57:家族の思い アレン&ユリウス
立神の儀に参列するオレリアを乗せて大聖堂へ向かった馬車が、予定より遅れて屋敷に戻って来たと報告を受けた時から嫌な予感がしていた。
足早に向かった玄関ホールに居たのは執事のみでオレリアの姿はなく、代わりに御者が陛下から預かってきたという手紙を乗せたトレーを差し出され胸中がざわつく。
「父上、陛下は何と?」
「直ぐに王城へ向かう」
執務室で仕事をしていた父は手紙を読んで大きく溜め息を吐き、王城に向かうと言って足早に執務室を出た。
渡された手紙には、殿下とオレリアが儀式の最中で倒れた事、2人共に回復したがオレリアは王城で預かる為、夜会のドレスを持って来て欲しい、オレリアが休む居住区への立ち入りを特例で許可すると陛下の字で簡潔に認められいるだけ。
あの日のオレリアが脳裏を過り、詳細も分からぬまま、晩餐会の支度もそこそこに父と共に王城に駆けつけると、案内された部屋には1人掛けのソファに座って涙ぐむ伯父上と、青い顔をした殿下とオレリアが2人掛けのソファに座っていた。
「…オーリア、私達が何に怒っているか分かるね?」
「……はい」
儀式であった事を父に報告した殿下が、オレリア気遣いながら晩餐会の準備に向かった後、座っているのもやっといった状態のオレリアの隣りに伯父上が移動すると、父が大きく息を吐いて口を開く。
「オーリアの心配を掛けたくない気持ちは分かる。気付かなかった私達も悪いが、マナの扱いに自信があるからなどと、些か驕ってはいないか?お前のその慢心が殿下の命を危険に晒しただけでなく、教皇に助けて頂かなかったらオーリアも命を落としていたかもしれなかったんだぞ?」
「オーソン…もうその位にしてやれ、オレリアを休ませよう」
伯父上が、涙を堪えて唇を噛むオレリアの肩を摩りながら父を止めるが、父は首を振って否と答えた。
「いいえ義兄上、今回は言わずにおれません。オーリアは私達の事など少しも考えていないのですから」
「そんなっ、私はー」
「お前はいつもいつも1人で我慢する。お前達の母が亡くなった時もそうだった…何故、淋しいと言わなかった?何故、屋敷に帰らない父や兄を責めなかった?ナシェル殿と婚約していた期間もだ。理不尽に責められても、体調が悪くても、誰にも頼らず1人我慢して隠していた……私達が何を聞いても大丈夫などと笑って答えていたが…お前の口から大丈夫だと聞く度に私達の心が痛んでいたと知らないだろう…」
「……っ…」
オレリアの反論を遮って父の口から聞かされた話に、家族も傷付いていたと終ぞ思っていなかったオレリアは、大きく目を見開き息を呑んだ。
「…お前はエリーにそっくりだ。エリーも熱にうなされ、痩せ細り…それでも大丈夫などと言って笑っていた………何故、辛いと言わなかった?何故…最期まで笑っていたっ?…家族を遺して……一体…何が大丈夫だったというんだっ!私は大丈夫という言葉が大嫌いだ!遺される者の事も考えずっ…己の身を顧みない人間は許せないっ!」
「~~っいい加減にしろっ!オーソン!!ノエリアの事も、ノエリアの事でオーリアに我慢を強いたのも誰でもない私達であろうっ!!」
母の最期を思い出したのであろう父の語気が強まった。今でも母を愛している父は、10年経った今でも母を責め、己を責めて苦しんでいる。
オレリアまでも喪うかもしれなかったと聞かされた父の心中が、穏やかでいられるはずもないのは分かるが、オレリアは父の怒りに血の気が引いており、それを見た伯父上までも声を荒げて父上を叱り飛ばし、見舞う空気は微塵もない。
