第八話 迷宮
僕は洗面所から顔を出してタイシに声をかける。
「そういえばお腹空いてるかい?もし空いてたら──」そこまで言ってからタイシがベッドで寝てることに気づく。
まあでも、よく考えてみればタイシは起きたら知らない場所に居て、その後魔物に襲われて、知らない街で迷子になり、さらには魔法を魔力切れになるまで使って…疲れない訳が無いだろう。
「今日はお疲れ様。絶対に君は死なせないからね。」タイシの頭を軽く撫でながらそうやって声に出す。もう誰一人、死なせない様に。
「タイシ?そろそろ起きなー。もう8時だから朝ごはんでも食べようよ。」
トラジのその声でスッキリと目覚める。部屋の壁に掛かっている時計(デジタル表記のようだ)を見ると10時間弱は眠っていたようだ。長く眠っていたのに夢を見た感覚は無いが…それだけ深く眠れたのだろう。
「おはようございます、なんだか普段よりしっかり眠れました。」
「それは良かった、今日はダンジョンに行くから休息をしっかり取れたのは良いことだよ。ちなみに道に迷いやすいから迷宮って言われてるらしいよ。」
僕らはそんなことを話しながら着替えてホテルの食堂まで向かった。
「ところでタイシ、いつの間にプロポーズなんてされたんだい?」
「んぐッッ!?」トラジの言葉にゴホゴホと盛大に咽せる。朝食を食べ始めた瞬間の出来事だ。
「やっぱり薬指の指輪ってプロポーズみたいな意味あるんですか…?」落ち着いてから何とかそう返す。
「それ以外に一体どんな意味があるんだい?…ああ、結婚の証とか?僕も付けてるし…とりあえず少しその指輪見せて貰ってもいいかい?」
どうぞ、と【繋がりの指輪】をトラジに渡す。
「ありがとね、最近は【呪具】って呼ばれる悪い魔法具みたいなものを流通させようとする人もいるんだよね…うん、これは至って普通の魔法具みたいだね。誰に貰ったんだい?」
昨日、エレナを助けた事を話す。
「エレナ・マリンさん?聞いたこと無い名前だな…結構最近冒険者になった人かな?…よし、食べ終わったから先に準備して外に行ってるよ、君も食べ終わったら剣とか持って外に来てね。」
気付けばトラジの皿は空になっていた…早すぎないか?ひとまずこのスクランブルエッグとかソーセージをパンと一緒に食べ切ることにする。
そういえばこの世界で食べるものは全部美味しい。もしかして美味しい味付けのための調味料や香辛料が普及しているのだろうか。
「ごめん、ライズ君?多分銅ランク昇級試験の担当は君とシャールちゃんだよね?…うん、話が早くて助かる。タイシっていう子を見守って欲しい。後はエレナ・マリンがどんな子か調べてみて欲しい。…やっぱり君は察しが良いね。そうだよ、タイシって言うのが新しい弟子でその子と関係があるんだ。ああ…ありがとう。」
ホテルから出て【テル】を使い信頼出来る弟子の1人に連絡を取る。エレナがタイシの成長を促してくれる存在なのか、それとも注意すべき存在かを判断する為にだ。念の為、僕自身も見に行った方がいいかもしれない。
「やあ、タイシ。案外早かったね?」
「急いだからですよ!トラジさんがすぐ行こうとするから…」笑いながら冗談のように言うトラジに少し息を切らして答える。
「じゃあ…行こうか、ダンジョンへ。」
そう言って歩き始めるトラジに僕は着いていき10分程歩くと明らかに異質な場所にたどり着く。
周りの建物から離されたそこは小さな広場のようになっており、中央には4m程の高さがある古びたレンガで出来たような建物があって金属の硬そうな扉が付いている。近くの看板には「セントルーア第四迷宮」と書かれている。
「ここは魔法が使えなくても戦いやすい初心者向けのダンジョンだよ。明日の試験もここでやるみたい。じゃあ入る前に剣を出してごらん?」
それに従い腰に付いていた銅の剣を抜き放つ。
「いいかい?タイシ、魔力が少ない人は魔力を外に出さない様に戦うのがやっぱり一番いいんだよ。そこで君には魔力による身体強化と剣に魔力を通す練習をしてもらう。身体強化のやり方として、まずは魂から身体全体に魔力を流して循環させるようにイメージするんだ。魔力は最も強いエネルギーだから外に出力しなくても体に流すだけで十分な効果を出してくれる。やってみて?」
「わ、わかりました」やってみて?と言われても…昨日と違って見れるお手本がないから少しイメージが湧きづらい。ひとまず【テル】を使ったりした時のように魂から手や足に魔力を流す。
「やっぱりタイシは筋が良いよ。手や足にはいい感じに魔力が流れてる。よし、そしたら流れた魔力を魂に戻すようなイメージは出来るかい?」
