56:加護者の紋
「…リア?」
「…聞こえる」
オレリアのその言葉と共に、女神ジュノーの像が発光し銀粉が舞い始めた。
驚いた聖職者達が騒つき始め、イアン団長達は周りを警戒しながら参列席に座る3人を囲む。
教皇と大司教の祈りに呼応する様に銀粉が舞う中、不意に握られた手に痛みを感じて隣に目を向けると、心臓の辺りを押さえたオレリアが苦しそうに凭れてきた。
「リアッ!!」
固く閉じられ瞳、血色の失われた頬、人形を抱えているのではと錯覚する程に冷えた身体に、あの日のオレリアが頭を過ぎる…マナを抜き取られているのか。
「…うっ…」
「リアッ!?」
「手を…手をはな…さない…で…くだ、さい…」
声を出すのもやっとと言った状態だが、握られた手の力は弱まらない。俺のマナを注ぐ事は可能だが、どうやら自身のマナも吸い取られているらしく身体が重たくなってきた…
「フラン!オレリア嬢はどうした!?っおい、お前も顔が真っ青ではないか!」
「伯父上ー」
「問題ない、銀粉はジュノーがはしゃいどるだけじゃ。うむ…成功した様じゃのう…今回も加護の紋が現れなんだらリンデンで保護せねばと思っとったが…マナの制御も大したもんじゃ。フランも…其方のマナが気に入られた様じゃの、持っていかれとる。発現したばかりで腹が空いとるのか?」
いつの間にか祈りを終えた教皇が、俺とオレリアの頭に手を置き、頷きながら話しを始めた。
教皇のマナなのか…身体が軽くなっていく。
「…加護の…紋?」
「加護の力を持つ者の証じゃよ。この紋が出ん事には、力を使う事は出来ん。下手をすれば加護の強い力に呑み込まれて命を落とす事もある」
「ですが、紋などどこにも…」
顔、手、首…目に見える範囲に紋らしきものは見当たらないが常人には見えないものなのかもしれない…
「それは初夜の楽しみにとっておくとよい」
「「初夜?!」」
「因みに朕の妻の紋は…おおっと、これは朕と妻だけの秘密じゃ」
「「「「「「………」」」」」」
どこまでも奔放な教皇に陛下と俺だけでなく、イアン団長達も引いている。
痛みに苦しんでいたオレリアは、暫くすると痛みも引いて落ち着いてきたが、オレリアが手で押さえていた箇所に紋が現れたのだと教えられ俺は、全く落ち着かない。
侍祭が淹れたお茶を一口飲んで、無理矢理心を落ち着かせ教皇に視線を向ける。
「リンデ教皇、先程、今回もと仰っていましたが、何かご存知なのですか?」
「オレリアの中で加護の力がに完全発現出来ずに燻っておったからな。像というのは象徴だけではない、神の声や力を媒介する役目も持っておる。女神像がなく、何時ぞや発現し切れなかった力が澱となっておったのだろう。オレリアよ、己のマナで抑えていた様じゃが、相当に身体が辛かったのではないか?」
「……辛かった?」
「………」
「マナの保有量や制御に自身があるやも知れぬが、命に関わる事だという事を肝に命じておくがよい。全ては表裏一体、救う力も誤れば奪うものになる。今回も発現し切れなければ朕の元で保護をせねばとならないところじゃったぞ」
「…申し訳ございませんでした」
「愛する者を悲しませる様な事はせぬ様に、朕も妻を悲しませる事だけは決してしまいと心に誓っておる。此度もダリアに来る前に目一杯愛でて愛でて、愛で倒してから来たのじゃよ」
「「「………」」」
俺達は何を聞かされているんだ…
教皇の、おそらく夜の夫婦の時間の事であろう話に、どう返すのが正解なのか分からないが、三百歳というのは嘘なのか?
