39:対峙
王城の敷地の北側に位置する塔を見上げる。
罪を犯した王族を幽閉する為に建てられた五階建ての塔。
過去に幽閉された者は何を思いながら過ごしていたのか。
ナシェルは何を思いながら俺達を待っているのか、隣りに立つオレリアはどんな思いでここに立っているのか…
何も読み取らせないオレリアの無表情に、誰に向ければいいのか分からない苛立ちを感じる。
「フラン様、オレリア様、お待たせしました。参りましょう」
受付を済ませたカインが、ナシェルの元まで案内する騎士を連れて戻ってきた。
オレリアの手を取り、先導する騎士の後を付いて行く。その後ろにはカインとネイトが続く。
ナシェルが待つ塔の最上階までは、石造りの長い螺旋階段を登らなければならない。オレリアにはキツい行程になるだろう。
「リア、階段に気を付けて。疲れたら遠慮なく言ってくれ」
「お気遣いありがとうございます。殿下方に於かれましては、多大なるご迷惑をおかけすること、申し訳ございません」
「「「………」」」
オレリアの様子が明らかにいつもと違う。出会った頃を思わせる他人行儀な態度に俺だけでなくカインも、ネイトも困惑する。
オレリアの歩調に合わせて階段を登って来たが、やはりキツかったらしく、額に汗が滲んでいる。それでも表情は変わらず、目の前の扉をじっと見つめている。
「フラン王太子殿下、並びにデュバル公爵令嬢オレリア様、侍従キリング卿、専属護衛騎士ソアデン卿をお連れしました」
分厚い鉄の扉の前で警護する騎士に、先導してきた騎士が来訪を告げる。
「解錠します。殿下方が入室後は施錠致しますので、退室の際はノックで合図をお願い致します。ソアデン卿は剣帯から剣を外して入室して下さい」
ネイトが剣帯から剣を外して、案内の騎士に渡すのを確認した警護の騎士が、解錠する。
部屋の中は想像以上に豪華で、調度品などはないが、置かれている家具やリネン等の内装は王城の部屋と遜色ない。
ナシェルは部屋の奥、鉄格子の嵌められた窓に寄りかかり、本を読んでいた。
すぐ横の壁には自裁を防止する役目なのだろう、帯剣した騎士が控えている。
「オレリア……今日のドレスは何色だ?」
本に視線を落としたまま、ナシェルが問う。
「ナシェル様に於かれましては、ご健勝のことと安心致しーー」
「オレリア?」
「緑に…ございます」
「私の色だけを、その身に纏えと教えた筈だ!」
ナシェルの目がオレリアを射抜き、その姿に否と叫ぶ。
「ナシェル様に於かれましては…ご気分を害されたこと深くお詫び致します」
「ならば、出直して来い」
この会話は一体なんだ?ドレスの色?ナシェルは何を言ってるんだ…
「まあいい。オレリア、近くに来い、私に顔をよく見せろ。今日の化粧は誰が施した?エルデか?」
エルデの名前にネイトが小さく反応したのを気配で感じた。ネイトを動かすわけにはいかない…俺も我慢の限界だ。
「リア、行かなくていい。ナシェルは分を弁えろ。私の婚約者に無礼を働くことは許さない」
オレリアを後ろに下げ、ナシェルの前に進み出る。ナシェルも閉じた本を騎士に渡し、ゆっくり進み出た。
ネイトと騎士が制しに出る、ギリギリの距離で対峙する。
「オレリアの顔を見るとつい、ね…挨拶みたいなものだよ。それにしても久し振りだな、フラン。立太子おめでとう」
「嫌味か?俺はこの地位を望んでなどいなかった。何故、あんな馬鹿な真似をした。国の事を考えなかったのか?」
「国の事を考えて廃太子を申し出ただろう?俺の様な男が王になったらダリアは凋落する。あの令嬢が思った以上に強欲だったのには驚いたが、辺境伯領に移送されたそうだな」
