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王国の彼是  作者: 紗華
98/197

97:満開の花 ジーク

「見事に満開だな」

「これが全てアズールオレンジになるんですね」


5月から咲き始めた花は、7月に満開を迎え、受粉した花が、その後実となる。


甘く優しい香りが満ちる、葉の緑と、花の白に配色されたオレンジ畑は、10年前と何一つ変わらない。

木の下には摘花の準備をしていたのか、花籠が無造作に置かれており、居もしないセシルの姿を探してしまう自分に苦笑いが溢れる。


「残念ながら全てではありません。この花全てが実になってしまうと、小ぶりで質も落ちる。なので、ある程度まで摘花をするんです」

「こんなに綺麗なのに、勿体ないな」

「摘み取った花は捨てるんですか?」


「いえ、塩と一緒に瓶に詰めてポプリにします。数が少ないので王都にまで回りませんが、女性に人気なんですよ。オレリア様とエルデには毎年送っています」


「お土産にしたいのですが、私でも作れますか?」

「勿論です。お教えしますよ」 


校外学習を思わせる3人のやり取りに失笑が洩れる。

コーエンを含めた甥っ子3人を、時に鬱陶しく感じながら面倒を見てきた。背丈も然程変わらないまでに成長した生意気な甥達だが、ついつい世話を焼いてしまう程にはまだ可愛い存在。


「リアのあの香しい甘い香りはこの花だったのか…」

「それは多分、練り香水ですね」

「香水まで…色々な物が作れるんだな」

「ええ、花も貴重なんです」


「摘花か…俺も手伝ったな」

「叔父上が?」


「10年前、遠征に来た時にな。空き時間を利用して、フェリクスに会いにこの畑に来て手伝ったんだ。同じ時期に、セシルも流行り病で学園が休校になって帰省していた…摘花の手伝いをしていたセシルと出会ったのもその時だ」


「…ククッ…花籠に囲まれて休憩していたセシルを見て、妖精がいたって騒いでたな」

「…フェリクス、余計な事を言うな」

「叔父上の口から妖精?寒い…鳥肌が…」

「可愛い時期もあったんですね…どこでこんなに捻くれてしまったんでしょう、残念です」


前言撤回だ…こいつらは本当に、幼少期から何一つ変わらない…失言を失言と思わないこの2人は、思った事をそのまま口に出して、俺や姉に拳骨を落とされたきた。

落とされても泣かなくなったのはいつからか…とは言え、泣かなくなったというだけで、恐れている事には変わりなく、今でも有効。


「お前達、今度こそーー」


「誰か~、そこに居る?誰でもいいの、花籠が満杯になっちゃって、運ぶのを手伝ってくれないかしら?」


「「?!」」


「何故……叔父上、あの声…」

「ご令嬢が大変な様だな。籠を運ぶくらいなら造作もない。ちょっと行って手伝っ……って、叔父上?!」


落とすぞ…と声が続く事はなかった。


フェリクスが片手で顔を覆って天を仰ぎ、カインが目を見開いてこちらを見ている。

フランの暢気な声に答える余裕はない、引き止められても止まれない。

常に唯一と心得、有事には決して前に出るなとフランに大口たたいて説教したが、お前は強い、己で何とかしろ。


「……変事ですね。様子を見に行ったんでしょう」

「…令嬢が、変事?…まさか、刺客かっ?!」

「叔父上のね」


…何故?幻聴なのか?本物か?…本当に目覚めたのか?



『っおいっ、フェリクスっ!妖精だ…妖精がいたんだ!』

『………は?』 

『静かにっ…木の下で眠ってるんだ…』

『…静かにする必要はない。セシルだからな』

『お前…あの妖精を知ってるのか…?妖精の名前まで?』

『…ップッ、アハハッ…イタズラ好きという意味では妖精かもな。残念ながら、あれは俺の妹のセシル、人間だ。流行り病で学園が休校になったからな、帰って来てるんだよ』

『人間…なら、結婚出来るんだな…』

『お前…頭は大丈夫か?もしかして、この暑さにやられた?』



俺は……夢を見ているのか…?


目の前に広がる光景は10年前と同じ。

オレンジの木の下、白い花で溢れる花籠に囲まれるセシル。


「………セシル…?」


名前を呼ばれて振り向いたセシルは、一瞬目を見開いた後、ゆっくりと立ち上がり、いたずらが見つかった子供の様に、ぎこちなく笑った。


「………フフッ…見つかっちゃった…」

「…夢……じゃ、ないんだな?」

「私はもう夢は見飽きたわ」


「…セシル」

「なあに?」

「…本物なのか?」

「失礼ね、幽霊なんかじゃないわ。ほら、足だってーー」

「?!おいっ!足を出すな!スカートを下げーー」

「ジーク」

「?!………」


「ジーク」

「…………っ……」


「ジークッ……っ…会いたかった…」


あどけなさが抜けて、大人になったセシル …白い頬と、呼吸をするだけだった唇には赤みが差し、8年間、閉じられままだった翠緑の瞳は、俺を映している…


セシルが、俺の名を…呼んでいる…


視界が揺れてセシルの顔がよく見えない…セシルの、細くて白い、儚い指が俺の頬に伝う涙を拭う。


細い腰に手を当てて抱き上げると、太陽の光が透ける亜麻色の髪が、帳を下ろす様に静かに降りてきた。

俺の頬に落ちたセシルの涙…その涙をセシルの手が拭うのを合図に、首を伸ばして口付ける。


「ジー…んっ…ぅふ…」


深く、確かめる様に…夢であるなと願いながら…俺の体温より低い舌をとらえ、熱を分ける様に絡めると、心地良い冷たさに頭が痺れた。

頬裏を、歯列を、舌裏を…余すとこなく味わう。

角度を変えて、鼻の頭を擦り付け合いながら、啄み、甘噛みし、息をするのも忘れて口付ける。


「…セシル……セシル……」

「…んぁ…ふっ…ジーク…」


名前を呼ぶ、返事がある、名前を呼ばれる…当たり前の事が、こんなにも尊く、愛おしい…


「ジーク……そろそろ…いいかな?そこの花籠、運びたいんだ」

「勝手に運べ、俺は忙しい」


「?!お兄様?!…カインに…殿下!?…いやっ!?ちょっと!降ろしてっ、ジーク!」

「何故?」

「何故って…恥ずかしいからよ!」

「仕方ない…少しだけ待ってやる。お前達さっさと運べ、そして帰れ」


声をかけてきたフェリクスの後ろには、居た堪れないといった表情の甥2人。

3人の存在に気付いたセシルが、真っ赤な顔で、肩に置いた手を突っ張り、足をバタつかせて降ろせと声を上げるが、絶対に離さない。


「お願い、降ろしてジーク…殿下もいらっしゃるのに…不敬よ」

「フラン、帰れ」


「ちょっと?!やめてよっ!誰か!お兄様!」

「諦めろ、セシル」

「…カイン!」


「申し訳ありません、セシル嬢。非力な私では()を抑える事は出来ません。なので殿下、お願いします」


「?!何で俺なんだ!あれは瘴気に当てられた()()なんだぞ!これは有事だ、今こそお前が盾になる時だ」


「俺は文官だ!それにお前も自分で戦うと言っていただろ!」

「俺が戦うのは人間と魔物だ、魔人じゃない」


空気を読まないだけでなく、よもや俺を人とも思っていないだと…?この馬鹿2人には、やはり一発ーー


「お姉様!!」

「?!エルデ!!助けてっ!!魔人なの!!」

「………え?魔人…?」

「「「「………」」」」


セシル…そんなお前を愛してる…












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