94:叔父上と
「ネイーー」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないだろ!」
「馬は駄目だ、さっさと馬車に乗れ」
「殿下、お手をお貸ししましょうか?」
「いらんっ」
嘲る様に出されたレインの掌を叩いて馬車に乗り込む。
先頭はラヴェル騎士団長と斥候部隊、その後ろに王族の馬車と、馬車を囲むウィルとネイトに王宮騎士団員の騎馬、更に後ろは侍従と侍女達を乗せた馬車と、魔術師団員を乗せた馬車、荷馬車と続き、最後尾は王宮騎士団員の騎馬と…常の遠征よりは大所帯になっている。
騎士時代は常に馬で移動していた事もあり、王太子になった当初は違和感を感じるばかりだったが、今では然程抵抗も感じない。だが、今回は違う。何故なら同乗する相手がーー
「何でしょう?その不満そうな顔は」
「いえ、叔父上の同乗、心強いばかりです」
「そうですか…私は不満しかありませんが。カインとレインが剣を使えたら、私はエルデと同じ馬車に乗れたんですけどね」
「…だからっ、エルデの、部屋割については、公爵と、3人で、相談して、決めたと、何度も説明したでしょう!」
エルデの部屋割に異議を唱えたのは、白眼を剥いてデュバル公爵家に乗り込んだという宰相だけではなかった。何故か目の前に座る叔父上までが、ネイトを隊舎に戻すと管を巻き、ラヴェル騎士団長とイアン団長が宥めるのに苦労したと遠い目をして言っていた。
訓練場での俺とネイトへの当たりが強いのも気のせいではない筈、時折り感じる殺気は本物。
エルデが元婚約者の妹だからか?だとしても理不尽過ぎる…
「叔父上…エルデも言っていましたが、初夜は結婚式までーー」
「その先を言ったら…落とすぞ」
獲物を狙うかの如く鋭く細められた榛の瞳と、腹に響く地底から突き上げられし、魔王の声に身が竦む。
落とす…それはキリングの拳骨。最早条件反射となった俺の防御姿勢を見た叔父上は、一先ず溜飲を下げたのだろう、榛の瞳を車窓へ向けた。
膝の上に手を置き、正面を向いたまま顔を動かせない俺と、長い脚を組み替え、窓枠に肘をかけて外を眺める叔父上。
どちらが王太子か分からない構図だが、この同乗も厳戒護衛の一つ。
本来であれば、騎士は馬車の外で騎馬で護衛をするが、俺が命を落とす事はダリア王家が途絶える事に繋がる。城を発つ時も、伯父上から前に出るなと何度も言われた。
今回のアズール遠征も現状把握半分、ノリ半分で決まったものだが、ここから先、俺の一言一句、一挙一動毎に彼等は動き、時に命を張る。
俺自身を守る事が、彼等を守る事に繋がる…浅慮も軽率も許されない。
「フッ…少しは分かった様だな、お前が背負う命の重みを」
「…叔父上の同乗を甘んじて受け入れられる程には理解しましたよ」
「…ほぅ?やはり落とされたい様だな」
「その拳骨が、俺の命を削ると!何故、理解して頂けないのですかっ」
やはり、無理なものは無理だ…ネイトよ、お前の後ろに乗せてくれ…
ーーー
遅い昼休憩を取り、再び移動が始まった馬車の中。
日の出と同時に出発した外の景色は、賑やかな街並みから長閑な田園風景に変わり、太陽は西へ少しずつ傾いている。
アズール領までは馬車で1日の距離。森はあるが、山はなく、オレンジを運ぶ為に整備された道は、馬を走らせたなら半日で行けるだろう。
人数が多い為、今回は野営になるが、オレンジ街道と呼ばれるこの道は商人や行商が利用する宿も多い。
そんなオレンジ街道を走る車窓の景色が変わるにつれて、俺の中で大きくなる疑問…
「何だ?人の顔をチラチラと…何か聞きたい事でも?」
「セシル嬢の事です…8年経ってはいますが、元婚約者の家に行くのは気まずいのでは?エルデとは仕事上、割り切るしかありませんが、今回の同行は叔父上は断れた筈です」
「そうか…フランは知らないんだったな。俺とセシルは婚約を解消していない、今でも月に一度はアズールに通っているから全く気まずくはない」
「……は?解消…してない?!それに知らないって…皆んな知らないでしょう!」
「確かに知っている人間は限られているな」
何を言っているんだこの男は…そんな社交界を揺るがす程の情報を、訓練計画の通達漏れを、悪びれもなく再通達するかの様な口振りで、しれっと、軽く吐き出しているが、ご夫人方が聞いたら間違いなく阿鼻叫喚もの。
「…誰が知っているんですか?」
「陛下、宰相、義兄上、コーエン、デュバル公爵家、キリング侯爵家、アズール伯爵家…勿論オレリア嬢も知っている。この中で知らなかったのはお前とエルデだけだが、エルデと、ついでにネイトにも話したし、お前にも今話したな」
「ラヴェル騎士団長とイアン団長も知らないと?」
「ああ、忘れてた。あの2人にもエルデが部屋を移動した日に改めて話したよ…これまでも婚約の事は隠していた訳ではないが、噂を否定して回るのも面倒だったからな、放っておいたんだ」
「放っておいたって…俺とネイトへの当たりがキツいのは、元婚約者の妹だからだと、理不尽が過ぎると思っていましたよ…それにしてもエルデは義妹で、ネイトは義兄弟か…不憫だな」
俺も男色の噂を放っておいたから、叔父上の気持ちは分かる。
噂とは正に流言風説…どこを吹くかも分からない風は追いかけるだけ無駄なのだ。
「何が不憫だ。まあ、セシルと婚約解消していたとしても同行したけどな。俺は今お前を守る為にここに居る。半分以上私情を挟んでいるネイトも、お前を守る為に同行している。今もエルデの馬車ばかり気にしているが、仮に今、ここで襲われたとしたら、ネイトが守るのはエルデじゃない。ダリア唯一のお前だ。エルデが助けを求めても、エルデが命の危機に晒されても、ネイトはエルデではなく、お前を守る。それが専属護衛の使命だからだ。そのエルデも、有事には何よりお前を優先する。時にはオレリア嬢よりーー」
「~~っ分かってるっ!!………だから、その先は…言わないで下さい…」
ーーコンコンーー
「ジーク副団長?何かありましたか?」
「……何もない、そろそろ野営地点か?」
「はい、斥候部隊からも異常なしと伝令がきています」
「やっと外の空気が吸えるな…」
「大分傾いてきましたが、まだ陽射しは強いですよ」
馬上のネイトの髪に太陽が反射して、鈍色が銀にも見える。光を吸収する濃紺の軍服は、グレーの軍服より暑い筈。
そんな素振りも一切見せず、馬上で笑う青年は、大切な人を投げ打って俺を守る。
ネイトだけじゃない、叔父上も、カインも、エルデも…ここにいる全員が、時にオレリアを切り捨てても俺を守る…その時は、オレリアも躊躇いもなく、その身を呈して俺を守るのだろう。
加護者であっても優先順位は変わらない…
『愛する者の為に、身を投げ出すことはしない、共に生きる為、戦って生き延びる事を選ぶ…俺も戦う、お前とは違う』
ナシェル…俺は、お前に言った言葉を違えたくない…