「まるで他人事だな、真実の愛どうした?」
「………」
「ジュノーの加護を持つ者。この言葉を何故知っている?」
俺の問いに、ナシェルは大きく息を吐き、ソファに腰を下ろすと、俺達にも座る様に勧めた。
2人掛けのソファにオレリアと並んで座り、カインとネイトは背後に立つ。壁に控えていた騎士もナシェルの背後に移動してきた。
「立太子の儀で、女神ユノンの声を聞いたからだよ…『汝の伴侶となる者は、世界を厄災から救うジュノーの加護を持つ者なり。汝の役目は伴侶を護ること』………国を統べる王となる俺にオレリアを護れだと?王の伴侶は王に従い、王を支え、身を呈して王を守るのが役目。オレリアが己の領分を間違える事がない様、徹底的に教育した。俺に従い、俺に仕え、逆らう事がない様に…だが、同時に過ぎる力を従える事が怖くなった…オレリアの扱いに困り、王太子の地位さえも疎ましくなってきた時に出会ったのが元オット男爵の令嬢だ…」
「元オット男爵令嬢を利用したのか?」
「…この地位を降りるには、廃太子しかない。臣籍降下し、適当に拝領して1人になりたかった…」
「お前の身勝手に振り回される人達の事を、お前に傷付けられたオレリアの事を考えなかったのか?……答えろ!ナシェル!!」
「お前が俺であったならばどうしてた!オレリアを護ると言うのか!オレリアの為にその身を投げるとでも言うのか!!」
大声を上げながら、俺とナシェルが立ち上がると、すかさずネイトと騎士が前に出て手で制する。
「『愛する者の為に、身を投げ出すことはしない、共に生きる為、戦って生き延びる事を選ぶ』オランド殿下が俺に言った言葉だ。俺も戦う、お前とは違う」
「……オレリアを愛してると?」
「この世の誰よりも」
「………」
「ナシェル様、啓上の許可を頂けますか?」
「……なんだ」
許可を得ないと会話も出来ない…先程の挨拶といい、俺達に見せていた華やかな2人のの真実は、滑稽なまでに歪で醜い関係だった。
「…私は敬愛するナシェル様のおそばにいる間、貴方様に従い、お仕えする義務を全うする事を己に言い聞かせて参りました。ですが、フラン様には…どれだけ義務だと己に言い聞かせても、己の心を律しても…想いを抑え切れませんでした……私はフラン様を愛しております。」
「…ハハッ…そうか…あの銀粉は、そういうことか…」
オレリアの話を聞いたナシェルは自嘲すると、ソファに凭れて天を仰いだ…
「……銀粉?」
「女神ユノンは、器が満ち、加護の力が目覚めた時、銀の祝福が降るとも言っていた。…俺はその器をどうすれば満たす事が出来るのか分からなかった…互いに愛などなかったのだから、当たり前か…」
ーーー
塔から王城へ戻る馬車の中、隣に座るオレリアは窓から見える塔をじっと見つめている。
「リア、大丈夫か?」
「ありがとうございます。私は大丈夫です、フラン様こそお疲れではないですか?」
緊張が解けたのか、柔らかく微笑み労ってくるオレリアに安心する。
腰に手を回して抱き寄せる。癖のない銀糸を指で梳き、頭頂にキスを落とすと、そっと背中に手が回ってきた。
「フラン様…お慕い…しております。先程、ナシェル様に言って下さった言葉、とても…とても嬉しかった」
「…リア…」
名前を呼ぶと、涙に濡れた顔を向けてきた。
「も、申し訳…ありません…本当は怖かった…っこわ…くて、ですが…ナシェルっ様にーー」
覆いかぶさる様に唇を塞ぐ。これ以上、オレリアの唇がナシェルの名前を紡ぐのを許すことは出来ない。
「俺は独占欲が強いと言った筈だ」




