114:伴侶と乙子
「暇だ…フラン、何か話をしろ」
ナシェルが俺のベッで、俺の隣りにうつ伏せに寝転びながら尊大に言い放つ。
ベッドが広いとはいえ、何故、お前と並んで寝なくてはならない…
「…お前は…毎日、毎日毎日何なんだ…俺を寝かせてくれ…」
「ネイトに頼まれたんだよ。昼夜逆転の生活を直して欲しいってね。仮眠も出来ないってボヤいてた」
「………」
毒の影響なのか立ち上がると眩暈がする為、ポルタ医から絶対安静と言われて未だベッドの中にいる俺は、目を開けると船酔いの様な、地に足が着かない気持ち悪さもあり、昼間は殆ど眠っている。そして、夜になると目が冴えてネイトに話しかける。
昼は斜面の整地と、ついでに森の見回りもしているネイトは、夕方クタクタになって戻って来て俺の護衛に着く…確かに迷惑だな。
『伴侶と乙子は仲が良いの』
フヨフヨと部屋の中を泳ぐ白鯨にチラリと目を向けるだけのナシェルは、あの時の痛みを未だに恨んでいるらしい…
レナを初めて目にした時のナシェルは、驚きのあまりひっくり返って床に背中を打ち付け、声にならない痛みにもんどり打って転がっていた…大変面白かった。
「…弟ではない、侍従補佐だ。態度が大きいけどな」
『我の目は誤魔化せん、マナを見れば分かる』
「……ハハッ…流石だな……だが、オレリアには言うなよ?」
渇いた笑いを上げたナシェルが、レナに射抜く様な視線を向けて、低い声で釘を刺す。
『乙子の事は誰にも言わん。乙子が斯様な運命を背負う事になったのも我が原因』
「…クジラのせいではない。俺が何も見えていなかった。享受するばかりで、求めるばかりで、与えもせず、感謝もしなかった…叱ってくれる、手を伸ばしてくれる、泣いてくれる、笑いかけてくれる、愛してくれる…命を…かけてくれる。当たり前だが、当たり前ではないと気付けた…そういう意味ではクジラのおかげでもあるな」
「ナシェル…その若さで達観してしまっては早死にするぞ?」
「縁起でもない事を言うな…それに俺は一度死んでる」
『伴侶も乙子も死なぬ。我の加護があるからの』
「レナの加護?」
「クジラも加護を齎すのか?」
『我は神使ぞ?』
「因みにどんな加護だ?」
『頑健』
「……この状態の俺達に頑健だと?」
「死にかけたのに…」
『我の加護がなければ死んでおった。熊の爪にやられ、あの高さを滑り落ち、蜂の毒が回っての』
「素晴らしい加護だな」
「流石はクジラ、どうりで治りも早い筈だ」
『調子者が…伴侶も乙子も我の選った者。最期迄、面倒は見る』
「それはありがたいが、リアをちゃんと護ってくれ」
「騎士科の生徒達…からか?」
「ナシェル……その通りだ」
レナの見せる夢は断片的だが、それでも充分だった。
授業を受けるオレリア、友人と談笑するオレリア、ネイトの絵姿に苦笑いを溢すオレリア…そして…
『なんっだっ!あの、騎士科の、連中はっ!…っ…クラクラする…』
『寵児の友だが?』
『…友、だと…?あんな…下心満載の奴等が友なわけ、ない…だろ……』
『ならば違う夢でも見せるか?』
『…隠されたら、余計に気になる…』
『よに言痛し…ならば伴侶は何を望むのだ?』
『剣術大会はっ…取り止めだ…オレリア達に秒で倒される様な奴等だからな、見る価値もない…っ……』
『寵児は頑張っておる様だが?伴侶も舞の練習を見たであろう?』
『なら…王太子権限で…剣舞大会にっ…変更する…っ…』
『…醜い…』
『熱で魘されていた時は可愛かったのに…森に放り込むか…』
『残念ながら…毒の耐性が出来てしまったので、醜く腫れ上がって終わるでしょう』
『ネイト…お前は畑だろう。カイン、喉がっ…渇いた…レイン、お前は…安静だ…っ…部屋へ…帰れ』
『こいっつ…畑に沈めてやりたい…』
『オレンジの質が落ちるじゃないですかっ!』
『なら…海に沈めるか…?アズールは海峡で潮流が早いからな』
