設備員として、勤めている今のホテル
僕は、以前まで勤めていた病院をある事情で辞めた。
そのある事情は職場の病院から離れると、それまでの事が嘘のように何も起こらなくなった。
僕は平穏を取り戻し、次の勤め先を探す。
そうして、見つけたのが今の職場、都内のホテルだ。
僕は他のホテルに勤める設備員と話す機会がないので、他がどうかは知らないが、僕の職場は僕一人しか居ない。
なので勤務時間中でもこうして、文章を書いている。
基本的に何かクレームがでない限りは暇なので、病院の夜勤をしていた僕からすればここは天国だった。
しかし、そんな天国にもひとつだけ問題がある。
それは、ホテルにある設備員用の部屋に置いてある。古びたソファーだ。
今この文章を書いている時も僕の真横に存在するそれは、非常に夢見が悪いのだ。
具体的にどう夢見が悪いかというと、寝始めて10分ほどすると強い「キーーン」という耳鳴りが始まって、金縛りにあう。
僕はこれまでも何度か金縛りあっていたが、脳の疲れだとか、眠りが浅いからだとかの理由だと思っていた。
しかし、このソファーであった金縛りは実際に何かがでた。
それはその時により姿は違った。
背の低い、腰の曲がったおじいちゃんが大きな袋を担ぎ、ソファーで寝ている僕の横を通過していく事もあれば。
天井に頭が付くほど大きい巨漢がソファーで寝ている僕を見下ろしてくることもあった。
しかし、今の所実害はないので、無視していた。
僕の見ているものが僕の精神的なものではないことがわかったのは、前にここで働いていた設備員と話す機会があったからだ。
その人も僕と同じように一人でこの設備員用の部屋で勤務していたらしい。
その人に缶コーヒーをおごって現在の僕の職場で起こることを冗談交じりにその人に話した。
「実は、このホテルの設備員用の部屋なんかでるんですよー」
「あっ! 君も見えるタイプの人なのか」
その人は僕と同じく霊感がある人だった。
そして、その人もここで働いていた際によく件のソファーで居眠りをしている時に金縛りあっていたと聞いた。
しかし、その人は金縛りによくあっていただけで、僕のように何かを見たとは言わなかった。
「僕の場合、金縛り中色んなおじいちゃんが出るんですけど、見た事ありませんか?」
「え? おじいちゃん? どんな?」
僕はうろ覚えのおじいちゃんの様相をその人に話した。
すると、その人はぴんと来たようで
「働いてた時のままならこの辺に……」
と言いながら、設備員用の部屋の片隅に置いてある棚を漁りだした。
「あったあった、はいこれ」
その人は僕に1枚の白黒写真を見せてきた。
「なんです? これ」
受け取りながら、その白黒写真を見る。
男の人がふたり仲良さげに肩を組んだ写真だという事がわかった。
片方は若かりし頃の目の前の人で、それはわかったが、もう一人は誰だろう?
それにどこかで見た覚えがある。
こんなおじいちゃんの知り合いは僕にはいない。
「これ誰ですか?」
僕は白黒写真の片方のおじいちゃんを指さして聞いた。
「その人が私の前の前任者だよ」
「へぇー、そうなんですか」
「その人じゃない? さっき君が言ってたの」
「え?」
もう一度白黒写真に視線を下げる。
確かにこんな様相をしていた。
満面の笑顔で写真に写るおじいちゃん。
しかし、僕が見たおじいちゃんは不愛想な顔をしていたので、最初は気づかなかったのだと思った。
そんなおじいちゃんは、今でもたまに機械室へ行くと生前していた仕事を懐かしむかのように機械の点検をしているのか歩いている。