63:男の証明
「殿下、オレリア様より訪いのお申し出がございましたが…いかが致しますか?」
「いつでもいいと伝えてくれ」
朝食をを終えて自室に戻り、上着を脱いでソファに腰を落ち着けるとカレンが声を掛けてきた。
昨晩は会えなかった為こちらから様子を見に行こうと思っていたのだが、夜会に出席する日の母が、朝から忙しく支度をしていた事を思い出し、いつ行こうかと考えていたところだ。
オレリアからの申し出であれば時機を窺う必要もない、渡りに船と返事をしてカップに手を伸ばす。
今日は執務もなく、この後の予定は騎士団の詰所へ顔出すだけで、夜会の支度も着替えのみ。
トルソーに掛かっている黒地に銀の刺繍が入った正装軍服を横目に、読み飽きた歴史書を捲りながら待っていると、暫くしてオレリアを連れてカレンが戻ってきた。
「おはようリア」
「おはようございますフラン様。お忙しい中、お時間を頂きたいと我儘な申し出をしました事、申し訳ございません」
「構わない、体調はどうだ?」
「ゆっくり休ませて頂いたので随分楽になりました…フラン様はお加減はいかがですか?」
「俺も問題ないよ」
部屋に入ってきたオレリアの顔色は戻っているが、初めて会った頃の様な緊張感を漂わせて、ソファを勧めても座ろうとはしなかった。
「…フラン様、本当に申し訳ございませんでした。私の慢心がフラン様の身を危険に晒したのだと、父からもきつく叱責されました」
お茶を淹れたカレンが退室すると、オレリアが謝罪の言葉と共に深く頭を下げてきた。デュバル公爵に相当叱られたのだろう、お腹の前で握られた手が震えている。
庇護欲をそそられる程に落ち込む姿は、年相応か、それよりも幼く見え、自ずと口元が緩んでしまう。
テーブルの上に本を置いてソファから立ち上がると、頭を下げたオレリアの肩がビクリと揺れ、銀糸が肩から溢れる。
この反応もナシェルの影響が残っている故なのだろうが、以前の様な苛立ちは感じない。
「リア、おいで…」
名前を呼んで両手を広げると、おそるおそる頭を上げ、唇を噛み締め、涙を堪えながら近づくと、小さな頭を俺の胸に寄せ腰に手を回して抱き着いてきた。
銀の頭頂が陽光に反射して、上質な毛皮より手触りの良い髪が背中に回した手の甲を擽る。
「リア、君が周りを思う気持ちは否定しない…だが、己の身を顧みない行動だけはしないでくれ…約束してくれるか?」
「はい……約束します」
言いたい事はまだあるが夜会の前に落ち込ませたくはない。だが、オレリアには充分伝わっている様で、腰に回された手に力が入る。
心地良い締め付けさえも愛おしい…昨日の疲れも、今日の不安も吹き飛んでいく。
このままこうしていたいが、女性の支度は男性の何倍も時間がかかる為、カレンとドナがヤキモキして待っているだろう。
「リア、そろそろ支度だろう?」
「……こし…」
「リア?」
「…もう少しだけ……こうしていてもいいですか?」
「~~っ…リア……俺を試しているのか?」
「え?」
……なんだこれは…狙っているのか?オレリアが刺客だったら間違いなく瞬殺されている…そんな手管をどこで覚えたと追及したくなるが、こちらに向けた顔には、何を言われているのか分からないと書かれており、男の諸事情を理解していない事が窺える。
このまま押し倒したいと言ったらどんな表情を見せるのだろうか…白磁の額にキスをして目線を合わせると顔を赤くして俯いてしまった。
この反応も反則だろ…これ以上は俺の精神衛生上宜しくない。
「部屋へ送るよ、後で迎えに行く」
ーーー
「殿下も紛う方なき男だったんですね…」
「………は?」
ナシェルの廃太子以降、お茶会や夜会が自粛されていた王城は、貴族達の参城もなく議会に出席する当主達が登城するだけで粛然としていたが、今朝は早くから夜会の準備に多くの使用人達が足早に城の中を行き交い、庭園や馬車寄せには指示を出す騎士の声や研修生達の緊張気味の大きな返事が響き渡り、久しぶりに活気を取り戻している。
王太子一行に足を止めて頭を下げる使用人や騎士の邪魔にならない様、騎士団の詰所へ向かう経路は人通りの少ない緑道を選んだ。
鳥の囀りと石畳を歩く靴音だけの喧騒から離れた空間の中、しみじみといった様な声で放たれた言葉に思わず声の主を確認してしまう。
「ウィル……?紛う方なき男とは?一体何の確認だ?」
静黙な男が吐く言葉は圧倒的に言葉が足りない…
俺の男色を疑わない1人ではあるが、俺と過ごす日々の中でウィルの方が新しい扉を開いてしまったのか…?
「……まさかウィル、俺の事をーー」
「敬愛はしております」
「遮った上にやけに強調するな…」
「敬慕に足らない存在という事ですね…ウィル殿。それには私も同意します」
「カイン、相変わらず歯に衣着せぬ物言いだな。ウィルは持って回った様な言い方はやめろ、結局何が言いたい」
「失礼しました。殿下がちゃんと女性に反応する方でよかったという事です」
「フラン様は女性嫌いを喧伝して男色の噂まで立つ程でしたからね。そうなってしまった原因も含めて機能しないのではとウィル殿も心配されているんです」
「先程の殿下を見て憂いも晴れました…」
慈愛に満ちた眼差しを向けてくるウィルは、余計な私語を挟まず、俺とカインとネイトの実のない会話に溜め息を吐き、御意しか聞けずに一日を終えてしまう事が常なのだが、俺の専属についてから4ヶ月、静かに下の俺を憂いていただと…?
王族にとって、子を成し、血を繋ぐ事は最重要事項。故に、ダリアでも王族のみ側妃を持つ事が許されている。
愛する女性を側妃に迎える王族もいれば、伯父上の様に、子を成しにくく、やむを得ず側妃を迎える王族もいる。
全ては子を成す機能が正常に働く事が前提としてあるのだが、ウィルはその前提を憂いていたとは…ここで正しておかなければ沽券に関わる。
「何か激しく誤解をしている様だが、下の俺が女性に機能する事は立証されている。濃い化粧とキツい香水に萎えるだけだ。リアには常に滾っている」
「……先程の悶絶具合から、正常に機能するのだと判断しましたので、これ以上の説明は不要です」
「フラン様、下衆な発言は控えて下さい。緑道の静謐な空気が爛れます」




