64:詰所にて
「ゾマ殿…?」
「フラン殿下、お邪魔しています。体調はいかがですか?」
「お陰様で私もオレリアも回復しました。ゾマ殿はお一人で?どこか警備に不備がありましたか?」
「いえ、本日は私だけ先に登城したのです。昨日の打合せの後、騎士団の訓練も見学させて頂いたのですが、そこで学生達を見かけましてね。貴国の学園の研修制度を聖皇国にも取り入れたく、暫くの間こちらでお世話になりたいと陛下に許可を頂いてきました。短い間ですがどうぞ宜しくお願い申し上げます」
騎士団の詰所にラヴェル騎士団長とイアン団長、叔父上の3人に混ざって聖皇国のゾマ講団長が居たのには驚いたが、聖皇国講団長自らダリアの滞在を延ばす程に、学園の研修制度に興味を示してもらえるというのは素直に嬉しい。
「誉れ高き聖皇国の講団長に、我国の制度を評価して頂き光栄です。学生達の士気も上がるでしょう」
「ハハッ…私より麗しい令嬢達の方が効果的でしょう」
これは…間違いなく先日の学園での事を言っている。兄に煽られ、アレンに動揺を誘われた俺とネイトは、互いに力み過ぎた結果、学生達に恥を晒して撤退を余儀なくされた。そのお粗末な模擬戦を知るのは、澄ました顔で目の前に立つ叔父だけ。
「……叔父上、ゾマ殿に吹き込みましたね」
「吹き込むなどと人聞きの悪い事を言わないで下さい。今回の研修で学生達のマナの扱いが格段に上達したのは、殿下とネイトがマナの制御の重要性を説いてくれたおかげだと皆に話しをしだけです」
「………」
「…叔父上?」
「ジークは殿下の母君と、侍従のカイン殿の父であるキリング侯爵の弟なんです」
「どおりで…お三方の容貌が似ていると思っていたんですよ」
「「………」」
「2人共不服そうだな」
腹黒さが髪色に現れている2人が似ているのは納得だが、そこに加えられるのは非常に不本意…とは口が裂けても言えない。
カインと兄と俺の3人は大魔神の如き叔父上には逆らえない様仕込まれてきた。
カインの様な文官を多く輩出するキリングで育ちながら、叔父上は堅苦しい文官職は肌に合わないと騎士の道へ進み、王宮騎士だった頃にエルデの姉君のセシル嬢と婚約した。だが、結婚を間近に控えた8年前、セシル嬢が原因不明の病に罹った事で婚約は解消。その当時13歳だった俺は、学園生活や閨教育から逃げる事で必死だった為詳しい事は知らないが、叔父上が伯爵位を継いでるにも関わらず、8年経った今でも結婚せずにいる事に誰も何も言わない。
母やカインは事情を知っている様だが、キリング家の領分に踏み込んでまで叔父上の過去を知る必要はない…と本能で感じている。
「いえ、敬愛する叔父上に似ているなどこれ以上の誉れはありません」
「常に敬慕に溢れております」
「その士気高い学生達50名3組に分けて馬車寄せの警備と庭園の警備の後に休憩の3行程を交代制で進める」
「学生達の様子はここに来る時に確認した。多少緊張している様だが動きに問題はなさそうだな」
「それからオレリア嬢の護衛ですが、デュバル領軍から女性の軍人を2名付けます」
「リアの護衛をデュバル領軍から?それは助かるが…誰の提案だ?」
「宰相閣下です。義妹にも付けると言われましたが丁重にお断りしました」
「…納得した」
相変わらずの溺愛振りに苦笑いが溢れる。
現在、ダリアの王宮・近衛騎士団に所属するは男性のみ。貴族令嬢を騎士に差し出す家門が皆無なのだから仕方ないとはいえ、男性の護衛には限界がある。
技量があれば貴賤を問わず、護衛として女性騎士を採り入れるべきという声も上がってはいるが、これまで大きな問題もなく機能してきた為話は進んでいない。だが、女神の加護を持つオレリアが女性王族に加わるとなると悠長な事も言っていられなくなる。
今日の夜会でオレリアに護衛を付ける事を一度は考えたが、過剰な護衛は不自然になるのではと思い留まった。だが宰相はオレリアを心配する気持ちもさる事ながら、女性の護衛を付ける事で実績を作れると見込んだのだろう…その手腕は流石と言わざるを得ない。
女性の騎士に平民枠を加える事については、案を練って臨時議会を開く事になるが、この様子だと宰相がゴリ押しで可決させるのは明々白々といったところか。
「それともう1つ。客人が滞在する南棟の警備ですが、ローザの護衛に当たっている騎士から妙な報告がありました」
「……ルシアン殿が男色ではという報告ですか?」
「知っていたのですか?」
「オリアーナ妃殿下から聞いたそうです」
「なら問題ないですね」
「問題しかないでしょう!?甥に寄り添う心はないのですか?!」
「残念ながら、専門外なのでお力になれる事はありません」
「カインと同じ事を…」
「叔父上と同じとは心外ですね、私は情報提供しましたが?」
「あんな釣書程度の情報で胸を張るな」
「ならば私から有益な情報を…ルシアン殿下の好みは金髪碧眼だそうです」
「カイン、俺の代わりに王太子として夜会に出席しろ」
「何を言ってるんです、バレるに決まってるでしょう」
「ゾマ殿も似ていると言っていただろう。金髪の鬘を被って目を細めていれば大丈夫だ」
「王太子殿下となって初めてオレリア様と迎える夜会…オレリア様をエスコートして、オレリア様とダンスをして、皆んなに祝福してもらう…仕方ない引き受けましょう」
オレリアと初めての夜会…エスコート、ダンス、お披露目までの全行程をカインが行うだと…?
「お前……俺の初体験を根こそぎ奪う気かっ!」
「誤解を生む様な発言はしないで下さい」
「お前達、いい加減にしろ…」
「ゾマ殿とラヴェルがヤバい事になってるぞ…」
イアン団長の憐れむ様な視線の先には、口とお腹を押さえて涙目になっているゾマ講団長とラヴェル騎士団長。
毎度思うが、その堪え切れないといった姿が逆に失礼だと何故気付かないのか…このまま捨て置きたいくらいだが、聖皇国の講団長がここで最期を迎えるのだけは避けたい。
「失礼しました…。ローザの護衛については今後も定期的に報告をお願いします。それから、オレリアの護衛に付く2名と顔合わせをしたいのですが登城はいつ頃ですか?」
「訓練場にいますが、呼びますか?」
「訓練場にいるのならちょうどいい、技量も確かめたいのでこのまま向かいます」
「私も同行してよろしいでしょうか?」
「勿論ですゾマ殿、ご案内しましょう。それから殿下、何度も言いますが私に敬語は不要です」
「………」
「返事」
「……分かり…った」
この地位に着いてから敬語は不要と言われるのは何度目だろうか。宰相、デュバル公爵、イアン団長、ラヴェル騎士団長、叔父上、ウィル…少しずつ慣れてはきたが、義父となるデュバル公爵と叔父上だけはどうしても敬語が抜けない…
この機会にウィルの様な静黙な男になるのもありかもしれない。




