13話
部屋が光に包まれ、次に目を開けたときには別の場所にいた。
「ここは……」
「ここは仮想世界【夢幻】。我々の一族専用の闘技場です」
仮想世界【夢幻】
それは三代目執行官が創り上げた時の流れが十倍の世界。
現世の1秒がここでは10秒になる。
創った理由は誰にもバレず、効率弟子に鍛錬をする場所を確保するため。
初代、二代目は現実で鍛錬をしていたのだが、場所を確保が非常に難しかった。
それを解消するために三代目が創り上げた場所が仮想世界【夢幻】だ。
最初は真っ白で平らな場所しかなかったのだが、代々改良を重ねていき、今では環境、地形をいじることができるようになっている。
システムとしては触っていた石柱がその人の魔力でその人のアバターを【夢幻】に創る。
武器は樽に入っているものをコピーして持ってきている。
ちなみにアバターといっても痛みはある。
「御二方。手を広げて【召喚】と言ってください」
二人は言われた通り、とりあえず言ってみる。
「さもん?」
「さ、さもん?」
すると、二人の手元に先程樽に入れておいた武器が現れる。
「おお〜!」
「これすごいね!」
バーグもすでに手元に自分の武器を召喚している。
バーグの武器はクリストフと同じく刀。
銘は氷刃。
鞘は真っ白で、よく見るとわずかに蒼く輝いている。
リアとルアはそれぞれが気に入った魔杖を持ってきている。
リアは身長と同じくらいの大きさの錫杖の魔杖で、ルアはかなり特殊な魔杖だ。
リアの錫杖はクリストフが見た目がかっこいい魔杖がほしいという理由で作ったものだが、性能もかなり良い。
雷魔法に特化した形で作られたものであるため、リアにはピッタリの魔杖だろう。
欠点といえば、動かすたびにシャンシャン音が鳴るところだ。
ルアの魔杖は柄ほどの大きさで、魔法のサポートをするものとしても使え、更には魔力剣にすることもできる。
魔力剣の特徴はいつでも好きなサイズに変えられるという点。
魔力剣については存在自体は知られてはいるが、実用段階にはまだ至っておらず、現実的なものではないとされている。
だがここにあるものは既に完成されている。
お遊びでクリストフが作ってみた結果、上手いことはいったが自分には合わないという理由でバーグの部屋に置かれていたものだ。
ルアはなかなかに癖のある武器を選んでいた。
バーグはとりあえず最初ということで、場所は草原で訓練をすることにした。
準備が終わったのを確認したバーグは地面から石を取り出す。
「これが落ちると試合開始です」
二人が頷いたのを確認したバーグは石を投げる。
そして石が地面に落ちた瞬間、バーグは10メートル以上を間を縮地で一瞬で距離を詰める。
いや、この距離を一瞬で詰める技能は縮地という名ではなく、瞬間移動というべきだ。
「えっ?」
石が落ちた瞬間、隣りにいたはずのリアが消え、その代わりにバーグがいた。
リアはバーグに蹴り飛ばされ、壁にぶつかって伸びていた。
ルアはすぐに魔力剣を展開し、近接戦に備える。
だが次の瞬間、身体は宙に浮いており、その後リアと同じように蹴り飛ばされた。
「三ツ星と聞いていたので期待していたのですが、弱いですね。このままでは基礎トレーニングも予定していていたものより増やさなければ」
バーグは一人立ち尽くし、そんな独り言を言っていた。
「ん?」
すると、リアが吹き飛ばされた場所から激しく光る。
そして一閃の光がバーグの顔の横を掠める。
バーグが顔を避けなければ、直撃していただろう。
攻撃が飛んできた場所には錫杖で身体を支えながら立ち上がるリアの姿があった。
「完璧にいれたはずなんですが、起き上がりますか」
バーグは感触で自分の蹴りがリアの腹に完璧に入れた。
にも関わらずなぜたちあがれたかというと、リアは吹き飛びながら減速魔法、衝撃吸収、障壁を展開し、ダメージを最小限に抑えたからだ。
バーグはとどめを刺すためにリアのもとに飛んでいく。
だがルアの横やりが入り、リアのもとにはたどり着けなかった。
ルアはリアよりはダメージが小さい。
リアと違い、ルアは蹴りに障壁が間に合っていたからだ。
立ち上がったルアが魔法剣を使い、バーグに近接戦を仕掛けた。
バーグはその攻撃を躱しながら、あることに気がつく。
ルアの反応速度が明らかに早いのだ。
そのからくりはルアが自身に雷魔法の応用の形で、神経伝達の速度を常人の3倍ほどにを上げているのだ。
そして、ルアはだんだんと焦りの表情が出ていた。
近接戦では反応速度がものを言う。
そのためルアは常人の3倍まで反応速度を上げることで戦闘で優位に立てるはずが、バーグは一度に一度も攻撃を与えられていない。
その事実に焦っているのだ。
その焦りから生じた一瞬のミスに漬け込み、バーグは腹に思い切りパンチを加えた。
