76:再会
思えばナシェルの廃太子から今日まで、大地を抉る瀑布の如く色々な事がこの身に降り落ちてきた。
今宵、教皇の発表で幕を開けた夜会も、半ば強制された珍妙なファーストダンスに貴族の挨拶は吹っ飛ばされ、ローザの兄妹の衝撃の告白に、お騒がせな義姉達へと引き続いている。
この後も伯父上への報告に、オレリアの加護の話、滞在を延長する義姉達の接待に、アズール領の遠征、初秋に行われる学園の剣術大会……
考えるのはやめだ。
バルコニーの手すりに凭れて、大きく息を吐き出す。焼け付く程の太陽に代わって昇った月が、火照った身体をゆっくり冷ましていく。
硝子戸の向こうで半身を向けて立つウィルとネイトには、護衛にならないと案の定苦い顔をされたが、どうしても1人になりたくて、見える位置にいる事を条件に硝子戸を閉めてもらった。
後にも先にも俺しかいない今、大袈裟とも言える護衛も理解できる。
ナシェルの誕生から間もなく、父と兄は王位継承権を放棄。
第一王子だったオランドも、ナシェルが立太子したの機に王位継承権を放棄してサルビアへ留学したのは、アリッサ王女との結婚が視野に入れられていたからだと今なら分かる…現サルビア王は王妃の他に側妃も3人いるが、終ぞ王子は産まれなかった。
サルビアの国婿となったオランド、臣籍降下した父、公爵家後継の兄に次いでいた王位継承順位は、気付けばナシェルに次ぐ順位まで上がり、今となっては王位継承順位1位にして唯一。
幼少期から王族教育を受け、閨も徹底的に管理され、騎士になっても継承権を放棄する事は許されなかった俺は、貴族の義務には抗えても、王族の義務放棄出来ないと無意識のうちに理解していたから、然程の戸惑いもなく、この地位を受け入れられた。
周りを囲む人間を馴染みのある顔で揃えられたのは、俺をこの地位に据えた伯父上達の配慮なのだと感謝している。
当初の懸念だったオレリアとの仲も良好、このまま何事もなく来年の学園卒業後の結婚式をーー
「っ誰だっ……?!」
不意に人の気配を感じ、手すりから一歩離れる……会場の騒がしさで、硝子戸の向こうで控えている護衛2人には声は届かない。黒い軍服は夜に紛れ、己の金髪が辛うじて見えるくらいだろう。当然のことながら剣帯もしていない。最悪の状況に舌打ちしたいのを堪えて、マナを練り身体に薄く防御を張る。
目を凝らして見据えた気配の先、バルコニーと庭園を仕切る植樹から現れたドレス姿の令嬢は、バルコニーに立つ俺に気付くと慌てて片膝を付いて首を垂れた。
「……何故…ここに……」
「………」
「……楽にしていい」
「許可も得ず御尊顔を目にした事をお許し下さい」
「不可抗力を咎める程、理不尽な人間じゃない」
「…ありがとうございます」
「…魔塔に入ったのではなかったか?」
目の前の令嬢、オスロー伯爵家三女リディアは学園卒業後、魔塔に入った筈。
王立学園に通う騎士科の生徒達が王宮騎士団、その先の近衛騎士団への入団を目指すのと同じく、魔術科の生徒達が目指すのが魔術師団への入団。
だが、魔術師団が属する魔塔は厄介な制約がある。社交界からの隔絶と結婚。
生活魔法から機密性の高い魔法まで扱う魔塔は守秘義務を守る為、魔塔に入った者は社交はおろか、実家との連絡も厳しく制限される上に、魔塔に属する者としか結婚が出来ない。そう、騎士や貴族との結婚は皆無だ。
故に魔術科へ進む生徒の多くは、後継者になる可能性が極めて低く、貴族の義務に縛られない第二子以降の子女達が殆どで、貴族より平民に近い思考を持ち、魔塔へ入塔後も一生独身を貫く者と、少ない出会いをものにして同僚と結婚する者に分かれる。
万が一、家の事情等で魔塔を辞する際には情報を漏らす事がない様、制約の紋が刻まれる徹底振り。
「…魔塔は辞しました。これからお見合いの日々になります」
「君は結婚しないと思ってたよ…」
「両親と約束してたんです。3年で良縁を見つけるか、一小隊を持てるくらいの実力を付けるか…どちらも成し得なければ家に戻ると…」
「随分と厳しい条件だな…」
討伐遠征時の魔術師団の一小隊は3~6人、中隊は4個小隊、大隊は2個中隊相当になる。
騎士団はその3倍程の数になる為、単純計算で、1人が騎士3人を受け持ち、探索や戦闘時のサポート、場合によっては戦闘に加わる事もある。たとえ一小隊でも相当な実力がないと任せてもらえない。
「そうでもしないと魔塔から出てこない思われたのでしょう。私もあわよくばと思っておりましたから…」
「それで?今日の収穫は?」
「あったら1人て庭園なんて歩いていません…」
「ハハッ…確かに」
「こんな事になるなら、あの時貴方の手を取っておけばよかったわ」
「おい…いつの話をーー」
ーーカタン…ー
「?!リア…」
「申し訳ございません…陛下がお呼びとお伝えに来たのですが…」
「いや…構わない。失礼するよオスロー伯爵令嬢」
「御前失礼致します、殿下」
月灯りに慣れた目に、凶暴なまでのシャンデリアの灯りが目に刺さる。
聞かれていたか…リディアとの会話に集中して、オレリアに気付けなかった。
旧知と話をしていただけだと言えば済むのだが、喉に引っかかって言葉が出ない。
夜会の前に過ったあの言葉が蘇る…




