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王国の彼是  作者: 紗華
117/197

115:もう1人のネイト ネイト

「皆さん、お疲れ様です。レモン水とオレンジゼリーをお持ちしたので、休憩しませんか?」


「「「「「「「エルデ嬢!」」」」」」」


「濡らした手巾が籠に入ってるので、先ずは汗と土を拭いて下さい」


「「「「「「「ハイ!!」」」」」」」


斜面の整地作業で喉が渇き始めた頃、アズール家の侍女達と共に差し入れを持って来たエルデの休憩を促す声に、団員達が大きく反応し、我先にとエルデの元に群がる。


「天使がいる…」

「妖精だ…」

「いや、女神だろ…」


王城では笑みを浮かべる事は殆どなく、常に凛とした姿勢で仕事をしているエルデだが、アズールに来てからは表情が豊かになり、笑顔も増えて、騎士だけでなく魔術師までも虜にしてしまっている。


だが、こんな雑魚共はどうでもいい。俺が、今、最も警戒すべき相手は…


「エルデ、帽子を忘れてる。日焼けするぞ」


「あっ…忘れてたわ、ありがとう()()()


エルデが笑顔を向けて礼を言ったのは俺ではない。


()()()()()()()()()()()

本名はネイサン・ファン・ギール。秋の紅葉を思わせるテラコッタ色の髪に、翠緑の瞳を持つ、エルデと同齢のアズール騎士団の若きエースは、エレノア嬢の専属侍女をしているマリー殿の双子の兄でギール子爵家の後継でもある。


ギール子爵家は、アズール伯爵家の補佐兼護衛を代々担っており、とても、それはもう許し難い程に、とても近しい関係を築いている。そして何より許し難いのが、()()()がエルデの幼馴染であり…初恋相手だという事。


「少しは成長したかと期待してたんだけど…相変わらずだな」

「そんな事ないわ、ちゃんと成長してるわよ。マリーからも手紙が届いて知ってるでしょう?」


「ああ、この間届いた手紙には、休日に会う約束をしたのに、待ち合わせ場所を間違えていたって…指定したお店の1本手前の通りで迷子になっていたって?」

「そっ、それは…」


「ここで隠れんぼして遊んだ時も、よく迷子になってたな…自分のとこの畑なのに…ッククッ…」

「ちょっとっ!やめてよ!!」

「ククッ…ハイハイ、じゃあな」


「畑で迷子…可愛いな…」

「凛とした美人なのに…ちょっと抜けてるところが、たまらないな…」

「俺はこの間、王城で迷子になっていたエルデ殿を保護したぞ」

「俺も、俺も!庭園で、殿下の部屋に飾る花を持ったエルデ殿に帰り道を聞かれた」

「役得だな…魔術師団から王宮騎士団に転属するか…」


王宮騎士団員達が、鼻の下を伸ばして話している通り、エルデは方向音痴。


エルデは()()()()しないと広い王城で迷子になる。1人で迷わず行ける所は、訓練場と居住区と執務室、そして特舎のみ。

フランやカイン殿がお使いなど頼んだ日には、デレデレの王宮騎士を伴って戻って来る始末。


「愚弟よ、このままでは()()()に取られてしまうぞ?」

「?!兄上…」

()()()はエルデの事を妹くらいにか思っていないから大丈夫だよ」

「だが、エルデは美しいからな。成長したエルデを見て()()()が惚れるかもしれない」

「どうかな…()()()は女より剣だからね」

「うちの()()()とは対極だな」


森の近くで整地作業をしていた兄達が、ネイト、ネイトと連呼しながら、オレンジの木の下に腰を下ろす。

一体どっちのネイトだ?そして俺と対極とはどういう意味だ?少なくとも、エルデに惚れてからは女を抱いていない、清い身体だ。


「確かに、うちのネイトとは対極にあるね…こうして、一緒に汗を流して整地業をしてても、未だに信じられないよ。殿下と人気を二分するネイトの絵姿は、アズールでも人気だからね…その本人がエルデをお嫁さんに欲しいって手紙が届いた時は、騙されたんじゃないかって心配したよ」


「え?!騙す?!」


苦笑いの義兄の口から飛び出た言葉に、思わず大きな声が出た。脳筋も驚いたらしく、口を大きく開けて固まっている。


「今だから白状するけど…こんな片田舎の、ちょっと美人なくらいの伯爵家の娘なんて、相手にされる訳がないって…エルデは見た目と違って初心だからね…手籠にされて子供でも出来たのかもしれないって」


