33:ナシェル
「ナシェルがオレリア嬢との面会を要求している。オーソンは承諾した」
ジュノーがユノンの双子の女神だと判明した事、ナシェルもあの声を聞いていた事、そして、ナシェルがオレリアとの面会を求めており、デュバル公爵が承諾した事を伯父上に知らされた。
オレリアに対する権限を持っているのは、オレリアの父であるデュバル公爵。
婚約者の俺には、否と言う権利も資格もない。
「…オレリア嬢には陛下から話をされるのですか?」
「いや、オーソンとユリウスから話をしたいと言われてな、任せる事にした」
今日のお茶会は、ナシェルの事を話す為だったと知り、唇を噛む。オレリアは絶対に断らない。例え断れたとしても会う事を選択する。良くも悪くも貴族の鑑であるオレリアは、国の為と言われれば、己の傷も顧みない。
2人が婚約したのは、ナシェルが立太子した4年前、13歳で学園に入学して直ぐだった。
ナシェルと家格や年齢が合う令嬢は他にも居たが、母を亡くしたオレリアを不憫に思い、度々オレリアを王城に招いては、シシーと3人の時間を過ごしていた伯母上がオレリアを気に入り、シシーも懐いていたことから、2人の婚約が成立したと父が話していた。
王城で執り行われた婚約の儀には、王位継承権を持つ者として父と兄と共に参加し、婚約を宣言する2人の証人となったが、あの時の儀式は印象深く残っている。
紫の盛装で身を包んだナシェルと、白地に、金糸と銀糸で刺繍されたドレスを纏ったオレリアが並び立つ姿は一枚の絵画の様だった。
ナシェルは少し高慢なところはあったが、人を傷付ける様な事をする人間ではなかった。群がる令嬢達にも笑顔で対応し、臣下達にも気さくに話しかけ、王太子としての人気は絶大。あの場に居た全員が国の未来の安泰を慶び、自身が将来仕えることになる2人を心から祝福した。それなのに、何故ナシェルは廃太子などと言い出したのか。目を輝かせて国の未来を語っていたナシェルに何があったのか。
ナシェルに傷付けられたオレリアにしても、4年間の婚約期間の事は、王城や学園で見聞きした程度のことしか知らない。ナシェルに何を言われたのか、どんな態度を取られたのか、どんな思いでナシェルの隣に立っていたのか。今の俺にはそれを聞く資格もあるし、聞けば答えてくれる者もいる。だが、聞く勇気がなかった。お互い他人だった頃の話とはいえ、黙って聞いていられるほど寛大な人間ではないし、厚顔無恥な要求をするナシェルのことも今すぐ殴り飛ばしたい。だが、国の憂いに己の些末な私情を挟む事は許されない。女神ジュノーが秘匿された存在なのか、誰も知らなかっただけなのか、祝福の訪れか、厄災の前触れか、何の情報もないまま新たな女神の存在を他国に報せるのは悪手。ダリア王国が大陸中を混乱させる引き金になってしまう。己の嫉妬深さに呆れながら、自分勝手な思いを抑えて、伯父上に面会の同席を求める。
「…陛下、ナシェルとオレリア嬢との面会に、私も同席する事を許可して下さい」
「……カイン、ネイト。いざという時はお前達がフランを抑えろ」
「「御意に」」
ーーー
執務を終え自室に戻ると、襟のホックを千切る様に外し、脱いだ上着を放り投げ、ソファに凭れて片腕で顔を覆う。カレンがそっとテーブルにお茶を置いた。
「お帰りなさいませ、殿下」
「ただいま。…リアはどうしてる?」
物に当たった気まずさを誤魔化す様に、お茶を一口飲んでカレンに訊ねた。
「シシリア殿下が晩餐をご一緒したいと申されまして、先程向かわれました」
「そうか…」
「殿下はお食事はいかがされますか?」
「軽食で構わない。リアが戻ったら、俺のところに来る様伝えてくれ」
「かしこまりました」
オレリアと会ったところで、何を話せばいいのか分からないが、オレリアを1人にしたくなかった。いや、俺が1人になりたくないのかもしれない。
「フラン様は、どこまでオレリア様をご存じですか?」
「どこまで?とは?」
カインと2人で軽食を摘みながら思考に耽っていた俺は、カインの質問の意味を直ぐに理解する事ができなかった。
「オレリア様の幼少期の頃の事、ナシェル殿と婚約されていた間の事、学園での様子、オレリア様が何を好み、何を厭うのか。フラン様はオレリア様の事をどこまでご存じですか?」
「………」
何も答えられない事に驚くと同時に酷く落ち込んだ。執務や男色の誤解を解くことを優先してきた。釣書程度の情報でオレリアを知った気になって、想いを通わせて満足し、ナシェルに嫉妬して、身勝手にも程がある。今だって己の感情を抑えることに必死でオレリアに会う事を躊躇っている。
「…カインは、エレノアの事をよく知っているのか?」
「愚問だな。婚約期間が長いこともあるが、あのじゃじゃ馬に振り回されない為に、観察、分析、考察を繰り返してきたんだ。本人よりも知っているさ」
「…必死だな」
「お前もカレン殿から女性の機微を学べと言われてるだろ?女性は見栄と秘密で構成されている未知の生物、釣書の情報や噂なんて些事だ。そんなもので知った気になってたら捨てられるぞ」
「お前が既に振り回されてるだろ…」
王城でも優秀な文官と評判で、侍従に引き抜きたいと大臣に頼んだ時は苦い顔をされた。職権濫用とも云われかねない強引さでカインを取り込み、今は公私に渡りネイトと共になくてはならない存在となっている。
そんな優秀な男が、7歳も年下のエレノアに振り回されてると知り、残念に見えてきた。
「殿下、オレリア様がお戻りになられました」
「ああ、通してくれ」
だが、カインのおかげで少し気が楽になった。知らないなら知ればいい。観察、分析、考察を繰り返し、オレリアをーー
「……リア、それを着て剣舞を披露するのか?」
「はい。エレノア様達が寝る間も惜しんでデザインされたそうです。カイン様にも、お見せするのが楽しみだと手紙に書かれてました」
剣舞の衣装を纏って現れたリアに俺とカインは驚愕した。動き易さと美しさのバランスを取るのに苦労したという衣裳は、ウエスト部分で上下が分かれており、スカートには何本もスリットが入っている。
目の前で舞うオレリアを観察し、分析し、考察した結果出た答えはーー
「カイン。お前はエレノアより、エレノアを知っていると言っていたな」
「………」
「お前が何とかしろ」
「御意に…」




