103:婚約破棄と初恋 ヨランダ
ロイド先生とリディア先生は、私達が手伝うまでもなく良い雰囲気になってしまい、先日は王都のカフェで2人仲良くお茶を飲んでいる場をエレノアと共に見かけて、購入したばかりのネイト様の絵姿を…又もや捩らせてしまった…
折角、魔術科の授業を選択したのに…と少し残念に思っていたけれど、魔術科の授業はとても面白く、生徒達もとても良い人達ばかり。
そんな私達の大事な仲間を貶した狭量な不届き者の剣を、先日の合同演習の顔合わせで粉砕し、剣術大会代表者代理を務めるという面倒事を招いてしまったけれど、先日の近衛騎士団本部でのお茶会で、私、ヨランダ・ファン・セイドに恋の予感がが…
とは言え、私は次期セイド公爵家を背負う身。
婚約者と共に家を継ぐ為、己が心に剣を立て、秘めた恋に固く蓋をした…
オレリアを巻き込んでの蛍の会、魔術科の選択授業、リディア先生とロイド先生の恋の行方の観察…恙無く日々を過ご小物の魔物し、迎えた本日は魔術科と騎士科の合同演習。
学園の裏手にある森には、演習の際の討伐対象となる、生捕にしたが放たれている。
「ヨランダ・ファン・セイド公爵令嬢!この場を借りて、今!この時をもって、貴様との婚約の破棄を申し付ける!」
そして、森の入り口には馬鹿な小物が放たれている…
ロイド先生は何をしていらっしゃるのかしら?
騎士科に籍を置く、エリック・ファン・ボーエン。ボーエン辺境伯爵家の次男で、私の婚約者。
剣の腕も大した事ない小物のくせに、次期セイド公爵と声を高らかに、威張り散らかってしまっている愚鈍な男。
これから森へ入ろうという時に…今日も今日とて一体何の余興なのかしら?
「破棄…理由をお伺いしても?」
「理由だと?それは自身が一番よく分かっているだろう!」
「分からないからお訪ねしているのですが…」
「馬鹿がっ、己の愚行も覚えていないと?」
「愚行…エリック様の愚行は度々耳に挟みますが…今も私の眼前で愚行を晒していますわね?」
愚行などと難しい言葉を使える様になったのね…だけど、その意味までは理解していないみたいだわ。
「己の行動を顧みないどころか、戯言まで…お前の様な女と婚約しているなどと、一瞬でも思われたくない!生き恥を晒す様なものだ!」
「羽虫が…その喧しい羽を閉じなさい」
「は…羽虫?」
「まさか、自身の事を奏でる虫とでも思っていらっしゃるのかしら?呼んでもないのに現れて、目障りな程に飛び回り、耳元で騒ぐ貴方は、羽虫で充分」
「…プッ…酷いわヨランダ…」
「エレノア…そうは言っても、路傍の石の方がまだ静かで邪魔にならない……やはり羽虫ね」
「本当の事であっても、思うだけに留めて差し上げないと…エリック様がお可哀想よ?」
「…フッ…そうね、気を付けるわ」
「黙って聞いていれば図に乗りやがって…俺の時間を無駄にする気か!」
俺の時間?時と場を考えず、喚き散らす羽虫が…時間は有限、私こそ、お紅茶一杯の時間も与える気はないわ。
「羽虫の時間はどうでもいいですけど、このままでは、演習の時間がなくなってしまいますわね。で?理由をお聞きしても?」
婚約解消とは好都合。その申し出に否やはない。
けれど、破棄とは?言葉を意味をわかっていらっしゃるのかしら?
「お、お前達のせいで、俺の友人が剣術大会に出られなくなったんだ!その責任を取れ!」
「まあ!剣術大会に間に合わないのですか?…それは僥倖」
下らないわね…あの程度で剣術大会の出場者に名を連ねていた事に、驚きを禁じ得なかったけれど、羽虫の友人であれば納得だわ。
そういえば、合同演習で顔を見かけなかったけれど…いつものサボりかしら?