エルデを手籠にするどころか、俺が手籠にされている…あの日の苦い思い出が過り、天を仰ぐ…照りつける太陽が熱い。


「…ブハッ…ウグッ……ッヒ……ネ、ネイト…」

「だからっ!普通に、笑えっ!!」

「え?!ラヴェル?!」


脳筋も同じ事を思い出したのだろう、#発作__・__#が始まった。義兄は驚いているが、それどころではない、俺の苦しみの上にエルデの純潔は守られているのだと、伝えなければならない。


「いつもの事なので放っておいて大丈夫です。それよりも、俺は真剣です!」


「ハハッ…大丈夫、ジークから聞いてるから」

「…ジーク副団長から…不安しかないんですけど。確かめる相手を間違えてますね」


「何を確かめる相手だ?」


「?!ジーク副団長…なんでもありません!」


来た…というか、何しに来た、屋敷へ帰れ。

これ以上、俺の周りを引っ掻き回さないでくれ。


「お前の誤解を解いてやった恩人に随分な言い様だな」

「絶対に碌な事を言ってないですよね」


「いいや?エルデが登城する度に、仕事に事寄せて付け回してたとしか言ってないぞ?隊舎の部屋にオレンジを欠かさず置いてたとか、オレンジに日々話しかけていたとか、オレンジ相手に告白の練習をしていたとか?…そういう事は言ってない」


「ちょっとっ!今、言っちゃいましたよね?!しかも、してない事まで言ってますよね?!」


義姉をカイエンの要塞に連れて行かれると知ったジーク副団長は、俺への八つ当たりが更にキツくなり、フランが床に伏せている今は、2人分のそれを受ける日々。こんなのが未来の義兄だなんて…認めたくない。


「…プハッ…アッハハハ……失礼…ップ…」

「…ヒグッ…ジーク……ウヒッ……やめろ…」


「……ったく…おいっ!誰か、ラヴェルを回収しろ!森にでもに捨てておけっ!」


「ラヴェルお義兄様?!ジークお義兄様、酷いです!ラヴェルお義兄様っ、この袋を持って、息を吐いて…吸って…」


非情なジーク副団長に、エルデが持ってきた籠を渡して、脳筋の涙と鼻水の汚い顔を拭いているが、後でしっかり、聖水で手を浄めなければ…


「い、義妹よ…もう、大丈夫だ…」

「ラヴェルお義兄様、ゆっくり飲んで下さいね。ネイト様も、お兄様達も手を拭いて、レモン水とゼリーをどうぞ?」


「…ネイト…」

「え?」

「なんで、俺はネイト様なんだ?」

「……ソアデン卿…?」

「~~っじゃないだろっ!」


何故、そこで、ソアデン卿?エルデよ、同じ名字になるのに、違うだろ!


「失礼します。エルデ、レイン殿の包帯を替える時間だろ?」

「もうそんな時間?!お兄様方、ソアデン卿、失礼します」


「…エルデ…そっちじゃない、こっちだ」

「?!わ、分かってる…」

「自分の家の畑なのに…」

「同じ木ばかりで、どこに居るのか分からなくなるのよ…」

「…本当に…いや…屋敷まで一緒に行くよ」


慌てたエルデは、やはり屋敷とは違う方向へ足を踏み出し、仕方ないといった様子のネイトが、当たり前の様にエルデに手を差し出せば、エルデも当たり前の様に手を乗せる。


「ありがとう。だけどネイト…マリーには言わないでよ?」

「どうするかな?マリーに報告する様に頼まれてるからな」

「ちょっと!それなら私も貴方の事を手紙に書くわよ」

「別に構わないよ、それより足元に気を付けて」


最早、俺など眼中にないとばかりに、背を向けて歩き出した2人は、幼馴染の気さくな会話を繰り広げながら、屋敷へ戻って行く…俺といる時と全く違うエルデの姿に、苛立ちが募る。


「ソアデン卿か…お前も後退したな」

「愚弟よ、ちょっとだけ同情するぞ…」

「2人共…黙ってて下さい」


ネイトと呼ばせるどころか、ソアデン卿…何が、どうして、こうなった。















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