47:久しぶりの学舎
「学園長。本日は急な申し出にも関わらず、時間を頂き感謝します」
過分な出迎えは不要と伝えたが、校門の前で出迎えた数名の教員の中に学園長の姿を視認して苦笑いが溢れた。
「過分なお言葉痛み入ります。フラン殿下に於かれましては、ご健勝のこととお慶び申し上げます。ジーク副団長もお久しぶりですな」
「お久しぶりです学園長。この度の研修期間延長の要請に承諾頂き、ありがとうございます。」
「騎士科の生徒達にもいい経験となるでしょう。聖皇国の騎士達に触れ合える機会などありませんから」
「ええ、我々騎士にとってもいい機会です」
「今は座学の時間なので、後程演習場にご案内しましょう」
1人の教員を残して他の教員を下がらせ、学園長自らの案内で歩く学舎内は、廊下にも踊り場にも生徒の姿はなく、久しぶりの学舎に懐かしさを感じながら、ゆっくり見て回る。
「座学か…俺は一番苦手だったな」
ネイトが後ろで嫌そうな顔をして呟いているが、状況の見極めに長けており、冷静に切替え、判断が出来るネイトは、遠征では一個隊の隊長を任される実力を持っている。
事エルデに関しては、その実力が全く発揮されていないのが不思議だが…
「ネイト殿は、騎士科の教員の間で、魚と呼ばれていましたな」
「……魚?」
「鮫とか鮭などの種類ではなく魚ですか?」
「ただの魚ですよ。座学の時間は死んだ魚の目をしてるのに、演習場では水を得た魚の様に剣を振り回していたところから、教員の間でついた渾名だそうです」
「死んだ魚の目…ネイト殿の剣技とは関係ないのですね」
「ネイト…殿下の護衛のない日は俺の仕事を手伝ってもらう」
「ジーク副団長の手伝いって…書類仕事ばかりじゃないですか!?俺はちゃんと授業を受けていましたよ」
「そんなのは当たり前だろう。その授業がどれだけ身についているのか上司として確認しておく必要があるだろ。ついでに王宮騎士団との合同会議の参加も義務付ける」
「俺は頭脳派じゃなく実践派なんですよ…」
「…叔父上に知られたのが運の尽きでしたね、ネイト殿」
「ネイトの運はエルデ嬢との結婚が決まった時点で使い切っただろ。昨日はエルデ嬢とどうなった?」
「会えてませんよ…」
揶揄う様な叔父上の言葉にネイトが膨れ面で答えると、学園長が顎に手を当て、記憶を辿りながら話に入ってきた。
「エルデ嬢と言うと…アズール伯爵家の令嬢ですかな?」
「ええ、オレリア様の専属侍女をしている縁で、うちのネイトと婚姻の結びとなりましたが…城勤めの文武百官が嘆いていますよ」
「学園でも人気がありましたからな。剣術大会では、沢山のバラをもらってましたよ」
王立学園の剣術大会には、勝者が物語さながらの騎士になりきり、婚約者や意中の相手に勝利のバラを捧げるという理解し難い風習がある。
「学園長…その話は聞きたくなかったです」
「エルデ嬢の学園時代の話を聞ける機会なんて滅多にないぞ?エルデ嬢程の美人だと色々とありそうだな」
「捧げる相手がいなかったフラン様のバラは、同級の騎士科の生徒の手に渡り、その後は闇取引きで令嬢達の手に渡っていましたね。それを知ったフラン様から、私が勝利のバラを捧げられるという気持ち悪い思い出がありますが…ネイト殿は誰にバラを渡していたんですか?」
「心血注いで勝ち取った俺のバラが気持ち悪いだと?」
「気持ち悪いのはバラではなくフラン様です」
「尚更タチが悪いだろ、カイン、不敬という言葉を知っているか?」
「フラン様はご自身が敬われていると思っておいでで?」
「いい加減にしないか、2人共」
「「……申し訳ありません」」
