112:恋に溺れる オレリア&エレノア
「…ユーリ様って…騎士団本部で、お紅茶をご一緒した?」
「…フラン様の専属護衛をされてる…ウィル様の御令弟の?…」
「ええ、そのユーリ様ですわ」
昼食後のテラスでお紅茶を飲みながら【淑女の在り方】に続いて、ラスターのおじ様から届けられた【淑女の心得】を手に、この次は【淑女の振舞い】辺りかしら…などと冗談混じりで話していたところに、何の脈絡もなくヨランダから放り込まれた告白に、私とエレノアは、その相手を確認せずにはいられなかった。
セイドのおじ様に縁談は持ってこない様にと、お義姉様と2人でお願いしたという事は聞いていたけれど、何故…ユーリ様…?
「…何故、ユーリ様?顔はいいけど…あの空気を読まない言葉の数々に、機微に疎いところ…殿下みたいじゃない?どことなく雰囲気も似てるし…」
「ちょっと、エレノア、お2人に失礼だわ」
「オレリアには負けるわ…ッフフ…情緒の欠片もない手紙」
「…それは…言わないで…」
フラン様から届く友人同士の様な手紙には、時節の挨拶はあっても、麗句はない。身体を労わる言葉はあっても、甘い言葉はない。
カイン様でさえ、定型分の様な甘い言葉を書いてくるとエレノアから聞いた時は、少し淋しくなったけれど、飾られた言葉より嘘偽りない、真っ直ぐなあの言葉だけで私は…
『俺が望むのは、リアだけだ…』
「オレリア、戻って来て」
「未来の王太子妃殿下も…王太子殿下の事となると、淑女どころか、ただの恋する乙女に成り下がるわね……」
「?!ご、ごめんなさい…」
オレリアは凛とした他者を寄せ付けない美人だが、とても純粋で、自己評価の低い淋しがり。
ナシェル様と婚約していた時は、抱えた傷を無表情の下に隠していたけど、殿下と婚約されてからは、少しずつ傷も癒え、表情だけでなく隙もを見せる様になってきている。
「乙女でもいいじゃない、私は今のオレリアの方が好きよ」
「そうよね、エレノアの頭の中は恋と流行で構成されているものね?」
「………」
ヨランダの指摘に反す言葉がないのが悔しい…
私は髪と瞳の色が甘さを引き出し、顔付きも幼いせいで可愛いと評され、カイン様と並ぶと兄妹の様だと言われるのが目下の悩み。
大人の女性とまでは言わないが、年相応に見られたいと奮闘しては、カインお母様に叱られて終わる…女性の方が精神年齢は高いと言うけど、カイン様は若年寄りだから、私はそちらでも対等にはなれない。
オレリアの様な清艶さや、ヨランダの様な妖美な雰囲気があればいいのに…
「……これまでの私は、オレリアが殿下の事で悩み苦しんでいた気持ちも…エレノアが年の差を気にして背伸びをする気持ちも…全く理解出来なかった…己を失う程に恋に溺れるのは愚かな事と思いながら、けれど、本当は…羨ましくも思っていたわ…」
こちらも恋する乙女に成り下がったヨランダは、アリーシャ様と同じ金髪に萌木の瞳。見事な縦ロールには扇が隠されているのでは?と密かに思っていたのだが、最近は鞘を解き、真っ直ぐな金糸を靡かせている。
顔を合わせる度に口撃してきたヨランダとは、ネイト様の絵姿を愛でる蛍の会でも敬遠し合う仲だったが、あの夜会の日から関係が変わり、今ではこうして同じ本を読んで溜め息を吐く仲にまでなっている。
少しずつ、ヨランダの人と形を知り得てきているけど、殿方の趣味だけは理解出来る気がしない。
「ヨランダ……だからって、ユーリ様なのは何故?きっかけは何よ?」
「あの知的な眼鏡の奥にある瞳に見つめられながら、今夜は貴女を夢に見ますと言われた時…私の心が初めて熱を持ったのよ…」
「………その言葉の本当の意味分かってる?」
確かに顔は良い。殿下に似た雰囲気も相まって、黙っていれば女の方から寄ってくるであろう。
だが、口を開いて驚いた。
仮にも婚約者のいる未婚の令嬢を、おかずにすると宣ったのだ。
あんな破廉恥野郎のどこがいいの?