「そうね…あの程度で出場されては、観客の皆様があまりにも気の毒だわ。せめてお紅茶一杯分位は頑張って頂かないと…試合も直ぐに終わってしまっては、興が冷めるというもの」
「何だとっ!デュバルの女傑だかなんだか知らないが、お前達の様な男を立てない女など言語道断!それに比べてミアはーー」
「「ミア?」」
随分と懐かしいお名前だわ。辺境の地でも逞しく生きていらっしゃるのね…それにしても、ナシェル様の使い古しで満足出来るとは…やはり小物。
「?!な、何でもない!兎に角お前とはーー」
「エリック様。ミア嬢とは、元オット男爵令嬢の…ミア嬢でいらっしゃいますか?」
羽虫如きにオレリアまでとは……余興の時間も、貴方も終わりね…
「オ、オレリア嬢…」
「ミア嬢が何故、ボーエン辺境伯領へ送られたか、その理由をボーエン辺境伯の御令息であられるエリック様が存じ上げないと?それとも…存じ上げた上でその様な発言を?」
「そっ、それは…」
「エリック様の今の発言は、傾国の騒ぎを起こしたミア嬢への傾倒…反逆とみなされても致し方ありません」
「?!待ってくれ!…俺は真実の愛をーー」
「真実の愛…その様な理由では、情状酌量の余地もございません。ヨランダに婚約破棄と仰られていましたが、貴方に有責がある事は火を見るより明らか…ヨランダ」
「そうね。諸々の手続きは家同士で行うとして…エリック・ファン・ボーエン辺境伯令息?この場をお借りして…婚約破棄を申し出ますわ」
最後に役に立ってくれて、ありがとう…お元気で
ーーー
「と、いう訳で、本日は縁談のお申し込みに参りましたの」
羽虫の愚鈍振りは父とボーエンのおじ様の耳にも届いていたらしく、婚約解消の手続きは直ぐに終わった。
破棄にしなかったのは、私も己を律する事が出来ず、心の不貞を働いてしまったから…けれど、もう、誰にも隠す必要はない。
「……うちのユーリに?」
「はい」
「あ~…セイド公爵は何と?」
「お父様には、全て私に任せると言わせ…言って頂きましたわ」
「…言わせたのか…」
いけない…口が滑ってしまったわ…
「ユーリは子爵家の人間だが…」
「それが何か?ユーリ様はイアン団長様の補佐をされる程優秀な方、爵位など些事です。それとも…イアン団長様は私の恋路を阻むと…?」
「?!そんな事はっ…と、ところでユーリの家に縁談の申し入れは?もうしたのかな?」
「公爵家から子爵家にその様な申し入れをするのは、圧力をかける様なもの。私は己の力でユーリ様のお心を掴みたいのです」
家の為の結婚…けれど、私の結婚でもあると、次の縁談を進める父を、お姉様と共に扇子で黙らせ、手にした権利。
これは私の初めての恋…知的な眼鏡の奥で光る榛の瞳も、飾りのない言葉も、ネイト様と同じ濃紺の軍服も…
「好きなの………あの日を堺に、私の日常は変わってしまった…心穏やかな楽しいばかりの日々は、ふとした時に訪れる寂寥を持て余す日々になって何も手に付かない…小説みたいな身を焦がす様な恋じゃなくていいの、その目に私を映して、そして笑って欲しいだけなの……お願い……私を拒まないで…」
ーーガタタッ…ー
「?!あ…」
「ユーリ?!」
「す、すみませんっ。ノックに返事がなかったもので…それよりも、だ、団長……貴方、まさか…不倫をーー」
「俺じゃないっ!お前だ!」
「俺?……何がです?」
嗚呼、身が焦げそうな程に、苦しい…




