9:専属護衛志願 ネイト
「ナシェル殿の廃太子が決定。それに伴い、フランは王太子となった」
「フランが…王太子ですか」
フランは王位継承権を持つ公爵家の次男。王族特有の金髪碧眼に、キリング侯爵家譲りの癖のない長い髪を一つに束ねている。髪色は違うが目の前にいるフランの叔父、ジーク副団長と同じ髪質。
昨晩のカオスな夜会会場で別れたきりのネイトが気になっていた。陛下の呼び出しに、もしかしたらと思っていたが、フランの置き手紙を読み、概ね予想通りの展開と息を吐いた。フランが立太子するのであれば、俺は専属護衛となりフランを守る。
「副団長、フランの専属護衛に志願します」
「その為に呼んだんだが、話しが早くて助かるよ。フランは立場も、環境も、大きく変わってしまったからな。馴染みのある者が周りに居れば少しは心休まるだろう。少しでも甥の負担を減らしてやりたい。ネイト、頼んだぞ」
上司としての命令ではなく、叔父としての頼みに、ネイトは騎士礼で答えた。
「もう1人はウィルに頼もうと思ってる。オランド殿下の専属護衛だったからフランと共に仕事をしているし、お前も、専属護衛の経験者が一緒なら心強いだろ」
「ウィルさんなら、俺も頼もしいです。今日はシシリア王女殿下の公務に護衛で付かれてるんですよね」
ナシェル殿の妹のシシリア王女殿下は、王妃の手伝いで教会や孤児院の慰問をしている。学園入学を来年に控えた12歳。
「戻りは夕方になるだろう。ネイト、お前はこのまま宰相閣下のに志願書を提出して、フランの元に付いてくれ」
「承知しました」
「タイプは外れてるが、フランと同室だったと言えば大丈夫だろう」
「タイプ?専属護衛は外見に関しての選抜条件があるんですか?」
「あるわけないだろう。宰相閣下があらぬ誤解をしてるんでな。煽った手前、それなりの理由を付けないと却下されてしまう」
「あらぬ誤解って、まさか…フランの男色ですか?」
「それ以外ないだろ。ついでに陛下も義兄上も、デュバル公爵にも男色と思われているらしい」
「それって、今後のフランにとって最重要人物となる方々ですよね…」
放置していた噂がとんでもない所まで広がっている事に驚いたが、その噂を国の中枢を担う人間が信じている?それだけ真に迫った噂なのか?陛下方が残念なのか?
だが、今はフランの心配をしている場合ではない。
「フランと同室だったなんて言ったら、俺も疑われるじゃないですか!」
「だから、迂闊だったと謝ってるだろう」
今初めて謝罪されたよ。
「非常に不本意ではありますが、致し方ありませんね。宰相閣下の所へ行ってきます。不本意ですが」
「不本意って2回言ったな」
「当たり前でしょう。専属護衛の志願に男色宣言するんですから!さっきの感動返して下さいよ」
「今度奢るよ」
俺の未来は酒一杯程度の重さらしい。
副団長から聞いてた通り、宰相閣下に「顔が濃いな」と謎の評価と渋い顔をされたが、フランと同室だったと伝えると一変。
「君が殿下の…そうか、今後は臣下として支えてくれるんだな。その思いしかと受け止めた。ありがとう。ありがとうネイト殿」といたく感動されてしまった。
ウィルさんがいなくてよかった。こんな俺を見られたくない。
気持ちを切り替えフランの元へ向かう。
挨拶を交わした侍女殿達はオランド殿下に仕えていたと聞いている。フランのリラックスした様子に安心した。
侍女殿達とは共にフランに仕える者同士、この機会にある程度打ち解けられれば連携もとり易いだろうと思ったのだが…とんだ伏兵だった。
ーーー
「フラン、女性のエスコートの仕方は知ってるな?」
前を歩くフランに声をかけると、バカにするなと返事が返ってきた。
「婚約者でもない令嬢を膝に乗せようなどと考える破廉恥野郎だからな。抱き上げで馬車から降ろすんじゃないかって心配したんだよ」
「お前は俺を貶める為に来たのか?」
フランの立太子と、オレリア嬢と婚約を結び直す事は、今朝早く貴族達に通達されている。
城内ですれ違う貴族は黙って頭を下げ、フランが通り過ぎるのを待つだけで、声を掛ける事はない。
この中の何人がフランの男色を疑っているのだろう。目に入る人間全てを疑いたくなる気持ちを抑えて、馬車寄せに向かった。
ーーー
「初めまして、オレリア嬢。フラン・ダリア・スナイデルです」
「王太子殿下に拝謁致します。デュバル公爵家が長女、オレリア・ファン・デュバルにございます」
俺達の行末は…フラン。お前にかかってる