だがそれは腹に届く前に止まっている。
リアの障壁がルアに展開されたのだ。
バーグは一度距離を取るため、後方に飛ぶ。
その間にリアとルアは合流した。
流石に素手では決着がつかないと思ったバーグは腰の刀に手をかけ、ついに刀を抜いた。
その刀はわずかに蒼く輝いており、非常に美しかった。
「氷刃一式【銀世界】」
バーグは横に刀を振る。
すると先程まで草原だった辺り一面が一瞬にして氷の世界に変わる。
リアとルアもその影響を受け、二人とも足が氷漬けになり、身動きが取れなくなる。
「なにこれ!!」
リアは文句を言いながらも【ファイアボール】を使い、自分とルアの足の氷を溶かし始める。
ルアは足の氷が溶けるまでの間、全方位に障壁を展開する。
全方位に展開する理由はバーグの恐ろしい速さに対応するには、一定の方向だけでなく、全方位に障壁を展開するのが有効だと考えたからだ。
「悪くない判断ですが無駄です」
バーグが障壁の外に現れてそういう。
「氷刃三式【術式凍結】
バーグが刀を振り下ろすと、障壁がその攻撃を防ぐことなく、障壁の魔法式自体が凍りつき、障壁を発動しなくなった。
「何なのよこれ!」
リアは魔法式を使えなくする技能が存在するのは知っている。
だがそんなことができるのは数えれるほどの人数しかいない。
そのため、その技能を持つ敵を戦うことが初めてのため、どう対応すればよいかがわかっていないのだ。
より魔力を込めて再び障壁を張ろうとするが、それも同じように使えなくされる。
「氷刃二色【氷鶴】」
バーグがルアを切り下ろす。
すると、ルアの身体が切られた部分から凍っていく。
「嘘。私死ぬの!」
だんだんと凍っていく自分の体を見ているルアの顔には死への恐怖が映っている。
「大丈夫です。死にはしません」
バーグはルアを真っ二つに切る。
下半身からは鮮血が吹き出ている。
「あ…、あ、あ、ああああァァァァァァーー!!!!」
リアの身体が真っ二つに切られ、死んでいくのを見たルアは狂ったように叫びだす。
そしてバーグに大量の魔法での攻撃をし始めた。
だがその乱れた攻撃は隙が大きく、バーグは攻撃の合間を縫ってリアの首を切り落とした。
バーグは刀についた血糊を振り払いながら【終了】と言った。
すると世界が暗転して【夢幻】が終わり、最初に石に触れた部屋に戻ってきた。
その部屋ではルアが身体を切断され、死んでいったことへの恐怖で震えており、ルアは身内の死を目にしたことで混乱し、そして首を切られたことで震えが止まらなくなっていた。
(あれは臨死体験などではなく、本物の死。初めての体験なのでこうなるのは仕方ないですね)
初めての死の体験。
それによる錯乱状態。
死というものは幾ら体験しても慣れることはない。
いや、慣れてしまったほうが危険だ。
執行官の一族はこの空間【夢幻】が作られてから代々殺し合いを行い、実力をつけていった。
その中には死に慣れたものもいたがそういったものに限って戦場では真っ先に死んでいった。
その理由は単純明快。
命を大事にしなくなるからだ。
【夢幻】ではいくら死んでもいい。
だが現実は一度だけ。
それを死に慣れたことによってその事実が分からなくなり、死んでいくのだ。
「御二方。大丈夫ですか?」
声をかけるとリアとルアは余計パニックになってしまい、叫び始めた。
このままでは危ないと感じたバーグは二人を気絶させ、部屋に連れて行った。
★
「ん?ここは…」
医務室で先に目を開けたのはルアだった。
「起きましたか。気分はどうですか?」
そして横にはバーグが果物を切りながら横に座っている。
ルアはしばらくバーグを見たあと、恐怖の目に染まっていった。
お腹の辺りを触った後、徐々に落ち着きを取り戻し、いつもの状態に戻った。
「大丈夫ですか?」
「もう大丈夫。それで、私死んだんじゃないの?」
「あそこは【夢幻】。痛覚を感じるだけの仮想世界なので、あちらで死んでもこちらには肉体的影響はありません」
「そういえば、リアはどこなの!?」
「リアはあちらです」
バーグはカーテンのかかったベットを指さして言う。
「まだ寝ていますので、起きるまで待ってください」
ルアが目を覚ましてから1時間後、リアが目を覚ました。
ルアはすぐリアに飛びつき、ルアも泣きながら抱きついていた。
その後、バーグを見て暴れそうになったがルアに押さえつけられ、何も起きなかった。
バーグの説明を聞き、リアも普段通りに戻っていった。
「御二方。やはりまずは基礎訓練から始めましょう。魔法はまぁまぁですが、武術が疎かです。今までは魔法だけでどうにかなっていた場面もあったのでしょうが、これからは違います」
そして翌朝からバーグによるリアとルアへの基礎訓練が始まった。
二人がバーグに認められたのは半年後だった。