「妻の話をしていたら、会いたくなってしまったのう…今頃何をしておるんじゃろうか、朕が居なくて泣いてるのではなかろうな…」
己の話に郷愁にかられる教皇は、隣りに座る伯父上がかわいく見えてくる程に相当面倒くさい人物だった。
「ティリア妃でしたら心配ございません。今日も元気に四季団の訓練に参加されておられます。そんな事より、大人しくしていろと言いましたよね?教皇の私生活なぞ聞いたところで、老害あって一利もないんですよ」
「ゾマ?!」
「教皇が大変失礼致しました。国王陛下、王太子殿下、加護者殿、先に名乗る無礼をお許し下さい。リンデ聖皇国四季団、夏の講団長のゾマと申します」
ゾマと名乗った声の主は、白髪混じりの黒い短髪に顎髭、濃紺の瞳は片目が眼帯で隠されており、年の功は父達と同じか少し上くらい。白い祭服に、ブルーのマニプルスを腕に掛けた姿が聖職者と語っているが、鋭い容貌は軍人にしか見えない。
リンデン聖皇国には四季団と呼ばれる軍があり、春、夏、秋、冬の四講団に属する人間は全て聖職者。彼等は戦う為の軍ではなく、災害や戦争で疲弊した国に援助や祈りを捧げに赴く、自衛出来る救援軍と称している。
「ダリア国王レオンだ。ダリアへようこそ、ゾマ講団長。甥の王太子フランと、甥の婚約者のデュバル公爵令嬢のオレリアだ」
「フラン・ダリア・スナイデルです。お会い出来て光栄です」
「初めまして、デュバル公爵家が長女、オレリア・ファン・デュバルと申します」
「お前、今日は王都の街を観光すると言っておったではないか、何故ここにおる?」
「大司教に、近衛の団長殿が来られてると聞いたものでね。ご挨拶と明日の警備の摺り合わせをさせて頂こうかと」
「ならば、イアン、ジーク、ゾマ殿と先に王城へ戻るといい」
「「御意に」」
「フランとオレリアも共に戻るがよい、マナを持っていかれて疲れておるじゃろ」
「フラン、オレリア嬢は今日は城で預かる。今夜の晩餐にオーソンとアレンも参加するから、まだ屋敷に居る筈だ。手紙を書いて届けさせておくから、オレリア嬢を連れて城に戻りなさい。ウィルとネイトは借りるぞ」
「承知致しました。教皇、本日はありがとうございました。ウィル、ネイト陛下を頼む」
「「御意」」
オレリアが使っていた居住区の部屋を準備しておく様王城に早馬を送り、公爵家の御者には陛下からの手紙を持ち帰るに指示を出してから、オレリアと共に王族の馬車に乗る。
オレリアの隣りに座り、肩を抱き寄せると素直に凭れてきた。
「リア、教皇が言っていた事は本当か?あれからずっと身体が辛かったのか?」
「……申し訳ございません」
「怒っているわけではないんだ。辛いのを我慢する程の理由あったんだろ?」
「………これ以上ご心配をお掛けしたくなかったのです…この程度ならマナで抑えられると…私の慢心です。申し訳ございませんでした…」
「…今は辛くないんだな?」
「はい、大丈夫です」
「嘘ではないな?」
「っフラン様に嘘などー」
「我慢して隠すというのは相手に嘘をついてる事と変わらない。リアが周りに心配をかけたくない気持ちも分かるが、こうして隠し続けると誰にも信用されなくなる。今の俺が大丈夫と言う言葉を信じられないようにね」
「…はい、申し訳ございませんでした」
肩を抱く腕に力を込めて引き寄せ、オレリアを抱き締める。
この腕の中の存在を喪うところだったのだと聞いた時は、身体中の血が引いて行くのが分かる程に恐怖した。
伯父上から手紙を受け取ったデュバル公爵とアレンは、オレリアが夜会で着るドレスを持って王城に駆けつけて来た。
居住区のオレリアの部屋へ通し、執務室へ戻ると一気に力が抜ける…
「っおい、フラン!大丈夫か!?」
「問題ない…少しマナを吸い取られただけだ」
「晩餐会までまだ時間はある。少し休め」
ソファに倒れ込んだ俺の頭を乱暴な手つきで撫でるカインの手を懐かしく思いながら重い瞼を閉じた。




