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王国の彼是  作者: 紗華
32/197

32:ネイトの求婚

庭園の散歩から数週間後の午後の執務室。仕事が一段落したところで、エルデを呼び出す。


「殿下。お呼びと聞き参じました」

「リアはどうしてる?宰相とデュバル公爵とのお茶会は楽しめたか?」


仕事の合間に、ジュノーの事を調べて奔走していたデュバル公爵だったが、今朝になって宰相を通じてオレリアとの面会を求めてきた。

宰相も同席すると聞いたオレリアは、久しぶりの親族水入らずのお茶会に、張り切って侍女達に指示を出していた。


「学園で開かれる剣術大会の衣装の試作品が届いたので、旦那様達に披露されておりました」

「衣装?リアは剣術大会に出るのか?」

「剣術ではなく、()()で出られます」


学園の剣術大会は、社交シーズン後の初秋に開かれ、自領を持つ貴族達は、この大会を見てから領地へ戻る。

剣術大会でいい成績を納めれば王宮騎士団への入団の推薦がもらえ、領地を持つ貴族当主の目に留まれば領騎士団への道が拓かれる。

騎士を目指す学生にとって大事な大会。


因みに、俺とネイトはこの大会で優勝して、推薦で王宮騎士団に入団している。

剣舞は決勝戦の前に披露される舞で、剣舞目的の観覧者も多い。


「剣舞の試作の衣装か…俺も後で見せてもらおうか。リアに伝えてくれ」


マナも戻り、宮医から全快と診断されたオレリアは、念願の復学の日も決まり、来週公爵家に戻る。

オレリアの楽しみで堪らないといった様子は微笑ましくもあり、寂しくも感じる。


「話は変わるが、エルデ。君に縁談の話がきてるんだ」

「縁談…ですか?」


オレリアとの面会の件で訪れた宰相から、デュバル公爵から預かったと、エルデに届いた釣書を渡された。添えられた手紙には、エルデの縁談の件はフランから本人に話して欲しいと書いてあり、雇い主(公爵)から渡されたら断れないであろうエルデへの気遣いが感じられた。


「庭園で、リアに付き添う君を見染めたそうだ。デュバル公爵から話をするのが筋なのだろうが、俺に任せると言われてね。リアにも話す前に、先ずは、エルデに結婚の意志があるか確認をしておきたい」


「大変光栄ではありますが、私は片田舎の伯爵家の末子です。公爵家には10歳で入り、貴族の令嬢としての教育は、王立学園でも必要最低限しか受けておりません。社交も貴族の妻も務まりません。それに、私はこの先もオレリア様にお仕えする事を望んでおります」


忠誠心の高い侍女に思わず苦笑いになる。


「エルデがリアのそばに居てくれたら安心だが、君はアズール伯爵家の令嬢だ。伯爵夫妻も心配してるんじゃないか?」

「…殿下。烏滸がましい事を承知で申し上げれば、もしもこの先、結婚する機会があるのなら、今の仕事(専属侍女)を認めて下さる方を望みます」


王城にも既婚の侍女は大勢いるが、その多くは宮廷貴族の夫人や騎士の妻、平民が多い。

王族の居住区で勤めるの侍女の中には、貴族夫人も居るが数は少なく、子育てを終えた婦人や、未亡人が殆どで、現役の貴族夫人は皆無。


今回、エルデに縁談を申し込んできたのは、同家格の伯爵家。侍女の仕事を続けるのは難しいだろう。

エルデを説得するか、縁談を断るか…


「だったら、()()()()しましょう」


思わぬ言葉が飛んできて、全員の視線が声の出所に集中する。


「エルデ殿。俺と、結婚、して下さい」


一言、一言確認する様にいい重ねられた言葉に、エルデは目を見開き、カインは瞳孔まで開いている。ドナは静かにティーポットをテーブルの上に置いた。


どの位の時が止まっていたのか…息をするのも忘れる程の衝撃に固まる中、いち早く息を吹き返したエルデが、狼狽えながら返事をする。


「ネイト様?あの…お気遣いは大変ありがたいのですがーー」

「俺は伯爵家の次男で継ぐ家はありません。騎士爵を賜ってますが貴族の社交は無用、侍女の仕事も続けて下さい。」


「お前…本気なのか?」


エルデはリアの専属侍女であり、オレリアが姉の様に慕う存在。その場の勢いなどで結婚を申し込んでいい相手ではない。


「本気だよ。俺ならエルデ殿の条件にピッタリだろ。オレリア様の側に残れて、ご両親も安心させられる。子供が出来たらお前のとこと乳兄弟もいいな。これは一石二鳥、いや三鳥だな」


乳兄妹…?魅力的な提案に心が大きく傾く。


「こ、子供!?」

「言ったでしょう?要求に応えるよう努力するって」

「そっ、その話は!?あれは、本音ではないと言ったじゃないですか!」

「まあ、それはどちらでもいいです。俺がそう仕向ければいいだけの話しですから」

「し、仕向けるって…」


「イアン団長と同列なのは遠慮したいですけど、ご所望であれば善処します。挨拶のキスも、毎日の告白も喜んで。ですが、一つだけ問題があります。エルデ殿に対しては、俺の理性は全く機能しません。」

「………」


「堂々と獣宣言ですか、ネイトさん、潔いですね」

「ネイト!お前っ…うちのエルデになんてことを!!お前の様な獣にくれてやるエルデは1人もいない!」


ソファから勢いよく立ち上がり、両腕を広げてネイトの視界からエルデを隠す。

理性が機能しないと堂々開き直る男に娶らせるなど、公爵にも、伯爵にも、オレリアにも立つ瀬がない。


「エルデ殿には、オレリア様のそばでいつも笑っていて欲しい。…あんな顔は俺の前だけにして下さい」

「…あんな顔?とは?」


立ち塞がる俺を片手で押しやり、前に進み出て話すネイトに、エルデが訝しげに問う。


「オレリア様がナシェル殿の婚約者だった頃です。貴女が泣くのを堪えながら、オレリア様に付き添う姿を王城で何度も見かけました。ナシェル殿に傷つけられたオレリア様と一緒に、貴女も傷ついてたんでしょう?初めて見かけた時から気になってたんです」


涙が静かにエルデの頬を伝う。誰よりもそばでオレリアを見てきたエルデが傷付かないはずがない。

主人にも負けない無表情の下で、今も血を流し続けている。


「やっと泣いてくれましたね。こうして泣かせてやりたいと思ってたんだ…ずっと」


ネイトが満足げに笑いながら、エルデの頬に手を添え指でそっと涙を拭う。拭い切れない涙がネイトの手を濡らしていく。


カインは、廃棄書類の積まれた箱に釣書を放り投げ、目を輝かせて成り行きを見守るドナに、とびきり苦いお茶を淹れるよう頼んだ。


我に返ったエルデは、赤くなった顔を両手で隠しながら、挨拶も忘れて逃げるように下がり、それを見送ったネイトはフランの方へと振り返り、騎士礼をとる。


「そういうことで、フラン殿下。先方には丁重にお断り下さい」

「…俺は一体何を見せられたんだ…頭がむず痒い」


ドナが淹れた苦いお茶を飲みながら、こめかみを押さえて唸るフランの元に、陛下の呼出しがかかった。

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