27:それぞれの覚悟 フラン&オレリア
昼食の前にお茶を飲みながら話でも、と午前の執務を早目に切り上げたあの時に時間を巻き戻したい。
書類を読んでも目が滑り、かといってオレリアの元へ行く勇気も出ず、時間だけが過ぎていく。
「フラン様、そろそろお時間です」
「……」
「フラン様」
「……」
「フラン様。その書類は訂正箇所があるので、今見ても意味がありません。…いい加減、覚悟を決めて下さい」
カインが痺れを切らして促してくるが、頼む。もう少し時間をくれ。
遡る事数時間前……オレリアの部屋を訪れたが、訪いのノックに返事がない。部屋の前で護衛をしていたウィルに確認しても特に異常はないと言う。
「お休みになられてるのでしょうか」
「中の様子を見て、休んでいる様なら出直す」
そっと扉を開き、部屋の様子を窺うと、侍女達に囲まれたオレリアが居た。
起きているのなら問題ないと、中に…入れなかった。
「こんな短時間で覚悟が決まるわけないだろう!お前達にとっては、あれ位朝飯前なのだろうが、俺は剣しか握ってこなかったんだ。頭を撫でるだけで精一杯の初心者なのに、髪にキスなど上級者のする事だろうが!段階をすっ飛ばし過ぎだろ!」
「本当に段階をすっ飛ばしてるな。告白もまだなのに、もう初夜か?」
「初夜に実践されるには、恥ずかしげもなく初心者と宣うフラン様には難易度が高いかと思います」
侍女達の話しは、こちらが赤面する様な内容で、だが聞かずにはいられない、かつて受けた閨教育より充実した内容だった。
だがしかし、難易度が高すぎる…
「黙れ!それなら、昼食の話をしよう。口に付いたソースを口付けで拭うなど、テーブルを挟んで食べてるのにどの様な策を取ればいいんだ?正面からテーブルを跨ぐのか?椅子から立って距離を詰めるのか?拭った後は何と言えばいいんだ?策も無しに挑めない。俺は繊細なんだ」
「脆弱の間違いでは?策だの、詰めるだの戦に出る戦士じゃないのですから。その時がくれば自然に体が動きます」
「そもそも、オレリア様は口にソースを付ける様な食べ方はしないだろ」
「……」
ネイトの尤もな言葉に覚悟が決まった。
ーーー
「デザートにはクリームをたっぷり乗せてお出ししますから、さり気なく唇の端に付けて下さい」
侍女達の赤面する様な、恋人にして欲しい事から何も選べなかった私に、ちょうど良い時機だとエルデが提案してきた事が“口に付いたクリームを拭って頂く“。
「エルデ…私はフラン様と昼食をご一緒出来るだけで、とても嬉しいのだけど」
「好きな殿方と一緒に過ごせるだけで幸せというのは分かります」
「すっ、好き?!」
「何をそんなに驚かれてるのです?殿下がお好きではないのですか?」
「…分からないわ……」
「一緒に居たい、話をしたい、触れて触れられたい。幸せ、安心、不安、苦しみ。様々な感情と欲で構成された思いが好きなのです。オレリア様も既にお気付きのはず」
殿下に惹かれていることは気付いていた。
面会のあの日、私の身体を心配して叱って下さった。お見舞いのお花やカードから優しさが伝わってきた。城下町へ出掛けた時は、私を受け入れて下さると仰ってくれた。
義務であっても嬉しく、幸せで…義務であることが辛く、苦しかった…
勇気を出して、私自身を見て頂きたいと思っても、かの方を思い出すと怖くなる。
欲を出して拒絶されたくない。
「オレリア様。何度でも言いますが、殿下はナシェル様と違います。怖くとも、一歩踏み出さなくては何も変わりません。」
「…エルデには、隠し事は出来ないのね」
「オレリア様より、オレリア様を理解しております」
「ありがとう。エルデ」
エルデの励ましの言葉で覚悟を決める。
ーーー
「リア、身体の具合はどうだ?ちゃんと休めてるか?」
ソースの心配をしていた昼食も無事に終わり、お茶を用意されてるガゼボに向かう。
城に従事する貴族達が、余暇を過ごしに庭園に出ており、視認した王太子一行に頭を下げる。それに手を上げて応えながら、オレリアの手を引いて歩を進める。
「はい。学園の課題と、友人からの手紙の返事を書いたり、エルデ達とお話をして、ゆっくりさせて頂きました。フラン様はお仕事はいかがでしたか?」
「いつもの書類仕事と、再来月に開かれる夜会に伴う警備の立案かな。他国から国賓を招くから警備の強化が必要になるんだが…俺の話はつまらないな…。学園の友人とは手紙のやり取りだけでは淋しいだろう、復学が延びてしまってすまない」
来月開かれる夜会で、王太子と婚約者のお披露目をする為、各国に招待状を送っている。ナシェルの事もあるから、参加規模を多目に見積もって策定する必要があるだろう。
「フラン様のせいではありませんので、謝罪なさらないで下さい。ご心配をおかけした上に、居住区にまで置いて頂いて、過分な待遇に感謝しております。学園の友人達とは復学して寮に戻れば、ずっと一緒にいられますから大丈夫です」
オレリアの成績は優秀で早期卒業しても問題はないそうだが、本人の強い希望もあり、復学する方向で話を進めていたと、デュバル公爵が話してくれた。
「それなら、城で療養している間は、なるべく一緒に過ごす時間を作らないとな。復学したら、俺の事など忘れられてしまいそうだ」
「そっ、その様な事は決してございませんっ」
少し揶揄っただけなのに、頬を染めて真剣に返してくるオレリアが堪らなく愛おしい。
吸い寄せられる様に頬へと手が伸びる。
顔を近づけると、触れた頬が更に赤く染まる。
アイスブルーの瞳の中に在るのは己だけ。
「そう…その瞳に映るのは俺だけでいい」
「あ、あの…」
「黙って」
塞いだ唇は柔らかく、脳髄まで甘い痺れが突き抜ける。
二度、三度と啄んで、ゆっくり離れる。
「好きだ。リア、その顔は俺の前だけにしてくれ」
この世の全てから隠す様に抱き締める。
「わ、私も…お慕いしております…」
天を仰ぐーーー誰にも奪わせない。




