凛音の瞼を岩のように重くし、頭は一定のリズムで前後した。少女が睡魔に抗う絵は自然豊かな当たりの景色と調和し、一つの芸術作品のように美しかった。
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「着いたよ。凛音ちゃん。改めてだけど助けてくれてありがとう。またお礼するね」
目を擦り、伸びをする。空はまるで炎のように燃え広がり、徐々に淡い紫色へと染め上げられていた。木々の影が長く伸び、少しばかりひんやりと湿った空気が頬を掠める。眠っていたからだろうか、少し肌寒く感じながらも体を起こし周りを見渡すとそこは街灯が灯り始めた街中だった。
ゆりかごのように心地よい振動と子守歌のように囁く微風によっていつの間にか眠りに落ちていたようだ。
そしてワシは御者に礼を述べ、自宅へと通ずる扉に手を掛けた。
両親はどのような人なのだろうか?兄弟は?本当にここで合ってるのだろうか?そんな不安を押し切りワシは他人の家へ訪問するように丁寧に扉を開き、家の中へと体を進めた。
第2話~! この肉体でも剣聖の強さは健在! この扉の先に新しい出会いが……!? 少女の自室には不思議な紙切れが……?
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