『…看病で疲れてるんですね、カイン殿』
『カイン…お前は、随分とっ…余裕だな…エレノアも…同じなんだぞ』
『エレノアは同年代の男に興味がないからな。学園の男子生徒を羽虫と呼んでいるくらいだ』
『は、羽虫?』
『辛辣ですね…』
『お前も、そこでブンブンと飛び回って騒ぐ姿を、オレリア様の夢に見せるのか?…羽虫が』
『伴侶よ…これは寵児に見せるか?』
剣術大会の優勝候補者だった騎士科の生徒達の剣と心を叩き折ったオレリア達は、お詫びに大会代表を務めているが、夢で見るオレリア達は騎士科の生徒達との交流がやたら多い。
「お前も知っているだろうが、騎士科の生徒は訓練、授業、研修と、他の科の生徒と交流する機会が極端に少ない…俺には快適な生活だったけどな」
「ベールに包まれた騎士科か…令嬢達が騒いでたな」
「そのベールに包まれた学園生活は、令嬢達が想像を膨らませて憧れるそれとは対極だ。学舎内には爛れた本が流通し、主な話題は、三禁と言われる女、賭け事、酒に食い物。騎士道の欠片もないんだからな」
そんな騎士科の獣達との交流は断じて許せない。
「その騎士生達を倒したんだから、不埒な真似をする様な命知らずな奴はいないだろ」
「だが、心配だ…」
「心配?嫉妬だろ?」
「お前は、本当に…生意気だな、部屋へ帰れ」
『伴侶と乙子は仲が良いの』
「また同じ事を…よく聞けクジラ、俺はネイトに頼まれて仕方なく来ている。仲が良いわけではない」
『乙子のマナが弾んでおる』
「………」
「そうか、お前は俺に会いに来ているのか…だが、帰れ」
『伴侶のマナも弾んでおるな』
「………」
「そうか、フランは俺が来るのを楽しみにしているのか…なら、帰らない」
「ナシェル…お前、昔はもっと聞き分けよかっただろ…」
俺の言葉にナシェルは一瞬目を見開き、自嘲して目を伏せると、再び開いた目を窓へ向けた。
「……王族の地位と共にある言動の重み…この為に己をずっと押さえていたからな……叔父上、コーエン、兄上…皆が継承権を放棄する度、重圧がのし掛かった…フランも…継承権を持ちながら、騎士の道を定めたと聞いた時、酷く孤独を感じたよ。それと同時に、俺に残るのは力だけだと…統べる者として力を持たなければと思ったんだ…儀式で聞いたクジラの声は天啓でなく…枷になった。何故、王となる俺がと思うその反面で、オレリアに受け入れられなけば、俺の王としての価値はないと……王にならなければならない己、力を求める己、縋りたい己、解き放たれたい己を、あの頃一番近くに居たオレリアにぶつけるしかなかった…それがいやで遠ざけもしたが……オレリアが離れていく事も許せなかった…俺は…本当は…どうすればいいのか、分からなかったんだ…」
矜持、孤独、焦慮、反骨…あの面会の日、ナシェルは俺達に語った話の裏で、悲痛なまでの叫びを上げていた。
周りの人間を戸惑わせたというナシェルのオレリアに対する執着と拒絶は、齢13で立太子を迎えてからのナシェルの心に積り続けた念の、不器用な現れだったのか…
『乙子よ…』
「リアとの交流が最低限だと聞いてたが…そういう事だったんだな…」
「俺は全てを放棄する事を選んだ。フランとオレリアには悪いが…俺は今の方が生きていると思える。苦しいけど、それでも…今の方が…いいんだ」
「ナシェル…」
「…スッキリしたら…なんだか眠く…なってきた…」
『乙子よ…良い夢を』
「?!ちょっと、待て!部屋に帰れっ!レナも余計な事を言うな!」
「…嫌だ…俺はネイトに…」
「お前は寝たら起きないからダメだっ!ウィル!!」
ーーガチャッ…
「何でしょう、殿下」
「レインが疲れたみたいだ、すまないが部屋へ連れ帰ってくれ」
「ここで2人纏めていて下さると、私も仕事が楽なので…却下です」
俺を寝かせない為に部屋を訪れた寝汚いナシェルは、夜になってウィルに回収された。




