2:きっかけ
ダリア王国王太子であるナシェル殿下に対しての、やらかした発言に眉が寄る。
「ネイト、王族に対してその言い方は不敬だろ…。何があったか知らないが、むやみに持ち場を離れるな」
「今は!それどころじゃないんだよっ!…落ち着いて聞けよ。ナシェル殿下が、廃太子を申し出た」
フランの咎める声に若干苛立ちを見せながら、声を潜めて殿下のやらかしを伝える。
「……廃…太子?」
「ああ、臣籍降下して例の令嬢と一緒になりたいと宣った」
「っ、あんの、馬鹿がっ!!!」
「…お前の方がよっぽど不敬じゃねえか」
ナシェル殿下をバカ呼ばわりする俺に、ネイトが苦く笑う。
正妃との間に産まれた従兄弟のナシェル殿下は4歳下。
6年間の学園生活の間、2年程在学期間を共にしたナシェル殿下は、中等学園時は品行方正、公正大明と慕われていたが、高等学園へと進学してからは、婚約者が居るにも関わらず、成金男爵家の令嬢と懇意になり、今では浮いた存在となっている。
その渦中のナシェル殿下の婚約者、オレリア・ファン・デュバル公爵令嬢はナシェル殿下と同じ17歳。
王族特有の金髪碧眼のナシェル殿下と、癖のない銀髪にアイスブルーの瞳を持つオレリア嬢が並ぶ姿は、色鮮やかな夏と、氷にに閉ざされた冬を連想させる。
対な見た目と同様、王城や夜会で見かける2人は、ナシェル殿下からは義務感しか感じられず、オレリア嬢に至っては、王妃教育の賜物であろう完璧な笑みで全てを隠し、読み取ることは困難。
お世辞にも良好とは言えない関係だが、1年後には学園卒業、結婚式を控えている。
王侯貴族の結婚は殆どが政略で、恋愛結婚は皆無。現王も政略。父も前妻、後妻共に政略。
陛下と俺に惚気散らかしながら、先日サルビア王国に入婿されたオランド殿下も、純然たる政略。
それでも、陛下も父も伴侶との仲は良好で、オランド殿下は言わずもがな。
王族のみ側妃や愛妾を持つ事を許されており、廃太子などしなくても、件の令嬢を愛妾として召し上げることだって不可能ではない。
廃太子を申し出るほどにオレリア嬢を忌避しているのか、それとも、件の令嬢が王族入りを尻込みしているのか…
今宵の夜会は終会だろうが、噂好きの貴族が大人しく帰路に着くことは絶対にない。
会場は混乱しているはず、人手は多い方がいいだろう。庭園を警備している仲間にも声をかけ、夜間会場へ向かう。
ーーー
「これは…見なかったことにするか」
「夜会とは程遠い光景だな…」
耳に届いてくるのは楽団の奏でる音楽ではなく、怒号と悲鳴。
グラスは割れ、零れたワインが床を赤く染める。上品に並べられていた料理やデザートもテーブルや床に散乱して原形を留めていない。
騎士の宴会だってこんな悲惨な状況にはならないぞ…
王太子の突然の廃太子宣言に、王族の退出。宰相が終会を告げたにも関わらず、会場内は少しでも情報を集めようと奔走する当主と、困惑する夫人達。更に好奇心を隠しきれない令息令嬢達に加え、貴族達を控室や帰路に誘導する騎士達で溢れ返り、優雅とは程遠いカオスと化していた。
下手に動いて巻き込まれては敵わないと、息を潜める俺とネイトだったが、星雲状態の中からどうやって見つけ出したのか、近衛団長のイアンが険しい顔で近づいてきた。
「ネイト、お前は馬車寄せへ向かえ。フラン、陛下がお呼びだ」
このタイミングでの陛下の呼び出しとは…嫌な予感しかない。