(もしかして…心臓から全身に血が流れ、心臓へ戻るようなイメージを魔力でやれば良いのではないだろうか?)そんなことを思いつき実践してみる。
「良いね!コツを掴んだかい?急に流れが良くなってきたよ!そうだ、その魔力を眼に流すようなイメージも出来るかい?」
言われた通りにすると何か近くの空間に水色の粒…恐らく魔力が漂っているのが見えた、それにトラジの胸の辺りを少し集中して見ると何か水色の球状の塊が見えるような…もしかして魂だろうか?しかし少し気を抜いた瞬間に魔力は見えなくなってしまった。
「よし!その感覚を覚えておいて。眼に魔力を流しているとハッキリと魔力を見れるようになるんだ。魔力視とか呼んだりもするんだよ。」
「もしかして魔力視で相手の魔法のタイミングとかも分かるんじゃないですか?」
「その通り!だから魔法を使う相手と戦うことの多い冒険者は大体みんな使えるんだよ。じゃあ次だ。その循環させてる魔力を剣にも流してみて欲しい。」
右手に持っている剣にも魔力を循環させるようなイメージをしてみるとなんだか少し剣の輝きが増したような感じがする。
「魔力を流すと殆どの武器は切れ味が上がるし、スライムみたいな魔法じゃないと倒しづらい相手にも攻撃が通るようになる…よし!これだけ出来れば行けるね。ダンジョン入ってみよっか。」
トラジが先導し金属の扉を開けて中にあった階段を下って行くと幅が4m程、高さは3mはありそうな洞窟のような通路に出る。壁が自然と発光していて視界は良いがここから見えるだけでも五つほどの道にわかれている。
「ここが第四迷宮第一層だよ。階層によっては明かりが無い迷宮もあるんだけどここはかなり明るいからこれも初心者向けの理由だろうね。それに魔物もゴブリンとかスケルトン、スライムっていう対処しやすい奴ばっかりだしね。さあ、早速お出ましだよ?タイシ。」
そう言ったトラジの視線を追うと緑の肌に木製の棍棒、1m無い程の身長、尖った耳の生えた…いわゆるゴブリンが居た。
「トラジさん、どうすればいいですか?」魔物の対処なんて何も知らずに出来る訳がない。
「まずは魔力を体と剣にしっかり流すんだ。そして棍棒を避けるか弾いてから斬り込めば大丈夫だよ。」
その言葉を信じて魔力を循環させる、そして通路の先にいるゴブリンへ狙いを定め走り出す。向こうもこちらに気付き棍棒をかなりの速度で振る。それを剣で弾き隙を作ってからゴブリンの胴体を切り裂く。なんだか明らかに身体能力が上がっているような感覚がする。
「いい感じだよタイシ!おっと…次は集団みたいだね。」
トラジと僕の間に空いた空間、そこの壁からピシッという音を鳴らして壁が割れ、そこから這い出るようにゴブリンが三体姿を現す。
「こんな感じで迷宮は目の前で魔物が沸くこともあるから気をつけてね。じゃあ今度は魔法で対処してごらん?」
僕は右手の人差し指と親指を立てて銃のような形にする。
「【トライン】!」それぞれのゴブリンに指を向けながら言うとゴブリン達は光線に体の中心部を貫かれ倒れる。
「なんだかタイシは普通の冒険者と行動した時みたいな安定感があるね…じゃあ冒険者の収益の一つ、アイテムの回収をしようか。ゴブリンの場合は左胸の辺りにある魔石以外はほぼ価値が無いから魔石だけ回収して行こう。ダンジョンは死体を勝手に吸収して新たな魔物を産み出すためのエネルギーにするんだ。タイシ、魔石の回収は出来そう?」
ゴブリンの胸の辺りを剣で切り裂き魔石を探してみるが見つからない。
「すみません、全然見つからなくて…」
「じゃあさっきの魔力視をしてみると良いよ。魔石は魔物にとっての魂だから魔力が目印になってくれるんだ。」
試してみると確かにゴブリンの左胸の辺りに水色の光が見える。なんとかそれを取り出すと人差し指の先ほどの大きさの黒っぽい石が出てきた。
「それが魔石だよ。色々な使い道があるからこんなに小さくても買い取って貰えるんだ。今日はこのまま第一層でゴブリンを倒して剥ぎ取りに慣れようか。この袋をあげるから入れておいてね。」
そう言って渡された袋は剣帯に取り付けられるようでそこに付けてから魔石を入れる。
「ほら!次のゴブリンが来たよ!」
そんなこんなで外に出るとすっかり昼過ぎの時間になっていた。
「今日はお昼までしかダンジョンに入ってなかったけど凄い人だと何日もかけて最下層に辿り着こうと探索するんだよ。もし最下層にたどり着けばその情報料でかなり儲かるからね。よし!じゃあギルドで魔石を買い取ってもらおうか。」そう言ったトラジと僕はギルドに向かって歩きだす。
