#1.あの少女の名は?
改変 2024/12/20
ルビあり凛音→柊入り後
ルビなし凛音→柊入り前
「ん……んん」
そこは冷たい土壌の上だった。周りには木々が生え、枝木が複雑に絡み合い緑の葉の隙間から少量の光が差し込み柊の瞼を優しく撫でる。辺りからは鳥の囀りや小さな獣が草木の中を移動する音、そして雫が池に落ちる音が響いており、梢から漏れ出る光の刺激に反しその心地よさから再び眠りに誘われそうになった。
ぼんやりと頭に霞がかかったように感じていた。まるで、自分が自分でないような寝ぼけている感覚だ。体を起こし、目を擦ると視界が段々と輪郭を帯びていった。
そこは見覚えのない森林だった。しかし、何やら不思議な光を帯びている。まるで胞子のような不規則で形の定まらない粒子がフワフワと辺りを舞っている。粒子は森を神聖な場所のように飾っている。
そんな光に気を向けていると、ふと我に返った。自分が死んだということを思い出したのだ。死人がこのように肉体を得るという話は聞いたことがない。つまり――――ここは『天国』だろうか。そう結論づけた。
意識が水面上に上がってきたという感覚と共に『ある記憶』が蘇る。そう、先ほど見た少女の光景だ。顎に手を当て思考の樹海へと足を踏み入れる。すると輪郭ははっきりとしないものの、少女の特徴と情景が浮かび上がってきた。
黄金色の髪、同様の瞳、薄暗く重い液体で満たされたような空間。あの少女は一体……。とりあえず辺りを散策するため立ち上がる。そして天国(仮)での第一歩を――――。
「ふぎゃっ!!」
……踏み外してしまった。日常的な営みである『歩行』を普段通り行ってみたのだが、歩幅が合わないというかなんというか夢の中にいるような感覚だ。
だが、痛みに勝った違和感があった。それは歩幅――ではなくどこからか発せられた風鈴のように響くなんとも可愛らしい声だ。周りを見渡すが人影はない。消去法的にこの声の主は自分という結論に至った。風邪でも引いたのだろうか。将又、天使になってしまったのだろうか。そんなことを思案し、喉仏に手をかざした。すると喉仏は平坦になっており、確信はないが何か感覚に違和感がある。
違和感の次に痛みを確認するためにその源である足を確認する。自分の体を見下ろすと身に覚えのない一枚のローブを羽織っていた。これは天使の衣装?なのだろうか。痛みを感じるとはなんと期待外れな天国じゃ……と落胆しながらも患部を確認するため身を屈めると、突風が吹き体が大きく揺さぶられる。
次の瞬間、風に揺られローブが開け、雪のように透き通った肌が露出する。
「なん……じゃと……」
その眼に映ったのは自分の肉体とは思えない体型だった。爪先が確認できない程に膨らみが視線を支配する。太陽光を反射する程の艶を有する黄金色の髪。細い腕。体型はまるで年頃の少女のようだった。腰まで伸びた髪の毛は、微風に揺られ優しく踊るたびに花のような甘い香りを漂わせた。
「これは……ワシの体なのか?」
急ぎ、近くに揺らいでいた水面に向かう。覗き込むとそこには黄金色の髪を持ち紅色の眼と黄金色の眼を合わせ持つ、所謂『オッドアイ』というものだ。水面に映る美少女は柊の一挙手一投足を完全に模倣する。それは『この少女は柊である』という事象を決定付けていた。
柊は未だに夢または天国なのでは? という思考から抜け出すことができなかった。その理由は髪色にあった。『黄金色の髪』というのは数多く存在する髪色の中で最も珍しく、最も美しいのだ。
母数が少ないのもあるのが『ワシがいた世界』では黄金色に髪色を染めることができる素材が存在しなかったのだ。似たような色を開発し、ビジネスを始めたものもいたが上手く着色しないことや、長続きしないことが起因し時間と共にその手のビジネスは姿を消していった。
それ故に黄金色の髪は『天使の髪』、『聖女の証』とまで謳われ、一部の層からは不思議な力が宿る……といった噂も。
果たしてこの世界は別世界なのだろうか。それともやはり天国?