「……申し訳ありません、頭に血が昇ってしまった様です…オーリアも言い過ぎてしまってすまない」
「……お母様と約束したんです……お父様やお兄様、伯父様は淋しがりだから…慰めて上げてって………最近は守れない事の方が多かったけれど……お母様の分もたくさん笑って、お父様達を笑顔にすると…約束したんです…」
母との約束…その言葉を聞いた父は、涙を堪える様に白藍の瞳を固く閉じて天を仰いだ。
「レリは頭は良いのに……馬鹿だな…母と約束したからと無理に笑う必要はないんだ…泣いて、怒って…もっと甘えていいんだよレリ。お前が元気で居てくれる事が何よりの望みなんだから」
「お前達は…本当に……約束してくれオーリア。どうか、私達から大切なものを奪わないと…」
「約束しますお父様…伯父様、お兄様も本当にごめんなさい」
「いいんだオーリア、もう休もう…お前が眠るまで私達が傍に付いててやるからな」
「いえっ…あの…」
伯父上はオレリアの言葉に滂沱の涙を流し、父と共に戸惑うオレリアを寝室へ連れて行った。
「父上、伯父上、私はエルデに渡す物があるので、後程晩餐会で。レリ、ゆっくり休むんだよ」
ーーー
「全く…年を取るのも考えものだなぁ、涙腺が緩んでしまってかなわん……」
ベッドで眠る姪の頭を撫でていると勝手に涙が溢れてくる…瞳を閉じた寝顔は妹にそっくりで、姪の成長が嬉しくもあり、淋しくも感じる。
「オーリアに関しては年齢に関係なく涙腺が緩んでいるのではないですか?エリーの葬式でオーリアを抱き締めて号泣している義兄上を見た時は、私もアレンも引きましたよ…」
「あの時のオーリアが、余りにも健気だったのでな…ああっ、いかん…思い出すだけで涙が出てきてしまう」
「………」
家族の願いも虚しく、31歳の若さで亡くなったノエリアの葬儀は流行り病の最中という事もあり、カイエンとデュバルの親族葬でひっそりと行われた。
『おかあさまのすきなお花よ、おじさまがもってきてくれたの…いいにおいでしょ?…おかあさま…大すきよ、つぎもレリのおかあさまになって、レリとたくさん……たくさんいっしょにいてね……っ…ふぇっ……おかあっさまっ……っレリってっ…ぅっよんでっ……』
棺の前で魂が抜けた様に佇むオーソンとアレンの横で、オーリアは必死にノエリアに話かけていた。
ノエリアの好きだった花の香りが風に乗り、優しく鼻腔を擽る。
仰いだ空は憎たらしいくらいの快晴で、悲しみに暮れるこの空間だけが世界から切り離されている様な感覚に陥る。
最愛の人との別れに涙を流している今この瞬間も、同じ空の下のどこか別の場所では新しく誕生した生命に喜びの涙を流している人がいる…
空しさに拳を握りしめた時、腰に絡みついてきた小さな手から伝わる震えが意識を引き戻した。
『おじさま、だいじょうぶよ。レリは、たくさんわらうわ…おかあさまとやくそくしたから』
「オーリアッ……っぐぅっ……」
「……義兄上、泣き過ぎなのでは?この後の晩餐会に酷い顔で出席する事になりますよ…」
「あの時の、レリが手に持っていたアズールオレンジの花の匂いが思い出されてな…、花嫁にピッタリの花言葉で、お前達の結婚式のブーケに使って以来ノエリアが好んだ花だった…」
「棺に納めた花も百合ではなく、アズールオレンジのブーケでしたね……だからと言って、匂いまでですか?この後の晩餐会のデザートにアズールオレンジが出たら大変な事になりそうですね…」
「…今夜の晩餐会は欠席してもいいか?」
「宰相が欠席なんてあり得ないでしょう。ほら、目元を冷やさないといけませんから、もう行きますよ」
「そんな…オーソン、もう少しだけ…」




