107.5:背負う者
あの日…俺は、生まれ変わった。
『…ゔゔっ…ぐっ…かはっ…苦っ……え?…苦い……?…っ…うぇっ…』
『…苦そうじゃな…』
『ウィル…分量を間違たのか?』
『陛下の仰せの通り、一週間分です。一日分であれば苦味はありません』
『効能時間と苦味は比例するのか…知らなかったな』
『色が変わるだけで別人じゃな』
『……陛下?…』
『ああ、すまんなナシェル。苦かったであろう?』
『いや…はい……ではなくてっーー』
『ウィル、鏡を』
『?!髪と瞳が…?…何故?』
『ナシェルよ、其方には今をもって影となる事を命ずる』
『……影…?』
『素性も経歴も全て整えある。ゼクトル家に養子に入り、侍従補佐としてフランに侍る様に』
『…毒杯の刑ではないのですか?』
『王皇族に科せられる毒杯の刑とは、影になる事を意味する隠語なのじゃよ。まあ、これまで毒杯を言い渡された王皇族は皆無じゃがな…皆、首を落とされておる』
『お前に科す刑については悩んだよ…女神の声を聞きながら、傾国の騒ぎを起こしたのだからな…だが、お前の聞いた声は女神ではなく眷属の声だった』
『眷属の…声…』
『お前を影にすると決め、教皇も許可された。ゼクトル子爵家は影を統轄する家門だ。文官、騎士、使用人、様々な役で影の仕事に就いている』
『では…ゼクトルと養子縁組している者は…皆、影だと?』
『そうだ。勿論、ゼクトル家以外の影もいる。学園にも、城下にも…国中いや、大陸中にな』
『何故…私を影に?これでは罰が甘いのではないでしょうか?』
『甘い…か。これがどれだけ重い罰かは直ぐに分かる。その時は父を恨むかもしれんな…』
『っ恨む事などーー』
『レイン。今から其方の名は、今よりレインだ』
『……レイン…』
『レオンとレインか…父で在る事を捨て切るまでは出来なんだか…』
『リンデ様…それを言わないで下さい』
『ハハッ…それで良い。ナシェル…いや、レインよ。其方の願いは届いた。ダリアの為に生きて、レオンを支えよ』
『……御意に』
ーーー
石に刻まれた名前を撫でる、母の手が震えている。
姉が、妹が…泣いている。
人目を憚らず声を上げ、涙を流し、慟哭している…
俺はここに居るのに…母の手を温める事も、姉の涙を拭う事も、妹の頭を撫でてやる事も…もう、出来ない…してはならない…
フランは毎日ダリアを手向けに墓に来る。
エルデは俺が黒ダリアを好んでいた事を覚えていた。
空の棺に俺とオレリアの小説が納められたとウィルに聞いた。
オレリアも俺と同じ思いと後悔を持っていたのだと…初めて知った。
黒いドレスを纏ったオレリアが、俺の墓に手向けたのも黒ダリア…
お前は、俺を恨んでいいのに…憎んで、罵って…そうしてくれたら楽なのに…
死んでいたなら、こんな光景を見る事も、俺に向けられる皆んなの思いも…知らずに済んだのに…
重い罰だと言った父の言葉が過ぎる。
愛する人達の哀傷を目にしながら何も出来ず、目を逸らす事も許されず、積もる苦しみを抱えて生きろと言った父。
その父も俺と同じく苦しんでいると教えてくれたのは、フラン…
あの洞窟でバレたのは失態だったが、俺を抱き締め、共に背負うと言ってくれた従兄弟の言葉に、済まないと思う気持ちと同時に…救われた。
『ナシェルと名を呼べない淋しさを、生きているお前を殺しながら共に過ごす苦しみを…俺も背負う』
そこに在ると知りながら、その存在を亡い者とするのも苦しいのだと言ったフランの目も、涙に…濡れていた。
だが、共に帰ろうと言ったフランの碧眼は、蒼炎如く、熱く、力強い…
王たる者の眼差しだった。