「……本当の意味とは?」
「っそ、それは…」
小首を傾げるオレリアの、澄んだ湖の様な白藍の瞳が美しい。が、そんな目で見つめないで…
その横で、勝ち誇った笑みを浮かべるヨランダは小憎らしいわね。
「淑女のする会話じゃないわね…」
「「「リディア先生?!」」」
「全く…この本を送ったラスター侯爵に同情するわ…」
テーブルに広げられた本を手に取り、呆れ顔を隠しもしないリディア先生が、昼食を乗せたトレーをテーブルに置いて、私達を見回して溜め息を吐いた。
「リディア先生は、エレノアの言った言葉の意味が分かるのですか?」
「言葉も何も、ユーリの名前で察する事は出来るね…フッ…」
「リディア先生は、フラン様とユーリ様と同齢でしたね…ユーリ様はどの様な方なのですか?」
遠くへ視線を投げて何故か冷笑されたリディア先生は、フラン様だけでなく、ユーリ様の事も存じ上げている様だけど、あまり良い印象をお持ちではないのかしら…?
「頭も良い、剣も優秀、容姿も良い…なのに、女性の機微に疎い上に、思ったままを口にする残念な男……と周りには思われているけれど、あれは態とで加虐嗜好じゃないかしら…?と、私は思うのよね…」
褒めているのか、貶しているのか分からない…そして、フラン様の事を言われている様な気がするのは何故かしら?
更に加虐という言葉に、先日の庭園でフラン様に攻められた事を思い出し、顔が強張る。
いえ、フラン様は止むに止まれずあの様な事をしたのだと仰られていたわ。
私が頑なだった事が原因なだけで、フラン様は違うのよ、ユーリ様とは似てないわ。
「それで?奇特なヨランダさんは、持て余した熱をどうしたのかしら?」
「求婚致しました」
「「「え?!」」」
「求婚て…ユーリに?!いつ?!」
「先日、騎士団本部へ行って参りました」
『ヨランダ嬢が…私にですか?』
『そうだ…俺ではない。俺は妻一筋だ』
『そうですよね…団長がそんなにモテる筈ないですもんね…令嬢を囲うお金もないし…』
『お前は…そんなだから女に振られるんだぞっ!……ヨランダ嬢っ、本当にユーリなんかでいいんですか?!先日もですが、ユーリは思ったままを口にする、空気を読めない男ですよ?』
『そんなユーリ様だからいいのです。下心を隠して美辞麗句を並び立てる殿方より、余程正直で誠実ですわ』
『…随分と…寛大…ですね……』
『お受けします』
『『………え?』』
『婚約に関する諸々の手続きは、また後日として…ヨランダ嬢。先ずはその、頭にぶら下がっているウィンドベルの様な房を解きましょうか。これでは髪に口付けたくても…ほら、こうして逃げられてしまう…』
『…ウィンド…ベル?』
『あ、あああああのっ…』
『ハハッ…これ位の距離でそんなに狼狽えて、見かけによらず初心ですね。まあ、あんな妄想劇場を披露するくらいだから重度の乙女思考だとは思っていましたけど』
『ユーリっ!!お前は…なんて事をーー』
『潤んだ瞳に、半開きの口…もしかして私を誘ってます?まだ陽は高いですよ?』
『~~っユーリッ!!!今すぐっ!ヨランダ嬢から離れろっ!そして、口を、閉じろっ!!』
「縦ロールを…ウィンドベル……?」
「……本当に、あの男は…」
その後の事は、気絶してしまって覚えていないと、頬を染めて俯くヨランダは可愛らしい、可愛らしいけれど…
「私達の事を理解出来ないなんて言ってたけど、私達の方が理解出来ないわ…」