叔父上と背丈も変わらない程に成長しても、王太子と侍従の地位に着いても、この上下関係だけは永遠に変わらない…
「失礼しました学園長。お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。私の教育が行き届いてない様です」
「ッハ…ハハッ、失礼…お三方の関係は変わらない様ですな」
「「………」」
恥を晒し切ったところで、授業の終わりを告げる鐘が鳴り、校舎内が賑やかになってきた。
廊下に出てきた生徒達は、学園長と一緒に居るのが王太子殿下と気付くと両端寄り、片膝を着き、首を垂れて道を開ける。
「どうだカイン、これで少しは敬う気になっただろう」
「その態度が敬えないと言っているのが分からないのか?」
「…カイン、フラン。俺に何と言われたか、もう忘れたのか?」
「「申し訳ありません…」」
小声で応酬する俺とカインに叔父上の静かな雷が落ちてきた…次は間違いなく拳骨が飛んでくる。
「ハハッ…ダリアの未来は明るいですな。この後の案内は、ここまで共に来た騎士科の教員ロイドに引継ぎます。殿下、今日は剣舞の公開練習日なのです。オレリア嬢も復学してから頑張って練習されております。殿下もお時間がある様でしたら、是非見て差し上げて下さい。舞台で本番さながらの練習を見る事が出来る機会はなかなかありませんから」
「公開練習か…見学させてもらいます」
「ええ是非。それでは私はここで…最後に、私に敬語は不要です。殿下」
「……分かった…」
「結構。ではロイド先生、殿下方を頼みます」
満足気に微笑んで帰る学園長を見送り、案内を引き継いだ教員に向き直る。
「改めて、フラン・ダリア・スナイデルだ。彼らは侍従のカインと、専属護衛のネイト。ロイド先生、と呼んでいいだろうか?」
「殿下の御心のままに。騎士科の座学教員をしております、ロイド・ダ・ゼーラと申します」
「ロイド先生は海の出身なのか」
海側の領地出身の平民はゼーラ姓が多く、山側の領地出身の平民はベール姓、王都周辺の平民はホーフ姓と、姓を聞けば出身地域が良くも悪くも直ぐに分かる。
「はい。デュバル領軍の軍人をしておりました。魔物討伐で肩を怪我して剣が振れなくなったのですが、私は普段は教職に就く兼業軍人だったので、公爵閣下の特別なお計らいで、王立学園の教職に就く事が出来ました」
公爵家と辺境伯家は領騎士団と領軍を持っており、王国軍と違い、領軍に属する軍人の殆どが専業軍人。
怪我や年で退役した専業軍人は、年金を貰って生計を立てたり、軍の裏方の仕事に回るが、ロイド先生の様な若い兼業軍人に職を斡旋するのも上に立つ者の仕事。
「海側の領地は、魔物の出現率がこの一年上がっていると聞いているが…」
「この一年の魔物の出現率もそうですが、魔物自体も年々強くなっている様に感じます」
「…強くなっている?」
「あくまでも私の体感なので、絶対とは言えません」
「いや、貴重な情報だ。実際に魔物と戦った者から話を聞く機会などないからね、感謝する」
「過分なお言葉痛み入ります」
「ロイド先生の情報は、ラヴェル騎士団長にも報告しておきます」
「お願いします叔父上」
「…叔父上?」
「殿下と、侍従のカインは私の甥なんです」
「そうでしたか!お三方の容貌だけでなく、所作も似ていると思っておりましたが…納得しました」
「「心外だな…」」
「何か言ったか?」
「ハハッ…息も合ってますね。ああ、演習場が見えてきましたね」
強固な石造りの演習場から、生徒達の掛け声が聞こえてきた。
演習場で汗を流し、血反吐を吐きながら騎士を目指した…俺や叔父上、ネイトにとって特別な場所。
「懐かしいな…」




