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王国の彼是  作者: 紗華
112/197

110:本と栞 レイン&ゼクトル兄弟

夜も更けてきた陛下の執務室。

兄から受けた報せを報告に来たが…気が重い。


「ユーリか…」

「夜分に申し訳ありません。兄から連絡がありました」

「レインの正体がバレたか?」 

「?!何故、それを…?」


「フランと共に、洞窟で一晩明かしたのだろう?夜中に薬が切れてそのまま…ナシェルは寝汚いところがあるからな、朝は弱いんだ。まあ、遅かれ早かれとは思っておった」


「想定されてたのですね…」

「そういう事だ…そして後、()()1()()

「え?!…まだ?」

「そちらも問題ないだろう」

「問題ないって…一体誰なんですか?」

「これだ」

()…ですか?…」

「いや、本ではなくーー」


陛下が手にしたこの本は、俺も学園時代から何かと世話になっている。

それで…?陛下の好みは?


「【白薔薇と共に散った純潔】…?…陛下は、直向き(ひたむき)なのが好みなのですね」


「?!こっ、これは、余の本ではないぞっ?誰だろう、フーガか?全く…けしからんな…」


「私は【灼熱の楔に溶かされた純潔】が好みでしたね。それでは私はこれで…」


ーーシュッ…


「……()()…ユーリは放蕩系か…けしからんな…」


()()叢書(シリーズ)…隊舎の休憩室にも置いてあるが、陛下は()()()か…フランの次にナシェル殿の正体を見破る者は…何系が好みだろうか…



ーーー



「レイン様、包帯を変えますね」

「ありがとうございます。エルデ殿」


「熱も下がってよかったです。ですが、ベッドの上で一日過ごすのは退屈でしょう?」


「…そう、ですね…」


「なので、小説、お持ちしました」


やはり…救急箱と共にカートに乗せられた、色鮮やかな表紙が目に入った時から、嫌な予感がしていた。


凛とした美人だが、思考は重度の乙女。


恋愛小説をこよなく愛するエルデは、あの話し合いの日以降、ありとあらゆる小説を俺に読ませ、感想を聞いてくる。


俺としては、オレンジの話でもしたいところなのだが、嬉しそうな顔を見ると、何も言えなくなる。


「お、お気遣いなさらず…そうだ、お借りしていた小説は読み終えました。ありがとうございました」


「このお話も素敵でしょう?家族の愛に恵まれなかった公子が、婚約者の献身的な愛で心を開く…公子が初めて婚約者に愛を告げる場面は…もう…涙が溢れて…」


俺は頭がむず痒くなった…『俺の元に舞い降りた愛の奇跡』などと口が裂けても言えない。


エルデはネイトにあんな言葉を求めているのだろうか…


「え、ええ…とても感動しました…」


「今度の小説は、敵同士の家の息子と娘が恋人になって苦難を乗り越えるお話です。オレンジ畑が舞台のお話なので、()()()()()様もきっと気に入りますよ」


「はい……?!えっ?」


「私がお貸しした本に挟んでいるその()、オレリア様から贈られた物ですよね?」


「……嘘だろ…栞で…?」


「お色味も違うし、お声も違う。ですが、その栞はオレリア様がナシェル様に贈られた物…ナシェル様に、ずっとお聞きしたかったんです…オレリア様と婚約している間も、そして今も…その栞を使い続けているのは…何故ですか?」


「……初めて貰った手作りの贈り物だったんだ…形は歪だが、俺の好きなオレンジの花で作られて…思いが伝わってきて、これまで貰ったどんな物より嬉しかった…だが、エルデが気付いたという事は、オレリアにも、他の者にも気付かれるか…」


「その心配はないかと…オレリア様は皆さんに栞を作って贈られてますから。()()()()様にもそのうち贈られると思います」


「何故だろう…急に価値のない物に思えてきた」


「フフッ…でも、その栞はオレリア様が初めて作られた栞ですから特別ですよ。私は2番目で、殿下は何番目かな…?殿下には内緒にして下さいね」


あの頃のエルデは、オレリアの後ろで泣くのを堪えて立っていた。主を傷付けた俺を恨んでいる筈なのに…ナシェルだと分かった今も、レインの時と同じ様に接してくるのは何故だ…


