49:令嬢達の舞と闘い
剣舞は戦いに出る戦士達の武運を祈って捧げられる舞で、ダリア王国では海の舞と山の舞がある。
その昔、海から侵略して来た敵を、たった一本の金扇で討ち取ったと云われる女傑に倣い、海の舞は剣と金扇で舞う。
5名1組で海と山に分かれて披露される剣舞は、剣術大会の決勝戦を盛り上げる余興として人気が高い。
舞台に立つオレリアが、腕を交差させて腰の両脇に佩いた短剣と金扇を抜剣する。
手首を回しながら広げた扇と剣を操り、体を回転させるとスカートの裾が花の様に広がる。
金扇を広げて長剣を抜剣したエレノアも、剣を自在に操り空を斬る。
剣筋は甘やかな色と容貌のエレノアからは想像出来ない程に鋭い。
縦へ横へと移動しながら、互いの剣の間を回転で避け、時には扇で払って令嬢達が舞台上を舞う。
伴奏に合わせた5分強の舞だが、舞終えたオレリア達は汗が滴り、肩で息をしている。
「海の舞は、いつ見ても迫力がありますわね。フフ…ご機嫌様、皆さん。オレリア様はお久しぶりです」
「お久しぶりです、ヨランダ様」
見学に来た学生達の拍手と歓声が落ち着いた頃、羽根扇を仰ぎながら舞台に上がって来た令嬢が、舞を終えたオレリア達に声をかけた。
ヨランダ様と呼ばれた令嬢は、確かセイド公爵家の次女だったか…オレリア達と同じく剣舞の練習をしに来たのだろう。ヨランダ嬢と後ろの4人も衣装に身を包んでいる。
ダリア王国は海のデュバル、山のセイドの両公爵家が持つ軍事力で守られている。
セイド公爵は男気溢れる軍師で、闊達なデュバル公爵との関係は良好。
セイド公爵家長女のアリーシャ様も王立学園卒業と同時に同齢のアレン殿の元へ輿入れしており、子供は男子2人。普段は領地に居るが、オレリアとの仲は良好と聞いている。王城で療養していた期間も手紙の遣り取りをしていた。
だが、ヨランダ嬢からはお世辞にも良好とは言えない空気が流れている…
「あの日の夜会から心配しておりました。政略とは言え、4年もの間婚約者としてお仕えしてきたのに…かの方も衆人環視の中で廃太子を申し出られる程に悩まれていらしたとは…オレリア様もさぞお辛かったでしょう。心中お察し致しますわ」
これは…もしや女の戦いが始まるのか、うちのオレリアは繊細なんだ。
そんなに鋭く爪を立てられたら、一掻きで折られてしまう。
ここは俺達が助けにーー
「ご心配ありがとうございますヨランダ様。お陰様で家族や友人達に支えられ、この度の復学も叶いました」
「ご家族とご友人はオレリア様を裏切りませんものね…フラン殿下との仲も良好とお聞きしております。色々とお噂もある様ですが、オレリア様の献身のおかげでダリアの未来も安泰ですわね」
「フラン様との出逢いは私にとって僥倖です。流言飛語が飛びかっている様ですが、ヨランダ様に限っては些事に惑わされる様な事もなく、セイド公爵閣下もご安心されているでしょうね。セイド公爵家の未来も安泰ですね」
そこに在るのは貴族令嬢の頂点。
金扇を広げて微笑む姿は、俺の知らないオレリアの貴族令嬢の顔。
ヨランダ嬢の顔が怒りに歪み、扇を持つ手も微かに震えている。
「ヨランダ嬢は、ナシェル殿の婚約者候補に名を連ねていたのですが、5年前に、長女のアリーシャ様がアレン殿と結婚した為、婿を迎えてセイド公爵家を継がなくてはならなくなり、ナシェル殿の婚約者候補を降りたのです。ボーエン辺境伯の次男と婚約しておりますが…あの様子だと納得はしていないですね」
「セイド公爵の子息は、10年前の流行り病で亡くなったんだったな」
「ええ、後継者を亡くしたセイド公爵に、デュバル公爵からアレン殿とアリーシャ様の婚約の白紙をご提案されたそうですが、セイド公爵は男気のある方ですからね。仲睦まじい2人を割くようなことはしないと仰ってヨランダ様に婿を取らせる事にしたそうです」
「詳しいな、カイン」
「全てエレノアからの情報ですよ。敵を知らなければ勝てないと言ってね…」
苦笑いのカインが視線を向けた先では、オレリアに代わり、エレノアとヨランダ嬢が対峙している。
「ヨランダ様達も、衣装の具合を確認されに?」
「え、ええ…形ばかりの衣装では舞に影響が出ますから」
「それには同意致しますわ、私達も美しさと動き易さを兼ねるのに難儀致しましたから」
「その様ですわね。海の舞もさることながら、皆さんの纏われている衣装の前衛的なデザインには目を奪われましたもの」
「お褒め頂き光栄だわ。山の皆様の衣装は…今年も伝統に則られておりますのね」
金扇で口元を隠して微笑むエレノアに、カインが溜め息をついた。
ヨランダ嬢達の衣装は軍服を模した衣装で生地もデザインもしっかりしている。
それに比べ、オレリア達の纏う衣装は王城で試着した物と寸分違わず。
「カイン…」
「そんな顔をなさるなら、フラン様がエレノアを説得されてはいかがです?」
オレリアがあの衣装を纏うのは許し難いが、エレノアを説得出来る自信はない。
「剣舞は舞手の技量の美しさを競うものですから。そう考えると…その衣装は皆さんの舞の技量を補うのに相応しいですわね」
「衣装も舞の技量の内、纏う者が相応しくなければ、魅せる事は出来ませんわ」
「魅せるとは、何処のどなたに魅せるのかしら…?皆さん披露する場をお間違えではなくて?」
「ヨランダ様達こそ、その様な重装備でこれから戦にでも出られるのかしら?」
「おい、フラン。そろそろ時間もなくなるぞ」
ネイトが声をかけてくるが、身体がソファに張り付いて離れない。
「…ネイト、お前が行け」
「何で俺がっ?!」
「お前は護衛対象であるこの俺に、自ら前に出ろと言うのか?」
「理不尽極まりないな」
「ならカイン、お前が行け」
「?!何故?」
「カインは侍従だろ。王太子である俺の日々の予定を管理し、日々の執務や公務を補佐し、俺自身や、俺の身の回りで起きる全ての事に対処するのが侍従の仕事だ。俺に降りかかる変事に対処するのは侍従として当然だろ」
「そんな詭弁に乗る訳ないでしょう。駄々を捏ねてないで早く行け!」
「俺にあの中へ身を投じろと言うのか?龍虎の戦いに丸腰で挑んだ俺が無事でいられる保証がどこにあるっ?!」
「お前は王太子だろ、権力でも何でも使って鎮めてこい」
「あの戦場に地位など何の役にも立たないだろっ!女性の戦いに男が口を挟むのは御法度と、スナイデルの家訓にある。それを破る訳にはいかない…」
「その家訓なら、俺の家にもある!国を背負う人間がこれしきの事で怯むな。騎士道はどうしたっ!」
「家訓等と…お2人共恥ずかしいですね、羞恥心はないのですか?」
「「そんな物は入団した日に捨てたっ!」」
「そもそも、今あの場で剣を抜いてるのはエレノアだろう」
「フランの言う通りですカイン殿。得意な交渉術を存分に発揮してきて下さい」
「俺は文官だぞ!戦場では前に出ず、後方で支援するのが鉄則だろっ!」
「殿下?…こちらで何をされてるんです?」
「「「?!」」」




