70:男色?
「僭越ながら…教皇と踊る名誉を私に頂けますでしょうか?」
「ルシアン殿?」
「ローザ帝国の皇子か、其方は女性パートも踊れるのか?」
「心得はございます」
「ならば、頼むとしようかの…」
「教皇がファーストダンスを踊ってどうするのですか…」
「皆で踊れば良かろう?のう?フランよ」
「教皇の御心のままに…」
地平天成の国の未来と己のファーストダンスなど天秤にかけるまでもない。
半ば強制されたファーストダンスに各国の王皇族達がホールに出揃う。
ホールを囲んだ貴族当主と夫人達は苦笑いを浮かべ、子女達が嫉妬と羨望の眼差しを向ける中、動揺を微塵も見せない辺りは流石王皇族。
「リアはダンスが上手いな…」
「フラン様のリードのおかげです。とても安定していて踊りやすくて…こんなに楽しいダンスは初めてです」
「久しく踊る機会がなかったから心配だったんだが、楽しんでもらえてるならよかった」
「…先程お話した小説の中にもダンスの描写があるのです。秘密の恋をする王女と護衛の騎士が、ダンスの時だけは手をとって見つめ合える…私もいつか騎士様と踊りたいと夢見た時期もありました」
「俺は元騎士だから、半分は叶えたというところか?」
「半分ではありません。フラン様の今日のお衣装は騎士様の様ですから…とても素敵です」
「…参ったな……」
「フラン様?」
「何でもない…リアの夢を叶えられたのなら良かった」
小説の一場面に憧れていたのだと17歳の少女の顔で話していたかと思ったら、夢が叶ったと小説の中の秘密の恋人に向ける様な切ない表情で微笑む。
このまま連れ去ってしまいたい…読んだ事もない小説の中の騎士になった様な気分になり、己の単純さに、ぼやきと共に苦い笑いが零れる。
ファーストダンスを終え、客人達と挨拶を交わしながら会場を見回すと、小公爵夫妻とエルデと共に、エレノアとカインの姿もある。
「アレン殿」
「殿下、この度はおめでとうございます」
「ありがとうございます。小公爵夫人とはこの立場になってからは会うのは初めてですね」
「はい、この度はご婚約おめでとうございます。それから、先日はヨランダがお世話になったそうで…」
「あんなに緊張した戦場は初めてでした…」
「フフッ…見事な戦い振りだったとお聞きしております」
「薄氷の勝利ですよ……オレリア嬢を休ませたいのですがお願いできますか?」
「ええ、勿論です」
「お願いします。カイン」
「……アレン殿、エレノアもお願いします」
「お任せ下さい」
「ネイトとユラの2人はオレリアの護衛。ウィルはこのまま俺と共に、アミは距離を保って俺と来てくれ」
「「「「「御意」」」」」
「リア、少しの間アレン殿達と共に居てくれ……って、リア?!」
周りに悟られない様、笑顔で歓談している雰囲気を作りながら指示を出し、オレリアにも一旦別行動を取る事を伝えると、腕を伸ばして俺の首に抱き着いてきた。
思わず腰に手を回して抱き止めるが、公爵令嬢らしからぬオレリアの大胆な行動に、アレン殿達だけでなく周りにいる貴族達も目を丸くする。小さな悲鳴を上げたのは令嬢達だろう。
オレリアは我儘を言わない、要求もしない。遠慮と我慢が染み付いて、こちらが追及しない限り言いたい事の半分も伝えてこない。抱き締めても遠慮がちに腰の辺りに手を回すだけで、奥ゆかしいと言えば聞こえはいいが、俺としてはもう少しと思ってしまう。
そんな奥ゆかしいオレリアが、はしたないと言われる行動に出たのは…
「……あの…お話したい事があるのですが…夜会の後でお時間を頂けますでしょうか?」
やはりな…聡い彼女の必要に応じた故の行動だった。
「構わないが…明日は学園に戻るだろう?疲れないか?」
「加護の事でお話がございます」
「……帰りは送る。デュバル公爵には俺から話しておくよ」
「はい、ありがとうございます」
自然な振る舞いで俺から離れてアレン殿達の輪の中に加わって行った。
俺に少しの満足と大きな渇望を残して…
ーーー
「やはり殿下も気付かれてましたか…」
「ああ…危険なものではないようだが、念の為だ」
「次から次へと…本当に厄病神ですか…」
「この夜会が終わったら禊に行くよ…」
静かに周りを警戒するウィルと、呆れ顔のカインを連れて目的の人物の元へ向かう。
ダンスを踊る前から強い視線を感じていた。気配を消す事もせず、気付いて欲しいとばかりに向けられる…覚えのある感覚は…
「オリヴィエ皇女、一曲お相手願えますか?」
「?!フラン殿下……喜んで」
ホールで踊るルシアン殿を眺めるオリヴィエ皇女に話しかけると、目を丸くして見返してきたが、差し出した俺の手に迷う事なく手を乗せた。オリヴィエ皇女から受け取ったグラスをカインに渡して、踊りの中に加わる。
「不便はありませんか?」
「お陰様で、こんなに安心して過ごせるのは産まれて初めてです」
「随分と…腹蔵なく話されますね…」
「フフッ…ここはローザではありませんから、ところでフラン殿下は何故私をダンスに?」
「ファーストダンスはルシアン殿と踊れなかったでしょう?」
「…ルシアンのフラン殿下への秋波に気付かれたからではなく?」
「私ではなくオレリアへのね……ルシアン殿は男色ではありませんね?」
「………何故?」
「オリヴィエ皇女、ダンスはまだ終わっていません」
腰に回した手に力を入れて、離れようとする身体を引き寄せターンする。細い身体は逆らう事なく、止まりかけていた足もステップを取り戻した。
「っ失礼しました…」
「構いません。鎌をかけたのですが、やはり男色ではなかったんですね」
「……どこでお気付きに?」
「私も男色と呼ばれているんですよ」
「…………は?」
「ダリアに着いてから耳にしませんでしたか?男色殿下、後釜殿下、側近達には厄病神とも呼ばれますね…」
「きっ、昨日着いたばかりだし…」
余裕はなくとも体裁だけは保とうと持ち直したオリヴィエ皇女だったが、俺の口から自虐とも取れる二つ名を披露され、繕い切れずに素が出ている。
「失礼、話が逸脱しましたね。私の男色は自業自得ですが、ルシアン殿は違いますね?」
「……フラン殿下、この後少しお時間を頂いても?」
「上のテラス席へ案内させます」