「う~~~~む」
自分の可愛らしい声に慣れず、やはり声の主が他にいるのではないかと周りを見渡す……がそこに人影はなかった。しかし、声色に聞き覚えがある。間違いないこの声はあの空間で出会った少女のものだ。それに気づいた瞬間、不確定であった彼女の風貌が実線へと変わった。『力を貸して』などと言っておったような? 一体なんのことじゃろうか。考察するにこの肉体は間違いなく少女のものだろう。
しかし、『力を貸して』とは? なんのことじゃろうか。
「うーーむ」と再び顎に手を当て思考を巡らせていると、森の奥から蹄鉄の金属の擦れる音と馬の地を駆ける振動と音が地面に伝わっていった。馬車は柊のいる池のすぐ横にある気持ちばかり整えられた道を通り、覗き込み反射する自分と睨めっこしていた柊の元を通過すると少し進んだのちに停止した。
荷台には食材や刀が積まれている。街から街へと物資や商品を運ぶ運搬者だろうか? そんなことを振り返り考えていると御者席から立派な髭を蓄えた膨よかな男性が降りてきて柊の元へ歩み寄ってきた。
最初は警戒の意思を見せた柊だが、その一声でその警戒心は無駄なものとなった。
「凛音ちゃん? こんなところで何をしているんだい? お姉さんに良くしてもらっているし、もし良かったら家まで送っていくよ」
む? 凛音? この少女は元々存在した人間というのか? そうなるならばあの謎の空間で会った少女は『凛音』であり、ワシの力が必要だったため、この肉体を預け……うーむ。どうも納得がいかんのぅ。ワシはもうこの世を去った身じゃ。剣聖といえど人間であることに変わりはない。そんなワシが再び生を受けるなどおかしな話じゃ。
明後日の方向を向き、顎に手を当て考えに耽る少女に御者は「あの〜? 大丈夫?」と声をかける。そして柊は我に返り急ぎ返答を済ませる。
「あ、お願いするかのぅ」
「か、かのぅ?」
ま、まずい。まだこの世界がのことが何も分からぬ故、中身が七十六歳のじじいとバレるのは何かと都合が悪い。気をつけなければ。
「な、なんでもないです。お願いします」
御者はワシの眼を見るなり少し訝しむ様子を見せた。
「どうかしましたか?」
すると御者は首を傾げワシの左眼を指さし疑問を吐露した。
「凛音ちゃんってオッドアイだったっけ? 両目とも黄金色じゃなかった?」
「え、元々ですよ!」
恐らくワシの魂が入ったことで左眼が紅色になっているのではなかろうか。ワシは生前、白髪、紅眼であった。その形質が受け継がれているやもしれん。髪色や右眼が黄金色ということと辻褄は合わないわけじゃが。
荷台に乗り、腰を下ろす。そんな凛音を御者は確認し馬車が進む。すると間もなくして御者との世間話が始まる。姉と御者の話や物資を積んだ街での出来事など大半のことは分からなかったため、なんとか流した。しかし、一部ワシの知っているような情報をあった。ここはもといた世界なのだろうか。
「この前亡くなった剣聖様に私も小さい頃、命を救って頂いてね。とても残念に感じているよ」
む……? この前亡くなった剣聖?
「ねぇ、今日は西暦何年の何月何日?」
ワシがそう問うと「詳しく聞くなぁ~」といいながら御者は『スマホ?』だとかいった電子機器を取り出す。
「ん~と、1556年2月10日だな」
ワシが亡くなった六日後……!? この西暦、少しばかり聞いた国の話。間違いない。ここはワシが元居た世界じゃ。この考察を確信に持っていく質問を御者へ飛ばそうとした瞬間――――。
「ねぇ、その剣聖の名前って――――きゃあっ!?」
突然馬車が停止し、積荷とともに身が前方に投げられた。怪我などはないものの元剣聖とは思えぬ情けない声に頬を赤らめながらも体制を戻し御者席へと近づき外の様子を確認する。
「な、なんじゃ……?」
咄嗟に七十六歳のじじい語が出るが御者は前方を見つめ、苦難の表情を浮かべていた。
前方に視線をやるとそこには如何にも盗賊のような三人の男が道を塞いでいた。
「ここを通りたきゃ、積荷を全部置いていきな!!」
「兄貴! 珍しい髪色の女が乗っているっすよ!!」
「うーむ……黄金色か……。おい、そこの御者。積み荷とその女を置いて去れ」
この状況は……まずいのぅ。装備から見ても奴らはかなり戦いに慣れている。加えて、幼い少女の肉体でこの御者を守りながら戦えるかどうか怪しい。
……やるしかない。
『剣聖 凛音』は荷台にあった刀に手を添えた。
叙述、瞳の色、設定、行動、キャラデザ、タイトルを改変