「タイシさん!魔石の買取終わりましたよ〜!」
ギルドの買取を待っていた僕はノアさんの声でカウンターへと向かう。
「買取金額は合計520ルリズになります!どうぞ!」そう言いながら彼女は100と書かれた銀貨を五枚、10と書かれた銅貨を二枚、お金用のトレイに置く。その元気そうな様子を見るにすっかり調子は良くなったようだ。
「520ルリズってどのくらいの価値になるんですかね?」そういえばお金の価値をよく知らないので硬貨を受け取りながら聞いてみる。
「ギルドのすぐ前にある「冒険者広場」って行きましたか?ご飯のお店とかがいっぱい並んでるところなんですけど…」
「はい、それなら昨日行きましたけど…」
「なら良かったです!あそこの一食がだいたい40ルリズです、なので520ルリズなら13回は食事出来ることになりますね!ただ冒険者だと装備も必要ですから…安い装備でも800ルリズはかかるのでゴブリンよりも強い魔物やレアな魔物を倒さないと良い装備を買うのはかなり大変でしょうね…」
「やっぱり装備って高いんですね。まあ命を預けるものなんだから当然かもしれませんけど…」
そう話しながら日本円ならいくらかを考えてみる。昨日のから揚げバーガーのボリュームを考えるといくらお手頃な値段でも1000円はするだろう。40ルリズで1000円ならば1ルリズは25円、800ルリズの装備は20000円になるだろうか。
「もっと買取価格が高い魔物ってどんなのがいるんですかね?」
「買取価格は魔石の大きさやその魔物の強さ、その魔物の希少さなどで決まります。例えばゴブリンの中にはゴブリンメイジと呼ばれる魔法を使えるゴブリンがいるんです。その魔物は魔法をよく使う為魔石のサイズがただのゴブリンよりも大きく、買取価格が高くなります。強さならキラービートルという大きなクワガタのような魔物がいるんですが、かなり素早い上に体も硬くて…さらにアゴに捕まればそのまま潰されるか食べられるか…最悪の場合魔物の口から出る魔法のブレスで苦しみながら焼かれ死ぬこともあるそうです。しかし、その硬い体が高く売れるので倒せればかなり儲かりますね…」
話を聞き身震いする、気楽に考えていたが…やはり冒険者は冒険者なのだ。自分の命を賭けていかなければ大きく儲けることは出来ない…死と隣り合わせの…そういう職業なんだ。
「すみません、なんだか怯えさせてしまったみたいですね。そうだ!珍しい魔物に関してこんな昔話があるんです。」
ある所にいた冒険者は病気の家族を治療するためにダンジョンに潜ったりクエストを受けて暮らしていました。そんなある日、その冒険者は人魚というとてつもなく珍しい魔物が近くで目撃され、家族を治療しても死ぬまで遊んで暮らせるような大金が報酬の討伐依頼が出ていることを知ります。
彼は家族を治すため他の冒険者を出し抜きとうとう人魚を見つけ出します。しかし、彼は人魚である彼女を殺すことができませんでした。何故なら一目惚れをしてしまったからです。
彼は彼女が悪さをしたら倒すことを決めました。でも、彼女は魔物にもかかわらず水辺で倒れた人間を治療したり、魔法を使い海で迷う船を誘導したり…彼は素敵な彼女を益々好きになりました。
そんな時、とうとう他の冒険者に彼女が見つかってしまいます。彼は必死に他の冒険者へ時間稼ぎをして彼女を逃がします。しかし、魔物を庇った彼は他の冒険者に半殺しにされ、海へと投げ込まれました。
泳ぐような力も残っておらず海底に沈んでいく彼は戻ってきた彼女に助けられました。人魚の彼女は戻ってくるのが危険なのを分かった上で彼を助けに来てくれたのです。
魔法が得意な彼女は彼をあっと言う間に治療し、人の姿へと魔法を使い変身しました。そして彼の家族もすっかり健康にしてから二人一緒…いや、子供たちと一緒に幸せに暮らしましたとさ。
「めでたしめでたし…有名な話ですけど素敵な話ですよね。タイシさんに知ってほしいのは魔物は怖いだけじゃないってことです!」
(いい話…だったけども、一つ聞きたいことがある…)
「その話だと魔物は倒さない方が良いってことになりません?」
「…お話って難しいですね。」
彼女と僕は苦笑した。
六月なのにもう暑いですね。この前僕は熱中症になりかけました。しっかり水分を取って小説は読みましょう。
一応月一投稿ノルマは達成です。嬉しいです。文字数ノルマは2300字オーバ-です。悔しいです。
今月もう一話ぐらい投稿したいんですけど達成できる気がしません。…誰か応援してくれ~
語句紹介は…分からない、詳しく知りたいものがあれば感想?コメント?で下さい。お願いします。