いや、そんな事より…


「…エルデは俺が生きている理由を聞かないんだな…」


「私が知ってはならない事は聞きません。本当は、栞の事も知らない振りを通すつもりでした…私は、オレリア様を傷付ける貴方を許せないと思いながら、その栞を大切に使い続ける貴方を、憎むまでにもなれなかった……ナシェル様が生きていると知って嬉しかったと、どうしても伝えたかったんです。それに、栞の事も気になってましたし…これは私の我儘です。なので、この事は誰にも、殿下にも言いません」


「……フランは…知ってるよ…」

「それでも、言いません。()()()()()()()()()()()


家の名に誓うとは、約束を違えた場合、一族の命を持って償うという事。 

エルデは我儘と言いながら、命掛けの告白をしてきた。

その意味を理解出来ない程の子供であったなら、素直に喜べたかもしれない。


「…エルデにも背負わせる事になってしまったんだな…」


目の前で、何でもない様に微笑んでいるが、これからの生涯、オレリアにも、ネイトにも嘘をつき続けなければならない。


それでも、俺が生きている事を嬉しいと言ってもらえた事が嬉しい。

色んな感情が複雑に絡み合って、泣きたい様な、笑いたい様な…今の俺はどんな顔をしているのだろうか…


「負い目を感じるのであれば、また小説のお話にお付き合い下さい。それと…この本は、うちの父が書いたオレンジ栽培の本です」


「オレンジの本?!」

「…食い付きいいですね…」

「すっ…すまない…」


「フフッ…父が喜びます。全然売れなくて、倉庫で埃を被っているので。その本は差し上げます。よかったら父に感想を伝えて上げて下さい」


「ああ、是非…ところで、畑は?」

「肩をお貸ししたら、少しは歩けますか?」

「補助なしでも歩ける」

「でしたら、こちらへ」


案内されたのは、テラス。そこから見えるのは、白い花が満開のオレンジ畑。その向こうにはアズールの街と海が広がっていた。


「オレンジ畑が見えるのは、この部屋だけなんです。父が、起き上がれる様になったら、畑の様子を見れるだろうって」


オレンジの花の甘い香りが、俺を包む。


優しさが痛い…愛してくれる人達を、優しくしてくれる人達を、俺は…裏切ったんだな…


「ここは、姉が静養していた部屋なんです。長い眠りから覚めた姉は、この部屋で誰とも会わずに過ごしていたそうです。その姉を、窓から入ってきたオレンジの花の香りが外に誘い出してくれた…レイン様も、直ぐに外へ出られる様になります」


「……っ…ありがとう…エルデ…」


「……背中は辛くないですか?そこのベンチにクッションを持って来ますから、座りましょうか。今日はオレンジのお話をしましょう?」


初めて、エルデと共にオレンジの話をした…残念な事にあまり詳しくはなかった…


ーーー


「で?エルデ殿にも()()()()()と…」 

「………」

()ではなく()だったのか…ユーリの馬鹿が…」

「…ん?ユーリ?」


どんな輩かと身構えていたのに…何が()()()()だ、選りにも選って一番遠いところにいる人物じゃないか…


「……いえ、何でもありません。エルデ殿は心配いりませんから、これまで通りでお願いします」


「分かった…ところでウィル」

「何でしょう?」

「お前も栞を貰っているのか?」

「ええ、こちらに」

「……上手になってる…」


「13歳のオレリアと17歳のオレリア様では技量に違いがあって当然でしょう」

「確かにな」


「それは?…オレンジの本ですか…ん?著者はアズール伯爵ですか?」


「ああ、エルデがくれたんだ。読み終えたら伯爵に感想を聞かせてやってくれってね」


オレンジの本を手に微笑む息子と、純潔叢書という()()()()を、夜更けの執務室で隠れて読む父…ナシェル殿がこのまま、真っ直ぐ育つ事を願って止まない。



















 

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